134.
スミレがじーっと俺を見ている。
俺はそれからそっと目を逸らしたけど、今更だよなぁ。
いつものようにお子ちゃま組であるミリーとジャックはとっくに寝ている。
俺はまだレベルが5に上がった事で変化した能力をまだちゃんと確認していないから、それを少しだけ寝る前にしようかなと思っているところだ。
なんせ前回の依頼が終わって、2日ほどはのんびりするぞ、と宣言したのに指名依頼が入ってしまったのだ。
おまけに宿にいると落ち着いてスキルを使う事もできないから、こうやって野営している時が一番なんだけどさ。
「なんだよ」
大きな溜め息を1つ吐いてから目の前のスミレに顔を向けた。
『コータ様』
「だから、なんだよ」
『以前の約束は覚えてますよね?』
「約束?」
そんなもんしたっけ?
ってか、約束ってなんだよ?
俺はよく判りません、と書いてある顔をスミレに向け、それを見たスミレがわざとらしいほど大きな溜め息を吐いた。
『コータ様がレベル4になった時に、コータ様の記憶をもう一度データバンクに入れ直させてください、とお願いした事を覚えてますか?』
「うっ・・・・」
覚えてる・・・なぁ。
言われるまでは都合よく忘れてたけど、ここで忘れてたって言えば叱られるだろうから、とりあえず頷いてみる。
『では、早速今夜にでもデータバンクに記憶を転送したいんですけど?』
「い、いや、でもさ、その」
『宿ではスキルを使いにくいとおっしゃってましたから、こうやって野営するまで待っていたんですけど?』
「えっ、で、でもさ、そんなに急がなくったって、なぁ?」
『そうですね、急ぐ必要はありませんね』
「じゃ、じゃあ」
『ですが、データバンクに入れるのを遅滞させる理由もないですね』
「うぐぐぐっ」
口をパクパクさせて、何か言い返したいところだが、全くさっぱり言い訳が思いつかない。
俺は恨めしそうにスミレを見るけど、スミレはしれっとした顔のまま俺の返事を待っている。
「そ、その前にさぁ、できればレベルが5になって変わった能力を知りたいなぁ、なんて思ってるんだけどさぁ」
『それも大切ですけど、データバンクを充実させてからの方ができる事は増えますよ』
「そ、それはそうなんだけど・・・」
『それに今夜はもう遅いですからね、今からだと何か作るにしても時間が足りませんよ?』
「だ、だったら、データバンクに俺の記憶を写すだけの時間もないだろ?」
『大丈夫ですよ。寝ている間にさせていただきますから』
「えぇぇぇ・・・」
ベッドで寝ている時にあの痛みを体験しろっていうのか?
鬼なのか、スミレは?
あの痛みは忘れられないんだぞ?
あの時、頭が割れるんじゃないか、って本気で思ったんだぞ?
俺が恨みがましい顔でじーっとスミレを見つめると、スミレは頭を傾げて俺を見返す。
『何がそんなに嫌なんですか?』
「何がって、スミレ、あの時俺がのたうちまわった事、覚えてないのか?」
あれを忘れたって言ったら、俺は許せんぞ。
なんたって俺はあの時の痛みを未だに忘れてないんだからな。
でも俺が口を開く前に、スミレはああ、と小さく呟いてから頷いた。
『あの時のデータ・トランスファーの事ですね』
「そ、そうだよっ」
『あの時は私のレベルは1でしたから』
「だから?」
『今の私のレベルは5です。ですので、あの時よりももっと細やかなデータ・トランスファーをする事ができます』
どこかドヤ顔のスミレだけど、俺は騙されないからなっ。
「あれはむっちゃ痛かったんだぞ。俺はマジで死ぬかと思ったんだからな」
なのにあの時のスミレはそんな俺の苦しみなんか気にも留めてなかっただろう。
俺は覚えてるんだからな!
とはいえ、絶対にスミレは俺の記憶を写し取る事を諦める事はしないだろう。
それに、だ。
俺としても作れるものなら元の世界の技術レベルのものも作れるようになりたい訳で。
暫く俺とスミレはお互いの顔を見つめ合っていたんだけど、俺が溜め息とともに視線を外したところで緊張感が消えた。
「判ったよ。で、今回はどのくらいかかるんだ?」
『コータ様の記憶のデータ・トランスファーに必要な時間ですか?』
「うん。前回は多分15秒か20秒くらいだったんだろ? でもレベルが上がったらもっと精密な転写をするって言ってたよな」
『はい、あの時は私のレベルがまだ1だったので、表層的な記憶しか転写できなかったんですよね。ですが今の私のレベルは5なので、もっと精密な記憶を転写する事ができるんです』
「で、どのくらいかかるんだ? 1分か? それとも2分くらい?」
あの痛みが2分も続くと思うと肝が縮む気がする。
きっと永遠と感じるような死ぬような痛みを感じるんだろうなぁ。
俺はヘニョッと眉尻を下げて、閻魔様の前で宣告を待つ死者の気持ちになる。
『そうですね・・この1回で全ての記憶をいただきたいと思いますので、6時間くらいでしょうか?』
「はあああああああ?」
『もしかしたらもう少しかかるかもしれませんが、その時は明日の夜に続きをすればいいでしょうね』
「おっ、おまっ、おまっ」
あまりにも動揺しすぎたせいか、俺はどもってしまって言葉にならない。
『コータ様?』
「おっ、おまっ、おまえっっ、俺を殺す気かぁ?」
『そんなつもりはないですよ? コータ様が眠っている間に作業をさせていただくつもりです』
「寝れる訳ねえじゃんっっっ」
あの痛みの中、平気で寝れるようなヤツがいたら会ってみたいわっっっ!
『一晩中付き合ってくれるんですか? でもコータ様は寝ないと体が持ちませんんよ?』
「知ってるよっ! でもさっ、あんなすっげえ痛みの中で寝れるかよっっ」
『痛み、ですか?』
「おうよっ。スミレは覚えてないかもしれないけどさっ、あん時はすっげえ痛かったんだよっ。もう死ぬかと思ったくらいだったんだぞ。そんな痛みの中で寝れる訳ないだろっ」
『ああ・・・あの時はそんなに痛かったんですね』
「痛かったさ。もうな、のたうちまわったぞ」
『今回は大丈夫ですよ』
なぜに言い切れるのか説明してもらいたいぞ、俺は。
そんな気持ちを込めてじーっとスミレを見ると、彼女は自信満々に頷いた。
『あのですね。レベル1の時の私には緻密な制御ができませんでした。というか、あの頃の私ができたのは、あのような転写だけでした。でもですね、今の私のレベルは5なんです。つまり、あの頃にできなかった緻密な制御でコータ様の記憶を扱う事ができるんです』
「でもさ、全く痛みがない訳じゃないよな?」
なんせ俺の頭の中を引っ掻き回すんだ。
だからこそのあの時に痛みだと俺は思ってる。
『いえ、痛みはない筈です。コータ様は眠っていただいていた方がおそらく痛みはない筈です』
「なんでさ」
『眠っている間は他の事に脳を使わないですから。まぁ夢とかみるかもしれませんが、それでも何か作業をする時に比べると脳は休んだ状態でいるので、無駄に脳内の記憶を探る事なく転写しやすいんです』
ふむ、なるほど、と俺は思ってしまった。
確かにスミレの言う通り、眠っている間の方が余計な事を考えていない分、俺の過去の記憶を見つけやすいかもしれない。
「でもさ、ほんっとうに痛くないのか?」
『おそらく、ですけど痛くない筈です』
「筈、かぁ・・・・」
『とりあえず眠っている間に試させていただいてもいいですか? もしコータ様が苦しまれている様子が少しでもあれば、私はその段階でやめますから』
本当か?
俺はスミレの言葉を信じてもいいのか?
「でも、スミレは俺の記憶が欲しいんだよな?」
『できればコータ様の記憶をデータバンクに登録したいですね。この世界の技術を考えると、コータ様がいた世界の技術の方が色々と応用がしやすいですので』
だよなぁ。それは俺も思ってるんだよ。
魔法なんかがあるせいか、あんまり科学は発達していないんだよな。
元の世界で言うと、おそらくコロンブスがいた時代程度の文化文明だろう。
ちょっとしたものはあるけど、俺としては物足りないものばかりだもんな。
「でもさ、俺、ビビって寝れないかもしれないぞ?」
『大丈夫です。ちゃんと睡眠導入剤を作ってます』
「い、いつの間に?」
『コータ様が体力回復ポーションを作っている時に、データバンクから作り方を検索して作ってみました』
「マジかよ・・・」
なんでそんなに用意がいいんだよっっ。
もうどんどん外堀が埋められていってる気がするよ、俺。
スミレ的には無理強いはしたくないけど、俺の記憶は欲しい訳だ。
もちろん俺だって、元の世界のデータが手に入る事は吝かじゃあない。
って事は、だ。
「判った。それくれたら飲むよ」
『いいんですか?』
「なんだよ。スミレが言ったんだろ?」
『はい、そうなんですけど』
なんだよ、俺がやるって言ったら急に心配になったのか?
「俺が苦しんでいたら止めてくれるんだろ?」
『それはもちろんです』
「ならいいよ」
スミレはストレージから小さな青い液体の入ったポーション瓶を取り出した。
俺はそれを受け取ると、そのまま引き車の中に入る。
この睡眠導入剤の威力が判らないからな。
ここで飲んでそのまま一気に夢の国、なんて事になると困るもんな。
俺は覚悟を決めてパジャマに着替えるとベッドに潜り込んでから、ポーションを飲み干したのだった。
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