131.
区切りがなくて長くなっちゃってます。
寄り道した林を抜けるとすぐに湖が視界に飛び込んできた。
「デッカいな」
「あれ、みずう、み?」
パンジーの上に器用に立ち上がったミリーは御者台に座っている俺よりも高いから、きっと俺よりもよく湖が見えている事だろう。
「あれがエスピラナーダ湖、かぁ・・・」
引き車の屋根に陣取っているジャックの呟きが聞こえてくる。
「コータ、あれ、どのくらい、大きい?」
「どのくらい、かぁ・・・さあてなぁ」
どのくらいと聞かれると返事に困るよ。
俺はまだこの世界で何を基準にして大きさを比較すればいいのか判らないんだからなぁ。
「スミレ」
そこで俺は肩に座っているスミレを呼んだ。
困った時のスミレもんだ。決して青いアイツじゃないぞ。
『そうですねぇ・・・ミリーちゃん、ハリソン村でハンターの登録をした時に弓の腕を見せた訓練
場を覚えてますか?』
「ん? あの広場みたい、なところ?」
『そうです。あそこ、結構広かったでしょう?』
「うん」
『あの場所が100個以上あると思えばいいですよ』
「ひゃ・・っこ?」
100という単位とあの訓練場を考えるように頭を傾げていたものの、ようやくその大きさが理解できたのかミリーの目が真ん丸に見開かれた。
「スミレ・・それ、大きい、ね」
『そうですね。大きな湖ですよ』
「スミレ、ここ、あの沼より、大きい?」
『沼ですか?』
「うん、ほら、アメーバ、とった」
『ああ、あそこですか。あそこよりはもっともっと大きいですよ』
「もっと、大きい」
ミリーはスミレの言葉を繰り返す事でその意味を咀嚼しているようだ。
そういや、あのアメーバを捕まえた沼地って暗くなってからしか言った事ないから、確かに広さなんて判らなかったもんな。
「なあ、あの沼地って結構広いのか?」
『それほどでもないですよ。おそらく100メッチ四方でしょうね』
100メートル四方って事だよな。
『あそこは深さ自体は2−3メッチ程度なんですが、泥に足を取られて埋まってしまう人もいますので移動には十分気をつけた方がいい場所ですよ』
「おい、そんな危ない場所に連れて行ってたのかよ」
『もちろん、そんな場所は避けて案内してましたよ』
しれっとした顔で言うスミレ。
「そういう問題じゃないだろ」
『そういう問題ですよ。どこに行っても危ない時は危ないんですよ。この世界はそういう場所なんですから。だからこそ、その中で危険を回避しながら生きていくんです』
「・・なんか、丸め込まれた気がする」
言い返したくても、スミレの言葉は正論な気がする。
『それより、そろそろ目的地に着きますよ』
「ん? どこにパンジーを停めるんだ?」
『どこでもいいですけど、湖の岸から50メートル以上離してくださいね』
「うん、それは判ってるって」
そういった注意事項は既に昨夜スミレから聞いている。
「でもさ、罠の設置場所との兼ね合いもあるから、どの辺りがいいのかなって思ったんだよ」
『そうですねぇ・・・ああ、あの右手に石がたくさん転がっている岸があるでしょう? あの辺りに行きましょうか』
言われて見ると、確かに砂地みたいになっている場所がある。その砂の上には一抱えもありそうなものから手のひらに乗るくらいの様々な大きさの石がゴロゴロと転がっている。
『罠を仕掛けるのはあそこより左側の草が茂っている辺りですね。マーキーナは草地にあがってきますから、あそこなら近づかれる事も少ないでしょう』
「パンジーがいるもんな。変な魔物は近づかないに限る。ミリー、パンジーをあっちの石が転がっている辺りに連れてってくれ」
「わかった」
返事が来たと同時に、パンジーが進路を少し右に移動する。
う〜ん、俺よりもパンジーの扱いはミリーの方が上だよな。
そんな事を考えている時にふと聞きたい事が頭に浮かんでスミレを振り返った。
「スミレ、魔物からは魔石は取れないのか?」
『とれますよ』
「あれ?」
『ただですね、大きさは魔獣や魔物の大きさと言うよりもうちに込めている魔力量の多さによりますから、コータ様が仕留める事ができるような魔獣や魔物には換金できるような魔石はありませんね』
バッサリと切り捨てられた俺の期待は、そのまま地面に落ちて引き車に轢かれてしまった。
ってか、そんな気がした。
『ライティンディアーを覚えていますか?』
「う、うん・・・」
『あの魔獣は魔力を操作して雷魔法を仕掛けてきましたよね?』
「・・そう言われるとそうだった気がするなぁ・・」
確か角と角の間でスパークが飛び散っていたような・・・うん、そんな気がする。
『あのくらいの魔力操作ができるほどの魔獣や魔物でしたら、魔石が取れますよ。現にコータ様もライティンディアーを仕留めた時に魔石を手に入れましたよね?』
「んん? ああ、そういやそうだった」
ぽん、と手を打ってから俺はポーチからライティンディアーの魔石を取り出した。
エメラルドみたいな色の魔石は大きさが大きめのビー玉といったところだ。
確か10000ドランくらいだって言ってたっけ?
ま、お金に困ってないから売る気は無いしな。
俺はなくす前にと、とっとと魔石をポーチに仕舞う。
「コータ、ついた」
「おお、そっかそっか。パンジーもミリーも偉いなぁ」
俺はそう言いながら引き車の位置を整えるために、パンジーの手綱を少し操って引き車のドアが湖に面するように移動させてからパンジーを停めた。
「よーし、今夜はここで野営だぞ」
ぴょんとパンジーの背中からミリーが飛び降りると、ジャックも慌てて引き車の上から飛び降りた。
さすがネコ系だけあって身が軽いよ。
「んじゃ、まずは野営の準備を終えてから罠の設置かな?」
『そうですね、その方が落ち着いて罠を仕掛けられますね』
「って事だ。じゃあ、ミリーは引き車を寝られるようにしてくれるかな? ジャックはいつものようにシェードを出して、その下にシートを敷いてくれよ」
「わかった」
「すぐにやる」
ミリーとジャックは返事をすると、早速取り掛かった。
俺はパンジーのところに行くと手綱を外して、体につけていた軛なんかも取り外してから、御者台のシートを開けて中から水を入れる桶と一抱え分の餌を取り出した。
餌は御者台の前に作り付けられている餌入れに入れて、その横のフックに水桶を引っ掛けてから2リットルほどの大きさの水の入った樽から水を入れてやる。
ここだと湖に水を飲みに行く事もできるだろうけど、パンジーは引き車から離れる事が好きじゃないから、この方が水を我慢する事もないだろう。
そうしているうちに、あっという間に野営の準備は整う。
「んじゃ、罠作りか。スミレ、罠はどうやって作るんだ?」
『湖の岸辺近くの水の中に蔦が生えていると思いますので、それを集めてきてください』
「蔦? 蔦って普通は森の中とかに生えるんじゃないのか?」
『そういう蔦もありますが罠に使うには硬すぎるので、もう少し柔軟性のある湖に生えている蔦を使います』
ふぅん、水に生える蔦ねぇ。
そんなもの、元の世界であったっけ?
それとも、さすが異世界、ってヤツなんだろうか。
「コータ、行く」
「うん、俺も行くって」
横にいたミリーが俺の手を引っ張って湖に向かおうとするので、俺はジャックについてくるように手招きする。
後ろの方でぐぬぬ、っていううなり声が聞こえた気がしたけど、まぁこれもいつもの事だからスルーだ。
湖を覗くとなかなか透明で底がよく見える。
「あんまり深くないんだな」
『中心に行けば深度は50メートル以上だとデータにありました。ですから深みに嵌らないように、気をつけてくださいね』
「うん。もしかしたらいきなり深くなってるかもしれないもんな」
俺は早速ジャブジャブと湖の中を進む。
「うっわ、水、結構冷たいぞ」
『常に循環しているらしいですからね』
「冷たい?」
「うん、冷たいのが嫌だったらそこで待っててくれていいぞ。俺が蔦をとるから、引っ張り上げてくれたらいいぞ」
ミリーとジャックは岸のところで足を入れようなどうか迷っているようだ。
確かネコは濡れるのが嫌いだっていうからな、冷たい水には入りたくないんだろう。
風呂に入ってくれるだけありがたいのかもしれないな。
「おっ蛇っ? いや、これが蔦か?」
『そうです』
パッと見が蛇みたいで水の動きに合わせてゆったりと動くからどきっとしたぞ。
でも手を伸ばして掴んでみると、確かに蔦っぽい手触り。
俺はぐっと引っ張り、そのまま岸に掴んだまま持っていく。
「あれ、結構長いな」
『長いものになると20メートルほどあるそうですよ』
「そっか、よっし、ミリーとジャックでこれを引っ張りあげてくれ」
ホイッと渡すとミリーがまず掴んでそれを綱引きの綱のように引っ張っていく。
それを見てジャックも蔦の1部を握ると後ろに向かって歩き出す。
俺は2人が引っ張るのを見てから、その蔦に足を取られないように水の中を見ながら歩く。
「何本くらいいるんだ?」
『そんなには要りませんよ。そうですね、3本もあれば十分だと思います』
「おっけ」
俺は水の中を覗き込みながらも次の蔦を探すけど、誰も取らないのかあっという間に3本の蔦は集まった。
『では罠を設置する場所に行きましょう』
「どこまで行くんだ?」
『マーキーナは日が暮れてから草を食べるために湖から上がってきますから、あちらの草が生い茂っている辺りで岸に沿って設置します』
それじゃあ移動しようか、と歩き始めた俺をスミレが呼び止めた。
『その前に、先ほどの林の中で取ってもらった棒を用意してもらえますか?』
「ああ、あれか、判った。ジャック、悪いけど屋根の上からさっきとってきた2本の棒を持ってきてくれ」
「ええぇぇ、あれ、長いんだけど」
「持てないんだったら俺が取りに行くよ」
「持てるっっ!」
身長が1メートルほどのケットシーであるジャックには長い棒は無理か、と思い直して取りに行くって言ったのに、意地になったジャックが尻尾を左右にビュンっと振ってから引き車に向かう。
「コータ、あれ、重い、よ?」
「うん、そうなんだよな」
俺でさえやっと屋根に持ち上げたような棒、ジャックに持てるのか?
俺は濡れて冷たくなった足を見下ろしてから手伝うために引き車に向かう。
「ま、その間、ミリーとスミレは罠を作り始めててくれ」
『判りました』
「わかった」
俺はドスドスと歩くジャックの後ろをのんびりと歩いてから、なんとか屋根から棒を突き落とそうとしているのを見上げて手を伸ばした。
「おいっ」
「いいから、1人じゃ難しいって。それに重いだろ?」
「おっ、重くないっ」
「ああ、はいはい。とにかくそれは俺が受け取ったから、次を降ろしてくれ」
「むむむっ・・判った」
重くないと言いつつも重かったんだろう、意外と素直に俺の言葉に従った。
俺はまず1本目を持ってスミレたちのところに戻って、それから2本目をジャックと一緒に運んだ。
「よし、これでいいか?」
『はい、その2本の棒の先に蔦を括り付けてから——』
スミレの作戦は、1本の長い蔦に罠となる輪にした蔦を吊り下げる。それからそれを2本の棒のてっぺんに結んでから立てるらしい。
ぱっと見にはでっかいパン食い競争の仕掛けみたいなもんだ。ただぶら下がっているのがパンじゃなくて輪になった罠ってだけだ。
「なぁ、こんなんで捕まえられるのか?」
『捕まえなくていいんですよ。動きを制するのがこの罠の目的です』
「棒、倒れない?」
立ち上げた棒と罠を見上げながら、ミリーが不思議そうに訪ねてくる。
『多分、大丈夫でしょう』
「多分かよ。まぁ、倒れたらまた立てればいいか」
「スミレ、エサは?」
『餌はいらないんですよ』
「なんで?」
餌はいらないという話だけど、それでどうやって捕まえるつもりなんだろう?
『マーキーナは草食なので毎晩暗くなってから陸に上がってきて湖の周囲に生えている草を食べます。この罠を見てお判りと思いますが、この罠は湖から上がってきたマーキーナの進行方向にあるんですよ。ですから、上がってきてまっすぐ草を食べるために歩いていると、罠の輪に爪が引っかかります。それを捕まえればいいだけのお仕事ですね』
そうなのか?
そんなに簡単に捕まるもんなんだろうか?
「でもさ、マーキーナってジャックよりでかいんだろ? そう簡単に行くのか?」
「俺よりでかいって言うなっっ!」
『ですから、爪が輪に引っかかって動きが止まったところを狙うんです。ミリーちゃんの弓矢やコータ様のパチンコだと頭の目の間を狙ってもらうのが一番ですね』
「おいっ人の話聞けよっっ」
『それからジャックでしたら、剣で頭を落とすのが一番ですけど、これは近づかないといけないので多少の危険が伴います』
俺とスミレは横でワーワー騒いでいるジャックを無視して話を進め、ジャックは俺たちが話を聞いていないと判ると、がっくりとその場に両手をついてorzのポーズをとる。
俺は吹き出さないようにぐっと顔を引き締めながら、スミレと作戦を練るのだった。
※すみません、ライティンディアーの魔石をどう設定していたのか探したのですがさっぱり見つからず、ビー玉サイズのエメラルド色としました。
読んでくださって、ありがとうございました。
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