13.
ギルドの裏にあったのはただの空き地だった。
というか、ギルドの建物の裏はすぐに塀の外に繋がっていたというべきだろうか。
振り返るとギルドの石造りの建物があり、その両脇からは門があったところのように塀が続いているのが見える。
まぁ建物側にベンチが2つほど置かれているが、それ以外はむき出しの地面だけ。
50メートル四方くらいで、ちょっと広い学校の校庭って感じかな?
その周囲は高さ1メートルほどの木の杭が5メートル程度の間隔で並んでいて、その間はロープが張られている。そしてその広場の四隅には高さ5メートルほどの木の柱が立っているだけ。
こんなんで練習できるのか?
ってか、魔獣が出てくるんじゃね?
もしかして試し打ちの相手は魔獣か?
まさかなぁ〜、さすがにそれはないだろう。
ってか、ないよな?
思考が頭の中でぐるぐると周りまくっていると、先に外に出たケィリーンさんが振り返った。
「ちょっと準備をしてくるのでそちらに座って待っていてくださいね」
「あっ、はい」
ケィリーンさんは俺にベンチを指差してから、先ほど出てきたギルドのドアに戻っていく。
あれ? 俺だけ?
不思議に思いながらも、俺は勧められたベンチに座る。
どうやらケィリーンさんはドアのすぐ傍にいるようで、何やらカタカタと音が聞こえてくる。
それを聞くともなしに聞いていた俺の耳に、ブゥンという音が目の前の広場の方から聞こえてきた。
「へっ・・・?」
きっとケィリーンさんが何かしたんだろう、と小屋の方に視線を移すと、丁度彼女がドアから出てくるところだった。
「はい、準備できました」
「準備って、何したんですか?」
「結界を張ったんです」
「・・・結界?」
どこに?
「これからコータさんにはその、パチンコ、でしたっけ? とにかくそれを使ってもらいます。その時に万が一にでも事故が起きると困りますから、そのための結界を張ったんです」
ケィリーンさんは空き地の周囲を指差しながら説明してくれたので、俺はその指の指す方向二視線を向けた。
すると、先ほどまではただの木の杭とロープしかなかったところに高さ5メートルほどの半透明の壁ができていた。丁度木の柱と同じ高さだ。
おそらくあれがケィリーンさんが言っていた結界なんだろう。
「あれ、どのくらい丈夫なんですか?」
「そうですね・・・中級魔法程度なら大丈夫です。物理的な武器も大抵のものなら受け止める事ができる筈です」
「なるほど・・・」
何がなるほどなのか自分でもよく判らないが、とりあえず相槌を打っておく。
「さて、的を用意しましょうか」
ケィリーンさんがパチンと指を鳴らすと、フワフワと直径50センチほどの丸い紙皿みたいなのが飛んでいくのが見える。
その紙皿モドキはそのまま俺から30メートルほど離れた正面の壁の真ん前あたりまで移動して、そのままそこに停止した。
よく見るとアーチェリーなんかの標的みたいに、的の表面に丸が幾重にも書いてある。内側から赤、黄色、白、空色、そして白となっている。
「あれが的です。ここからあれを狙ってください」
「えっと・・・あ〜、そうですね。もうちょっと近い方がいいかもしれないです。できれば3分の2くらいの距離まで近づけてもらえますか?」
「そんなに近い距離で敵と対峙して自身を守れますか?」
どこか訝しげに眉間に皺を寄せるケィリーンさん。
ってか、ケィリーンさんの顔は皮膚じゃなくて鱗なのに皺がよるんだな、知らなかったよ。
「いえ。俺、暫くパチンコを使っていなかったので、多分距離感が掴めてないと思うんですよね。なのでまずは近い的で練習をさせてもらいたいな、と」
「ああ、なるほど。判りました」
ウサギを狙った時は20メートルほどの距離だった。
なのでそれなら間違い無く当てる事ができると思う。
だけど、いきなり30メートル、はなぁ。ちょっと自信がない。
俺はポーチに手を突っ込んで小石を1個取り出した。
「それを使われるんですか?」
「あっ、はい。これって、練習ですよね? 一応ちゃんとした弾も持ってますけどもったいないんで」
だって鉄の弾だぞ?
あれ、俺の魔力を使って作るんだぞ?
もったいないじゃん。
結局、もったいないに繋がってしまう自分のビンボー症が哀しいが、物を無駄にするよりはいいんだ、と自分に言い聞かせる。
そんな俺にケィリーンさんはそれ以上何かをいう事も無く、黙って俺が言った通りに的を動かした。
俺は的の正面に片膝をついた格好で体勢を低くする。
それから左手にパチンコを構えて、ホルダーに石を乗せてからぐっと引っ張る。
それを顔の前に持ってきて右目で標的を見る。
よし。
俺は目の前に見えないラインができた事を感じてから、ホルダーから指を離した。
途端に石が勢いよく的に向かって飛んでいく。
バンッッ
思った以上の大きな音を立てて、的が吹っ飛んだ。
あれ?
もしかして、あの的って紙か何かでできてたのかな?
なんか、すっごくあっけなく吹っ飛んだんだけどさ。
ま、ちゃんと的に当たったんだからいいんじゃないかな。
次はもう少し離れた場所にある的に当てて見せなきゃいけないのかもしれないけどさ。
俺はこの次は何をするのか聞くために斜め後ろに立っていたケィリーンさんを振り返ると、彼女はびっくりしたように口をぽかんと開けている。
「次は何をしますか?」
「・・・・」
「ケィリーンさん?」
「えっ? あっ、ああ、そうですね。じゃあ、的を最初の位置に設置しますので、今度はそれを狙ってもらえますか?」
「はい。でも1撃で当てなくてもいいですか? 距離感を掴むのに数回試さないといけないと思うので」
「え、ええ。もちろんです。何度でも練習してくださって結構です」
おっ、何度でもいいのか?
やっぱり俺ってズブの素人丸出しだから、ケィリーンさんも手加減してくれるんだな。
ラッキー。
気持ちを切り替えました、といった表情になったケィリーンさんは早速新しい的をフワフワと一番最初に的を用意した位置に移動させる。
「ケィリーンさん、あの的、どうやって飛んでいるんですか?」
「あれですか? あれは私の魔法で動かしているんです」
「おお! 魔法!」
初めて見たよ、魔法。
いいなぁ。
俺も使ってみたかったが、スキルを1つしか貰えなかったからなぁ。
「ケィリーンさんの魔法って、スキルですか?」
「はい、そうですね。私のスキルは風魔法といいます。私の種族では土魔法が一番多いんですけどね。ですので、私のスキルが風魔法だと判った時は随分珍しがられましたね」
ふぅん、土魔法が多いっていうのはやっぱ、あれか? 蛇、だからだろうか?
「ですがあのように風魔法を使う使い手は珍しいらしいんですけどね」
「そうなんですか?」
「ええ。普通の風魔法使いであれば、風を使っての攻撃魔法の使い手が多いんです。ですが私が使えるのは防御のためのものと、あのようにゆっくりと物を動かす事しかできません」
「いやいや、それでもすごいですよ。俺なんて魔法、使えませんから」
どこか自虐的に肩を竦めるケィリーンさんだが、俺にすればそれでも立派な魔法使いだ。
それにあんな風に物を動かす事ができるのって、すっごく便利そうじゃん。
でも、1つだけ疑問が湧いてきた。
「あの・・・もしかして、スキルって教えないといけないものなんですか?」
この世界では誰でもスキルを1つ持って生まれてくるんだと、神様が教えてくれた。
でもさ、ハンター登録をする時にそれも提示しなくちゃいけないんだったら、俺、どうやって説明すればいいんだろう。
というか、あんまり言いたくないんだけどさ。
「いいえ、そんな事ありませんよ。私の場合、私のスキルは他者に脅威を与えるような物ではない事と、ギルドでの私の立ち位置から公言する事にしています。ですが、スキルを公言するかどうかは、そのスキルの持ち主に決定権はあります」
「じゃあ、ハンター登録の時にも言わなくていいって事ですか?」
「はい、そうですね。ただ状況によって犯罪者と間違われないためや、他者から自身の身を守るために、ギルドにスキルを登録しておく事はできます。もちろん、そのスキルは閲覧禁止事項となりますので、ギルドの責任者以外には見る事はできません」
なるほど、スキルのよっては犯罪が可能と判定されるものもある訳か。
そりゃそうだよな。もしそういうスキルだったら、変な冤罪をかけられないための予防措置を取っておくのが一番で、その予防措置がギルドであれば心強いだろう。
「判りました。俺も考えておきます」
「そうですね。別に急ぐ必要はないですよ。ハンター登録さえしておけば、あとからスキルを登録する事も可能ですから」
これで1つ心配事が解決したな、と俺は1人頷いた。
「では、的を狙ってみてください」
「あっ、はい」
まずい、俺のせいで脱線してしまった。
ケィリーンさんも忙しいだろうから、早く済ませないとな。
俺はすみません、と謝ってからケィリーンさんに促されるままパチンコで新しい的を狙った。
まず1発目、これは的の右50センチほどのところを通り過ぎてしまった。
ありゃ。落ち着け、俺。
2回ほど大きく深呼吸をした。
それからポーチから鉄の弾を取り出してそれをホルダーに設置して、もう1度パチンコを構える。
グッと引き絞ったゴムを持った右手を右耳のすぐそばに固定して、的に狙いをつける。
さっきは右方向に飛んで行ったけど、あれは多分俺の手がぶれたからだろう。
だから、きちんとぶれないように気をつければ狙いは先ほどと同じで大丈夫な筈だ。
3・・2・・1・・
俺は心の中でカウントしてから、ゼロになったと同時に指を開いた。
読んでくださって、ありがとうございました。
Edited 01/16/2017 @ 20:59 CT 誤字訂正しました。ユッキー様、誤字指摘ありがとうございました。




