135.
《面白いだろう、幸太》
テレビの画面に映し出されているのは、エキセントリック・サイエンティスト、と呼ばれるテレビ番組だ。
《なんだよ、無茶苦茶してるじゃん》
カウチに座る叔父さんの横に座ってポップコーンを食べながら、俺はテレビに突っ込む。
《いやいや、あれこそが科学者っていうもんなんだよ》
《あれ、テレビ用なんだろ?》
《ちゃんと全部実験してるぞ》
マジかよ、と俺はポップコーンを口に放り込みながら、たった今行われた実験を反芻する。
今テレビで見た実験は、どの拳銃の弾ならあの装甲を破る事ができるか、というものだった。
日本だったら絶対にありえない実験だ。
いや、あり得るのかもしれないけど、一般人がやって許される実験じゃあない。
それをアメリカではテレビ番組として堂々と放映しているだから呆れたものだ。
この番組は叔父さんの一番お気に入りらしくて、俺がアメリカに遊びに来て以来毎日録画してあった過去の放送を一緒に見ている。
結構バカな実験の方が多いけど、今日一緒に見ている実験はありえないとしか思えないものだった。
《バカみたいな実験だよ》
《いいじゃないか、バカみたいでも。彼らは自分たちが疑問に思った事をこうやって実験する事で答えを出しているんだ。羨ましいと思わないか?》
《う〜ん、どうかな?》
羨ましいんだろうか?
うん、半分くらいは羨ましいだろうな。
自由にあれこれできるっていうのは羨ましい。
俺が自由にできるのはこの冬休みの間だけだ。
休みが明けて日本に戻ったら、就活が待っている。
そんな環境で好き勝手に自由にしたい事なんてできっこない。
《幸太はアメリカで就職しないのか?》
《何言ってんだよ。俺、英語もろくに喋れないんだぞ?》
《そんなもん、すぐに身につくよ。お前にはこっちの方が生きやすいんじゃないか?》
そうなんだろうか?
《叔父さんは--》
なんでそんな風に思ったんだろう?
口を開きかけた俺の目の前がぐにゃっと歪んだ。
覚えているのはそこまでだった。
目を開けると、引き車の天井が見える。
そのまま視線だけを動かすと、ゴンドランドの羽で作った窓ガラスからは日が差し込んでいる。
どうやらもう朝らしい。
俺はう〜んと布団の中で伸びをしてから上半身を起こす。
それから隣のベッドを見ると、ミリーはとっくに起き出しているようで既にもぬけの殻だった。
丁度いい、って事で俺は着替えをポーチから取り出すと、とっとと着替える。
ミリーがいたらパジャマを脱いで着替えるなんて事できないもんな。
いや、多分ミリーなら気にしないと思うんだけどさ、俺が気にするんだよ。
シャツとズボンを履いて、ベッド脇に転がっているブーツを履いてから俺は外に出る。
『おはようございます』
「おはよう、スミレ。ミリーたちは?」
『朝ごはんを釣るんだと言って湖に行ってます』
「ジャックと2人でか?」
『はい、どちらが先に釣るか競争、だそうです』
まぁ、仲良くかどうかは判らないけど、一緒に行動するようになったのは何よりだ。
『体調はどうですか?』
「ん?」
『睡眠導入剤の後遺症のようなものは残ってませんか?』
「睡眠導入剤・・・? ああ、そういやそんなもん飲んだっけ」
そういえば昨日の夜はちゃんと寝れるように、という事でスミレが作った睡眠導入剤を飲んだんだった。
そこまで記憶を辿ってから、俺はなんでそんなもんを飲んだのかを思い出した。
「そういや、スミレ。ちゃんと記憶の転写は済んだのか?」
『はい、無事に済みました。もしかしたらもう少しかかるかも、と思ったんですが、コータ様が意外と深く眠られていたので、全て済ませる事ができました』
「そっか・・・」
『コータ様?』
だから懐かしい叔父さんの夢なんか見たのかもしれないな。
スミレが少し心配そうな顔で俺を見ている。
『大丈夫ですか?』
「もちろん。大丈夫だって。なんか懐かしい夢を見たから、もしかしたら転写のせいで思い出したのかな、って思っただけだよ」
『それは・・あるかもしれないですね』
あるのかよ。
俺は片方の眉を上げてスミレを非難するように見ると、彼女が申し訳なさそうな顔をするのですぐに止める。
「いいから気にすんなって。痛くなかったんだから、それで十分だよ」
『でも・・』
「正直もう終わったって聞かされて、ホッとしてんだよ。だってさ、初めての時があんまり痛かったから、あれがちょっとトラウマになってたんだよな」
これはマジだ。
あれはほんっとうに痛かった。二度と経験したくないとビビってしまうほど痛かったんだよ。
もし全く痛くないって知ってたら、もっと早くスミレにさせてたよ、ホント。
「コータッ、起きたっっ」
「おはよう、ミリー」
「おはよっ、コータ」
湖の方から声がして見るとミリーが手を振っている。
その手には釣竿が握られている。
そんなミリーから10メートルほど離れたところで、ジャックが釣竿を湖に向かって振っているところだった。
でもそんなに慣れていないのか、ぽちゃんと岸の近くに落ちたのはご愛嬌と言ったところだろう。
「コータも、来る?」
「ん? いいや、俺はお茶飲んでるから任せるよ。ちゃんと朝飯、釣ってくれよ」
「みゃかせる」
「おう、任せた」
ふんっと鼻息荒く頷くミリーに苦笑いしながら、俺はシェードの下に出しっぱなしにしている魔石コンロのところに行く。
『朝食ですか?』
「うん、あとでな。今は目覚まし代わりにお茶が飲みたい」
本当はコーヒー、と言いたいところだけどお茶っ葉しかないんだよな。
ヤカンに水を入れ、それをコンロに置いてからノブを回してオンにする。
それから椅子をコンロの近くに置いてそこに座る。
『お疲れですか?』
「うん? あ〜、どうかな。寝たんだけど寝足りないって感じかな。でも多分それって睡眠導入剤のせいだと思う」
『申し訳ありません』
「なんで?」
『私が睡眠導入剤を飲ませたからですよね?』
「へっ? ああ、違う違う。睡眠導入剤っていうのはさ、こういう後遺症っていうか少し眠気を引きずるもんなんだよ。スミレのせいじゃない」
俺は使った事はないけど、睡眠薬っていうのはそういうものだと聞いている。
だから別にスミレのせいだなんて全く思ってない。
『そうなんですか?』
「うん、そういうものなんだよ。一応翌日に影響を残さない、なんていう謳い文句の睡眠薬もあるけど、それでも全く体に残らないなんていうものはないと思うな」
俺の言葉にホッとした表情を浮かべたスミレに頷いてから、俺は立ち上がるとお茶の用意をする。
急須もどきにお茶っ葉を入れて、木のカップをポーチから取り出す。
沸いたお湯を急須もどきに入れて20秒ほど蒸らしてからカップに注いだ。
ふわっとお茶のが香る。
今日のお茶はこの前見つけたレモンもどきの皮を干して刻んだものが入ったもので、なんとなくレモンティーみたいな風味がある。
俺はカップに口をつけながら、ミリーたちが何か釣ってないかと視線を向ける。
「釣れてないな」
『そうですね。多分無理だと思いますよ』
「なんで?」
『餌が悪いんですよ』
「餌?」
釣りに使う餌って、そんなに特殊なものだったっけ?
『ジャックが魚釣りの餌はコレに決まってる、と言ってパンをくっつけてました』
「はっ?」
パンって、昨日の残り物か?
「そんなもんつけたら取られるだけだろ?」
『そう思ったので、それよりも地面を掘ってミミズでも捕まえた方が、と言ったんですけど』
「ミリーは?」
『餌が違ったらその公平じゃないから、と言って・・・』
言いにくそうなスミレは途中で言葉尻が小さくなっていったけど、俺にはミリーも同じようにパンを使っている事が判った。
「まぁな。全く釣れないって事はないだろうけど、難しいだろうな」
『ですよねぇ』
「んじゃ、俺はポーチからこの前都市で買ったベーコンを焼くか」
朝食に魚は期待できそうにない。
だったら釣れなくて落ち込むだろう2人の気分を上昇させるためにはどうしても肉がいる。
「あとは・・パンとスープでいいか」
いつものように適当に野菜を取り出して、ついでにパンも出しておく。
干し肉が少しあるからそれを使ってスープの出汁にすればいいだろう。
湖の水際に立ってじっとウキを見つめている2人は時々お互いの様子を伺っているのが判る。
「なんだったら、俺がミミズを持って釣りに参加するか?」
『コータ様、それは意地悪というものですよ』
「そっか?」
『そうですよ』
「ちょっとくらい揶揄うのはいいんじゃないのかな?」
『それで2人の機嫌が悪くなったらどうするんですか? 私は機嫌をとりませんよ?』
むぅ、スミレに押し付けてしまえ、と思ったのがバレバレだったようだ。
「仕方ないな」
『大人の対応をしてくださいね』
「大人、だろ?」
『そういう事にしておきましょう』
俺とスミレはそんな軽口を叩きながら、朝食を作ったのだった。
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