129.
俺は心配で胃がシクシク言っている気がする。
でも、だ。ここで俺が出て行ったら、ミリーとジャックはいつまでたっても独り立ちできないから、そう思って我慢しているんだ。
『コータ様、もうちょっと落ち着いてください。2人とも大丈夫ですよ』
「いや、だってさ」
俺が立っているのは、建築事務所のすぐ横だ。
ミリーとジャックは依頼達成のサインを貰うために中に入っている。
もちろん2人とも両手でゴンドランドの羽を抱えて、だ。
羽の数はミリーの企み(?)通り30枚。
ミリーの話では30枚持っていくと、ボーナスで10パーセント上乗せして貰えると記載してあったとか。
ゴンドランドの羽は1枚500ドラン、それが30枚って事は15000ドランになる。それにボーナスは1500ドラン。確かにボーナスは魅力的だよな。
このボーナスはミリーとジャックに分けてやろう。
「そういや、ジャックと報酬の話をした方がいいのかな?」
『報酬ですか?』
「うん。ほら、ミリーはお金はいらないって言ってただろ? その代わり必要なものがあったら買ってくれ、って。でもすっかり忘れてたけど、ジャックとは報酬の分配の事について全く話をしてないんだよな」
ミリーにも初めて依頼を受けた時に報酬は均等に分ける、と言ったんだけど、お金の管理はどうすればいいか判らないから、それにこうやって一緒に旅をさせてもらっている。だから報酬は1人で受け取ればいい、って言ってくれたんだよ。
俺もそれなら、って思って、少しずつだけどミリー用にお金を違う袋に貯めていくようにしているんだ。
ほら、いつかミリーが独り立ちした時に、お金があった方がいいだろ?
『報酬の話は今夜にでも宿ですればいいんじゃないんですか? 今日と明日は蒼のダリア亭に泊まる予定に変更はありませんよね?』
「うん、そのつもり」
一応依頼達成して戻ってきたら、翌日は休息日という事に決めている。
ミリーは休まずにもっと依頼を受けたいらしいけど、おじさんは休まないと体がついていかなくなると言ったら渋々ながらも納得してくれた。
『今日はこのまま宿に戻りますか?』
「んんん、生産ギルドに寄らないとな。明日にしてもいいけど、そしたら休む時間が減っちゃうから、できれば今日中に行きたいかな」
『注文品を届けるんですね』
「うん、それと設計図を昨日書いてもらっただろ? あれを提出して生産ギルドの方で勝手に作ってもらおうと思ってる」
普通は設計図と登録申請書を一緒に提出するだけど、ミルトンさんが現物があるから大丈夫って言ったんだよなぁ。
でもさ、これは魔法陣がいるわけじゃないから、生産ギルドの方で職人を見つけてもらえばいい気がするんだよ。
鉛筆なら初心者職人でも十分作れるから、いい練習にもなるだろうし。
『業者に頼んでいいんですか? 私でしたらいくらでも作りますよ?』
「うん、判ってる。でもさ、この都市を出た後の事を考えると、特許料を貰う方が俺たちにも楽ちんかなって考えたんだよ」
『ああ、そうですね。確かに私たちがいなくなった後生産できないような商品だと、買った客が将来困るかもしれませんからね』
「そうそう、だからボールペンと鉛筆は公開する事にしたんだ。この2つは値段は大した事ないけど、数はでるだろうし1度買えばそれで終わり、っていう商品じゃないからな」
『仕事に使う人もいるでしょうから、そうなれば常備するものの1つになりますね』
「だろだろ。それにさ、今までだと捨てていたゴンドランドの死体が買って貰えるとなれば、ハンターたちも喜ぶと思うんだ。それに今までだと買っても貰えなかったアメーバが売れるとなれば、初級ハンターも仕事の幅が広がるだろうし」
ただまぁ、スライムボールには気をつけないと駄目だろうけどな。
「って事で、できれば生産ギルドは今日中に行きたいかな」
『判りました。そうですね。生産ギルドは今日のうちに行っておけば、明日は余裕を持って朝もゆっくりできますし、買い物にもいけますしね』
「うん。だから、もしミリーたちが先に宿に戻りたいって言ったら、先に帰らせるよ」
まぁ2人で仲良く宿に戻る事は無理だろうけどな、と苦笑いを浮かべたところで、建築事務所のドアが開いた。
まず出てきたのはミリー、次に出てきたのはジャックだった。
きっとミリーのためにドアを開けてあげたんだろうな。
「無事にサインを貰えたのか?」
「うん、もらった」
そう言いながらミリーは俺に依頼書を差し出した。
「自分で持ってハンターズ・ギルドに行けばいいのに」
「うん、でも、落としたら、大変」
ああ、そういう事か。確かに落としちゃった、じゃあ済まない金額だもんな。
「あのね、ちゃんとわたしのこと、覚えてた、よ」
「ん? そっか、良かったな〜」
ニコニコと俺の袖を引っ張りながら報告するミリーは、すごく嬉しそうだった。
まぁ、初めて依頼達成の報告で行った時に、猫系獣人であるミリーを見ても差別的な態度を取らなかったから大丈夫だろう、って思ってジャックと2人で行かせたんだけどさ。
ミリーは緊張してて尻尾がピンって立ってたし、ジャックもその横で同じように尻尾を立たせてたんで、ちょっと心配ではあったんだ。
気分は、ほら『初めてのお使い』に出した親ってヤツ?
モニターとかないから出てくるまで待たないといけなかったから、『初めてのお使い』の親よりは胃がシクシクしたと思うけどさ。
「このあと、どうする? 帰る?」
「俺は生産ギルドに納品に行かなくちゃいけないだよ。もしなんだったら2人は先に宿に帰っててもいいぞ」
「え・・・」
「来てもつまんないぞ。それでもいいんなら一緒に来てもいいけどな」
俺の袖を掴んでいてミリーの手が硬直したので慌ててついて来てもいいと伝えると、途端にホッとしたように力が緩んだ。
やっぱりまだまだ1人は不安みたいだな。
「それともパンジーのところで待ってるか?」
「パンジー?」
「うん、厩舎の中で淋しがってるかもしれないだろ? 少しだけおやつをあげると喜ぶかもしれないな」
パンジーは最近ミリーが手綱をとる機会が多いせいか、俺よりもミリーからおやつを貰うと喜ぶんだよな。
飼い主としては負けたような気がするが、相手がミリーなら仕方ないって思えるんだから不思議だ。
「せいさ、んギルド、ここから遠い?」
「う〜ん、ハンターズ・ギルドからだと20分くらい歩くかな? 蒼のダリア亭からだと30分かな」
尻尾がヒュンっと左右に触れている。これはミリーが考えている証拠だ。
「ジャック、おまえはどうする?」
「お、俺? 俺は・・・」
「あ〜、判った判った。お前に聞いた俺が悪かった」
「おっおいっ、なんだよっ」
ジャックが憤慨して文句を言ってくるけどさ、聞かなくても答えは決まってるんだから聞くだけ無駄じゃん。
どうせミリーが帰るって言えば帰るし、ついて来るって言えばついて来るんだろ?
目線だけでそう伝えると、うっと声を詰まらせていた。
「どうする、ミリー?」
「・・うんと、帰る。帰って、パンジーと一緒、にいる。いい?」
「いいよ。なんならハンターズ・ギルドに行く途中で屋台で果物を買ってパンジーにやってもいいしな。ミリーとジャックには肉串でも買うか」
「うんっ」
嬉しそうに頷くミリーを見てから、俺はちらりとジャックを見る。
何も言わないから、それでいいんだろうさ。
んじゃ、まずはハンターズ・ギルドに行きますか。
列に並ぶ事10分くらい。
すぐに俺たちの番が来た。
と言っても、俺の前に並んでいるのはミリーとジャックだ。
今日は全部この2人に任せる事にしている。
「お待たせしました」
「これ、お願いし、ます」
「はい、ギルドカードも提出してもらえますか? ありがとうございます。ミリーさんですね。それでは依頼書をお預かりしますね。はい、依頼人からのサインを確認しました。あら、ボーナス10パーセント・プラスですか? 凄いですね」
「はい」
嬉しそうに頷くミリーの尻尾は、ピュンピュンと左右に揺れている。
時折ジャックの背中や尻尾に当たっているけど、ミリーは全く気にも留めていない。
まあジャックは嫌そうじゃないけど、誰にでも振り回した尻尾をぶつけて謝らないって言うのは困るから、宿に戻ってから注意した方がいいかな。
「では少々お待ちください」
「あっ、あの」
「はい、なんでしょう?」
「わたしの、ランクを確認、してもらえみゃす、か?」
「はい、いいですよ。ミリーさんだけでいいですか?」
「えっと・・」
ミリーが振り返って俺のカードが入っている胸ポケットを見るから、俺は苦笑いしながらポケットからカードを取り出してミリーに渡す。
「これも、おねがいしみゃ、す」
「はい、コータさんですね。それでは暫くお待ちください」
サインの入った依頼書とギルドカードを2枚手にして、彼女はそのまま奥へ入っていく。
「コータ、できた?」
「ん? もちろんだぞ〜。ミリーはちゃんとできてたぞ」
「ほんと? よかった」
ほっと胸元に手を当てて息を吐いているミリーの仕草は大げさだけど、きっとその仕草通り緊張していたんだろう。
「ランク、あがってるか、な?」
「1つくらいは上がってるんじゃないかな? 今日のゴンドランドの羽30枚は結構ポイント高いと思うぞ」
「ほんと? だとうれしい、な」
ゴンドランドの羽30枚って事は5匹仕留めなくちゃ取れない数だ。
それだけのゴンドランドを仕留めたとなると、それなりにギルドポイントになる筈だ、と思う。
なんせこの依頼は赤の依頼板から見つけたものだからな。
オレンジ色の俺はもちろんだけど、黄色のミリーなら絶対に星の数が増えてる筈だ。
「あっ、きた」
少し緊張した声で職員が戻ってきた事を伝える。
俺はミリーの頭をポンポンと叩いてから、ジャックとミリーの2人の後ろに下がる。
「お待たせしました。こちらがお預かりしたカードですね。ランク、上がってましたよ」
「コータッ、見てっ、見てっ、オレンジ色っ」
ミリーはカードを受け取った途端に振り返ると、カードを振り回しながら俺に見せる。
「おっ、凄いじゃん。オレンジ色の星1つだ」
「こちらはコータさんのカードですね」
「ありがとうございます。ミリー、俺も星の数が増えたよ」
俺も星が増えて、オレンジ色の星3つになった。
って事はあと星2つ分ここで頑張ってから、大都市アリアナに向けて出発だな。
なんとかここでのゴールが見えてきたな。
俺はニコニコ顔のミリーが手渡してきた受け取ったばかりの報酬をポーチに仕舞ってから、ジャックとミリーを連れてギルドの建物を出るのだった。
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Edited 05/07/2017 @17:32 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
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そのあと、どうする? 帰る? → このあと、どうする? 帰る?




