138.
翌日、俺とミリー、それからジャックは白い2階建ての建物の前で、じっと建物を見上げている。
そろそろ中に入らないと、不審者がいると通報されてしまう気がしないでもないけど、あんまりにも豪奢な建物だけに中に入りづらいのだ。
おまけに俺は背中にバックパックを担いでいる。この格好はどう見たってこの場所には似つかわない。
その上ミリーとジャックを両手に繋いで立っているのだ。
これで不審人物じゃないと思える人がいたら、俺は拍手を送るよ。
だってさ、俺だったらヤバい奴って思うぞ。
それでもいつまでもここに立っている訳にはいかない。
「ミリー、ジャック、覚悟はいいか?」
「コータ・・・」
「・・・」
不安そうに俺の名前を呼ぶミリー、そして何も言えないまま固まってしまっているジャック。
俺はそっと2人の背中を押して、意を決してドアに向かって歩き出す。
この建物、2階建てなんだけど、天井を高く作っているのか2階建てにしてはかなり高い建物だと思う。
隣に建っている2階建ての建物よりも屋根の分ほど高く見える。
『コータ様、ノックは必要ないですよ』
片手をあげてノックしようとした俺に、スミレが話しかけてきた。
「あ〜っと、ここは店だから、ノックは必要ないんだよな」
『はい、ただ扉を開けて中に入るだけでいいんです』
俺はゴクリと唾を飲み込んでから、深呼吸する。
それからそっとドアを押してみた。
さすが高級店。
ドアは軋む事もなく、本当にスーッと抵抗も見せずに開いた。
「いらっしゃいませ」
キョロキョロと挙動不審な俺たちに、丁寧に頭を下げて迎え入れてくれる店員さん。
「あっ、その、これを持ってここに来るようにと言われたんですけど」
「お見せいただいてもいいでしょうか?」
「あっ、はい、どうぞ」
おそらくは40代と思しきその女性は俺の手から招待状を受け取る。
「中を拝見してもいいでしょうか?」
「はい」
それでは失礼します、と一言断ってから封筒を開けて中に入っている招待状を取り出した。
「コータ様、ミリー様、そしてジャック様の3名ですね」
「あっ、はい」
確か招待状には俺たち3人の名前が書いてあったな。
「少々お待ちください」
そう言うと彼女は俺たちをその場に残したままカウンターに向かうと、何やら台帳のようなものを引っ張り出して指で何かを探している。
それからうん、と頷くとまた俺たちのところに戻ってきた。
「こちらはお返ししますね」
「あっ、はい」
「ホルトマン様から連絡が入っております。ただいま担当のものに声をかけてきますので、少々お待ちください」
「あっ、はい」
彼女は丁寧に頭をさげると、カウンターから出て左奥にある階段を上っていく。
「コータ・・・」
ミリーは不安そうな顔で俺を見上げてくる。
「大丈夫だよ。そのためにちゃんと準備してきたんだろ」
「うん、でも・・・」
今日俺たちがここに来たのは、招待されているパーティーのための衣装を作るためじゃない。
そのつもりで昨日わざわざ外に出て野営をして準備したのだ。
ミリーは不安でぎゅっと俺の手を握ったままだから、いつものように頭を撫でてやる事もできない。
俺は左側に立っているジャックを見下ろす。
いつもであれば子供じゃないと言ってすぐに振りほどく手をなぜか今日は繋いだままだ。
それはつまりジャックも緊張と不安で一杯、という事なんだろう。
こうなると俺が頑張るしかない。
そんな俺たちが待たされたのはほんの2−3分で、すぐに先ほどの女性がおりてきた。
「それではこちらに来ていただけますか?」
「えっと、3人一緒でもいいですか?」
「構いませんよ。2階に準備ができております」
「準備?」
「はい、ついてきてください」
準備ってなんだろう? 俺たちのパーティー衣装か?
「コータ・・・」
「ん? 大丈夫だよ、ミリー」
「そ、そうです、俺が付いてます、姫っ」
久しぶりに聞いたジャックの姫呼びだけど、ミリーはテンパってて突っ込むどころじゃない。
とにかくこのままここにいても邪魔になるだけ、という事で俺は右手にミリー、左手にジャック、といういつものポジションで2人の手を握って彼女の後について階段を上がる。
上った先はとても広々とした空間が広がっていた。
階段の先には廊下なんてものはなく、2階全体が1つのフロアとして広がっていた。
そして中央にはい6脚ほどの椅子と大きめのテーブルがあり、階段を上って向かった方向の右側にはハンガーラックがあり、そこにはたくさんの服が下がっていて、あれが多分俺たちのために準備されたっていうふくなんだろう。
それから階段を上がった左側を見ると一面が鏡になっている。
こんなでかい鏡なんてこの世界に来て初めて見たよ、俺。
そして、椅子の1つに1人の男が座っている。
身長は170センチくらいで俺より少しだけ低いおそらく60代くらいであろうその男性は、きっちりと服を着こなして椅子の脇に立って俺たちを出迎えてくれた。
「はじめまして、コータ様、ミリー様、そしてジャック様。私はこの店の店主でバルーシャ・ディラーズと申します」
「こちらこそ、はじめまして。丁寧にありがとうございます」
俺はこの世界の作法なんて知らないから、ディラーズさんを真似て軽く会釈をする。
それを見たミリーとジャックも慌てて頭を下げる。
そんな2人の仕草を見て、ディラーズさんはふっと口元を緩める。
「それではとりあえず座りましょう」
「はい、失礼します」
「し、しつれいしみゃ、す」
「しっ、しつえいしますっ」
ジャック、お前ちゃんと言えてないぞ、しつえい、ってなんだよ。
まぁそれもジャックらしいか、と俺が訂正も入れずに真ん中の椅子に座ると、ミリーは右側でジャックは左側の椅子に座る。
そして俺たちの正面にディラーズさんが座る。
「今回こちらにお越しいただいたのは、コータ様たちのパーティー用の衣装の件ですね」
「はい」
「ホルトマン様から連絡がありましたので、いくつか候補を用意させていただいております」
そう言いながらディラーズさんは片方の手をあげてハンガーラックの方向を示す。
「お好みもあるでしょうから、いくつか違うデザインも取り揃えさせていただきました」
「あの・・・」
「なんでしょう?」
「あの、ですね。実は俺たちとしては自前の服を着たいんですけど」
「どのような服でしょうか? 着慣れない服には抵抗があるというのは判りますが、今回のパーティーはかなり大規模なものですので、中途半端なものですと変に目立つかもしれませんよ?」
うっ、確かに。
この世界には貴族っていうのはいないらしいけど、都市ケートンをまとめているというホルトマンという人は貴族みたいなもんなんだろう。
そんな人のパーティーとなると、確かにディラーズさんのいうとおり生半可な格好で行くと笑い者になってしまうかもしれない。
それは判ってるんだよ。
でもさ、だからと言ってヒラヒラしたものは着たくないんだよ。
「それは判っています。ですから、ディラーズさんに見ていただこうかと思って持ってきたんです」
「服を持ち込まれたんですか?」
「はい。その、不躾だと判っていますが、自分たちの持っている服でも対応できるのかどうか意見をいただけたらと思ったんです」
「ふむ・・判りました。お見せいただけますか?」
「はい・・・こちらです」
俺は背負っていたバックパックを膝の上におろすと、その中から3人分の服を取り出した。
これらはスミレに手伝ってもらって作ったものだ。
「まずはこちらです。これはジャックが着る正装です」
そう言ってまず見せたのは、ジャックのために作った一張羅だ。
少しくすんだ赤の上着には金色のボタンが付けれらていて、袖の部分は白で折り返しになっている。その下に着るシャツは白で襟の下につけるループタイについている石も赤銅色で派手にならないようにしている。そして下に履くズボンは黒に近い茶色で、上着と同じ色のくすんだ赤のブーツがとても映える一品だ。そして念のために羽根のついた帽子も用意している。
ジャックには言っていないが、これはかの有名な長靴を履いていたという猫の衣装だ。
俺にはジャックが着る服はこれしかない、という事で他の服など見せる事なく押し通した。
まぁジャックは服というものに頓着しない性格で、俺がミリーにジャックにはとても似合うって言わせたらころっとこれでいいって言いやがった。
全くちょろい奴だぜ、ふっふっふ。
とはいえ普通ならパーティーにブーツなんて、と言われるだろうが、これがケットシーの正装だと言い切れば押し通せる気がする。なんせケットシーなんて人前に出てこない種族だからな。
「こちらですか?」
「はい、これはケットシーの正装ですね。色はジャックの好みに合わせてこうなりました」
「なるほど・・・しかし、パーティーにブーツですか・・」
「確かにブーツは正装とは言えませんでしょうね。しかし、彼はケットシーです。彼には彼の正装があるんです。それを人の都合に合わせさせるのはちょっと、と思いました」
実際はさ、俺が自分用に用意した革靴を見てそんな靴履けるかっていうからブーツになったんだけどさ。
「判りました。ブーツというのはパーティーという場にそぐわないものですが、私たちの正装をケットシーである彼に強要はできませんからね」
「そう言ってもらえると彼も助かります。それから、こちらはミリーの衣装です」
そう言って俺がテーブルに広げたのはネイティヴ・アメリカン風のドレスだ。こちらは白が基調で足首までの長さのあるドレスだが、両手を広げると鳥が羽を広げたように裾が広がりフリンジが揺れる。白い生地にはビーズで蔦と花が刺繍されていて、どこか華やかさが見られる。
もちろん足元はモカシンで、こちらもドレスと同じような蔦と花が刺繍されている。これなら踵のない靴でもおかしくないだろう、というのが一番の理由なんだよな。
ミリーには普通にこの世界風のドレスを用意しようとしたんだけど、彼女がそんな服は嫌だと言って拒否したんだよ。おまけにハイヒールは絶対無理と半泣きになって、だ。
それでスクリーンを展開して、スミレが俺の記憶のデータバンクからいろいろなドレスをミリーに見せたところ、ネイティヴ・アメリカン風のドレスがいいと言ったんだ。
そうやって出来上がったのがこのドレスだ。
テーブルの上に広げたそれを、ディラーズさんは手に取ると立ち上がってテーブルの横に高く掲げてまじまじと見る。
その間に俺はバックパックの横に付いているファスナーを下ろして俺のポーチも開けておく。
もうバックパックの中は空っぽなんだよ。全部はさすがに入らなかったから、バックパックから手をポーチに出せるようにしたんだ。
「これは・・・とても個性的ですね」
「そうですね。ミリーが普通のドレスを嫌がったので、俺がデザインしました」
嘘です。パクってます。
でもスミレがそう言えっていうんだから、仕方ないだろ。と、スミレのせいにする。
「素晴らしいですね。これならどなたもミリー様の衣装に文句はつけられないでしょう」
「そう言ってもらえると助かります。もし駄目だと言われたらどうしようかと思いましたよ」
「いえいえ、これは素晴らしいデザインですよ」
手放しで褒めてくれるディラーズさんには申し訳ない。
「それで、こちらが俺用のパーティー衣装です」
そう言って俺はテーブルの上に自分のための一張羅を取り出した。
それは、スーツだ。
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Edited 05/07/2017 @17:47 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
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