137.
都市ケートンのハンターズ・ギルドの建物は3階建てで、その最上階の一番奥右手ががギルドマスターの部屋だ、とスウィーザさんが教えてくれた。
俺たちが案内されたのはその向かいの部屋で、主に来客が来た時に使っている応接室だという。
スウィーザさんが俺たちをそこに案内して席を勧めてた直後にドアが開いて、女性職員が俺たち3人のためにお茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「すぐにギルドマスターが来ますからね」
そう言ってからスウィーザさんは部屋を出て行く。
後に残された俺たち3人は、とりあえずする事がないからお茶を飲む事にする。
しん、とした部屋の中で俺の右に座っているミリーも左に座っているジャックも緊張しているみたいで、少し表情も硬いしお茶のカップを持つ手も強張っている気がする。
「あんま、緊張すんなよ?」
「うん」
「べ、別に緊張なんかしてない」
「ふぅん、そっか、じゃあジャックの心配はしなくてもいいな。ミリーは何かあったら助けるから、そんなに堅くならなくてもいいんだぞ」
「うっ・・・」
しまった、という表情をするジャックを見下ろしてから、俺はカップのお茶を一口飲んだ。
あんまり怖そうな人じゃないといいなぁ。
この世界にきたばかりの頃、ハンターズ・ギルドっていうのはゲームの世界なんかにある冒険者ギルドっていうのしか思い浮かばなかった。
荒くれの男たちがたむろするギルド、とか、新米ハンターに絡んでくる素業の悪いハンター、とか、そういうのを想像していたのに、実際ギルドに出入りするようになって知ったのは、誰も彼も我れ関せず、という事だった。
絡んでくるどころか、普通に話しかけてくるハンターすらいないんだよなぁ。
きっとこれが現実ってヤツなんだろう。
コンコン
とそんな事を考えていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
とりあえず俺が返事をするとすぐにドアが開かれ、入ってきた人物を見て俺は思わず目を見開いた。
「えっ・・・?」
どう見たって、信楽焼のタヌキだよ。
でっぷりしたお腹を抱えて黒ぶちの眼鏡をかけているけど、その眼鏡のデザインが彼をタヌキに見せている。
きている服が茶色だから、余計にタヌキに見えるのかもしれない。
もちろんケモミミがある訳でもなく、よくよく見るとちゃんとした人種だ。
人種なのにタヌキとはこれ如何に?
そんなしょうもない事を頭の中で呟く。
彼は入ってきたドアを閉めて俺たちの前にやってきた
「やあ、お待たせしたね。私はこの都市ケートンのハンターズ・ギルドでギルドマスターをしているポッサン・パッサンだ」
「は、初めまして、俺はコータです。こっちの子がミリーで、こっちのケットシーがジャックといいます」
「はじめみゃし、て」
「は、はじめまして」
ミリーが頭を下げて挨拶をすると、ジャックもどもりながら慌てて挨拶をする。
それを見て笑みを浮かべると、更に信楽焼のタヌキにみえてくる不思議。
彼はそのまま俺たちの前のソファーに一言断ってから座った。
「そう堅くならなくても大丈夫だよ。今日は私がコータ君たち3人とちょっと話がしたくて来てもらったんだ」
「話ですか?」
「そう。鉱山で発見した変な生物について届け出てくれただろう? あれについてだよ」
「あっ」
パラリウムの事か。
アレに遭遇した事は、鉱山の中にいたダッドさんと鉱山事務所の職員、それからこのギルドの3箇所に一応念のためにという事で連絡をしたんだったよな。
「あれの事で何か判ったんですか?」
「その前に、コータ君はアレの事をパラリウム、と言っていたよね? どうしてアレの名前が判ったのかな?」
「それは・・秘密です」
「ほう、秘密、かね」
「はい、俺はハンターですからなんでも話す事はできません」
「なるほどなるほど。確かにハンターであれば、言えない事情というものがあってもおかしくないな。その秘密のおかげで仕事が回ってるんだったら余計に言えないだろう」
「その通りです」
俺はにっこりと笑みを浮かべて言い切った。
でも、内心はバクバク心臓がうるさいよ。
「おそらくその秘密は君の持つスキルなんだろう。それなら余計に公に口にできないというのも判るというものだ」
この世界ではスキルというのは基本隠すもの、という事になっている。
特にそれを仕事として使っているとすれば尚更隠すのが当たり前だ。
以前ジャンダ村のケィリーンさんが口にしていたけど、彼女の場合は仕事でそれを使っているから今更隠しても仕方ないという事情があったからだと思っている。
それに、だ。持っているスキルを武器にして職を得るのならば、それを雇い主に言わなければ職を得る事はできない。
そういう場合ならスキルを明示する事はあり得るけど、俺みたいなハンターであれば口外しないのは当たり前の事だ。
だからポッサンさんがスキルと言った時、俺は肯定も否定もしないで沈黙を貫く。
「まぁなんにせよ、君があの生物の事をパラリウムではないか、と言ってくれたおかげですぐにでも調べる事ができた事は、とても感謝しているよ」
「調べられたんですか?」
「うん。残念ながらうちの図書館にはパラリウムに関する資料は全くなかったんだけどね。君が描いてくれた絵とパラリウムと言う単語を合わせて、大都市アリアナに問い合わせてみたんだ」
「それにしては早かったですね」
ここから大都市アリアナまではかなり距離があった筈だ。それをこの短期間で往復して情報を得たのか?
「そうだね。私たちくらいの大きな都市間だと伝達の魔法具を使って連絡を取り合うんだよ。だから、最初は大都市アリアナにパラリウムを知っているか、と問い合わせただけなんだ。伝達の魔法具は言葉を伝えるだけ魔石を消耗するからね、流石にそこで判るかどうか見当すらつかない状態で絵までは送れなかったよ」
なるほど、電話みたいなのがあるって事か。あとでスミレに検索してもらおう。
「それでだね、大都市アリアナの図書館で働いている司書のスキルを持つ人間に問い合わせたところ、古い文献にその言葉が載っている事が判ってね。すぐにその文献を探してもらったんだ」
「そこに絵もあったんですか?」
「うん、君が残してくれた特徴がぴったりだったから描いてくれた絵を送ってみたところ、古い文献の絵は簡略絵だったけど恐らく同じものだろうという結果が知らされたんだ」
「実はおれたちもここの図書館に行ったんですよ」
「ああ、そうだったんだね。わざわざ調べてくれてありがとう」
「いえ、俺たちも気になっていたんです。ダッドさん、えっと、鉱山で出会ったドワーフなんですけど、彼とも少し話をしたんです。といっても何も知らなかったみたいですけどね」
それでも多少の行方不明者がいる事も伝えた方がいいんだろうか?
「ああ、その事も記録にあったね。だから私の方で鉱山の関係者と話を擦り合わせるために職員を1人鉱山に送ったんだ。その職員はダッド・リーと鉱山の管理人2人と話をして、君がきちんとパラリウムについての届け出ていた事の裏づけも取ったよ」
「何か進展はありましたか?」
「いや、あれから誰もパラリウムは見ていないらしいね」
それはそうだろう。あのあとスミレに頼んで坑道を探索してもらったんだからな。スミレの探索には何にも引っかからなかった。
だからあれだけだろう、と思っていたんだ。
「それで、あのパラリウムっていうのは一体なんだったんですか?」
「ああ、そこまでは知らないのか・・・パラリウムは魔物として分類されているようだね。ただ、非常に珍しいものらしい。なんでもその文献によると、魔力溜まりに死骸が増える事で発生するのではないか、という仮説があるそうだよ」
「魔物、なんですか・・・」
「そう、しかもかなり強力な魔物だね。動きは遅いけど魔法は全く効かないんだそうだ。物理的な攻撃しか効かないが、それも少々の物理的な攻撃だと全く効果はない。そして悪食で、なんでも手当たり次第に食べるそうだ。闇に溶け込む事もできるようでね。そうなると近くにいても気づく事もできずに取り込まれて食われるそうだよ」
「じゃあ・・・」
「うん、おそらく鉱山から出たという記録がない者の中には、パラリウムの餌食になった者もいるだろうね」
俺たちはラッキーだった、って事か。
運良く闇に隠れてなかったあいつと遭遇したんだからな。
「パラリウムは魔力溜まりと死骸が積み重なる事で生まれる非常に珍しい魔物で討伐は難しい。それを君たちは討伐してくれた、感謝しているよ」
「いえ、俺たちはたまたま運が良かったんです」
あの時解毒剤がなかったら、俺は死んでたかもしれない。
そう思うと、今更ながら本当に運が良かったんだって思えるよ。
「いやいや、謙遜しなくてもいいよ」
「いえ、本当に運が良かったんですよ」
「まぁ、運も実力のうち、というからね。それで、だ。ここからが本題だよ」
急に真面目な顔になったポッサンさんに釣られて、俺も顔を引き締める。
「今回の件は当然の事だが、都市ケートンを統括しているホルトマン様にも報告をあげたところ、大変感謝されてね。謝礼を用意してくださったよ」
「いや、俺たちは別にそんなつもりで」
「君たちにそんなつもりはなくても、私たちは大変感謝しているんだ。だから受け取ってほしい」
そう言って俺の前に小さな皮袋を置く。
「ホルトマン様が討伐依頼という形で報酬を用意してくださったよ。そこでハンターズ・ギルドの方からは指名という事で、その金額の2割を上乗せしておいた」
「いいんですか?」
「受け取ってもらえないと私がホルトマン様に叱られるよ」
「えっと・・じゃあ、ありがとうございます」
いくら入っているのか判らないが、お金はあって困るもんじゃないからな。
「それで、これも受け取ってもらいたい」
「これは?」
大ぶりの封筒が俺の前に置かれる。
パッサンさんが手振りで開けてみろというので、その場で開けて中に入っているカードを見る。
「こ、これ・・」
「うん、この週末に行われるパーティーの招待状だね」
「な、なんでこんなものを」
「ホルトマン様が今回の功労者に会いたいんだそうだ。このパーティーは呼ばれるだけでとても名誉なんだよ、よかったね」
良かあねえよっっ!
思わず叫びそうになったのをグッとこらえる。
「い、いや、でもですね。俺たちはただのハンターですから、こんなパーティーに出るような服なんて持ってないですから」
「ああ、それに関しても伝言があるんだよ。その招待状を持ってディラーズという服屋に言ってくれたら、服を用意しるそうだよ」
「ま・・」
マジかぁ。
「あの、これ、断る事なんて・・・」
「できないね。それを断る事はできてもそのあと都市ケートンには居辛くなるだろうねぇ」
脅しかよっっ!
ああもうっ、めんどくせええっ。
俺はがっくりと肩を落として、両隣に座っているミリーとジャックを見る。
「でもですね、俺はこの子たちを残してパーティーには」
「大丈夫だよ、その2人も一緒に連れて来い、との事だ。安心してくれればいいよ」
「そ・そうですか・・・」
「実は私もパーティーに呼ばれているんだよ。だから、宿に迎えに行くよ」
「は、はぁ・・・」
「いや〜、君たちをホルトマン様に紹介するのが楽しみだよ」
俺たちはちっとも楽しみじゃありません。
俺はキッパリと心の中で言い切りながらも、愛想笑いを浮かべるしかできなかい。
「それじゃあ私からの話は以上だよ。スウィーザ君が依頼の報酬の準備をしているんだろう? それを受け取ってゆっくり休むといいよ」
「はぁ・・・ありがとうございます」
俺は出そうになる溜め息を飲み込んでから、ミリーとジャックを促して立ち上がるのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/07/2017 @17:44CT 以下の文章は過去にギルド・マスターに会った事があると言うご指摘を受け削除しました。内容には影響はないと思います。
『そういえばギルドにはあちこちで立ち寄った事はあるけど、ギルドマスターに会うのはこれが初めてだ。』




