123.
我ながら白々しい、と思いつつも今思い出したというような声をあげる。
「ああ、言い忘れてましたけど、こちらの魔法具を買えば魔石を何度も買う必要はないんです」
「えっ? それはどういう意味でしょう?」
「えっとですね、俺から細工を施した魔石を買う必要はあります。その魔石は普通の魔石の値段の1.5倍になりますが、それは魔力を充填できるように手を加えてあるからです」
そう言って俺がポーチから取り出したのは、ルービックキューブくらいの大きさの四角い黒い入れ物だ。
魔力充填装置と呼んでいるんだけど、真ん中に魔石を入れる穴が開いていて、他にはボタンが1つ付いているだけのぱっと見、何に使うのかさっぱり判らない装置だ。
俺はポーチから直径5ミリほどの丸い小さな金属が貼り付けられている魔石を1個取り出すとミルトンさんに渡す。
「その魔石は魔力を使い終わった古いものです。確認してもらえますか?」
「はい、というより、これはどう見ても使用済みの魔石の色ですね」
白く濁った色をした魔石を見て、ミルトンさんは俺を訝しげにみる。
「それでは丸い金属がついた方を下に向けて、この箱の真ん中に嵌め込んでください。はい、それでいいです。それじゃあそれを両手で持って上についているボタンを押してみてくれますか?」
「これ、ですか? はい・・・えっ?」
俺の説明通りミルトンさんはボタンを押した。
そして同時に動揺したような声をあげる。おそらく体から魔力が持っていかれる事に気づいたんだろう。
ミルトンさんは目を大きく見開いて、手に持っている黒い箱を見つめている。
これ、実は魔力をチャージするための魔法具なんだよね。
魔石の使い捨て、もったいないなぁって思ってたんだよ。
それで、元の世界の電池のチャージ機を思い出して作ってみました。
もちろんブラックボックス化されているので、誰にも真似はできません。
ってか、魔石自体にちょっとした細工をしているので、その細工のない普通の店で買った使用済みの魔石はチャージできないようになっている。
「そのボタンを押すと、箱を持っている人の魔力を吸収して、それを使用済みの魔石に充填しているんです。魔力の少ない人だと体に不調を感じるかもしれませんが、その時はもう一度ボタンを押すと止まります」
「この、赤い明かりは?」
「それは充填中だと示すためのものですね。それが付いている間は充填しなくてはいけないので、頑張って魔力を与えてください」
ようやく思考が回復したのか、ミルトンさんが質問をしてくる。
「色が変わるんですか?」
「はい充填が済むとその赤い明かりは青に変わります。青になれば充填済みという合図ですね」
「どのくらいで充填はできますか?」
「人によりますけど・・・そうですね、魔力が少ない人は数回に分ける必要はあるかもしれません。でもそれなりに魔力がある人であれば10分から15分ほどでしょうね」
俺なんか、ものすんごい勢いで吸い上げられてさ、3分でチャージし終わったよ。魔力は多いから大丈夫だったけど、でも体から何かが抜けていくっていう感覚はあんまり気持ちのいいもんじゃなかったね。
「ただ魔石はなんでもいいって訳じゃないんです。そこに入れた魔石には丸い金属が貼られていたでしょう? あれがないと充填できません。それに特殊加工を施しているので、剥がす事はできませんね。無理矢理剥がそうとしたら壊れてしまいますから。その加工のために1個につき5割増しの値段なんですよ。それに魔石の大きさを統一しなくちゃいけませんから、そのための加工賃も含まれています」
「でも何度でも充填できるんですよね?」
「何度でも、っていう訳にはいきませんけどね。魔石とその金属部分の耐久性を考えると、魔石は大体20回の充填に耐えられます。それからその充填装置は100回前後の充填が可能です。売値は一応加工済み魔石が1個3000ドランで、この充填装置は10000ドランに設定しようと考えてます」
つまり、魔石1個と充填装置に13000ドランかかるって事になるんだけど、魔石は25回充填できるから25個の普通の魔石代が50000ドランとすれば37000ドランのお得って事になる。
スミレの話ではもっと高性能にする事もできるらしいんだけどさ、そうなるとどうしても値段が上がってしまう。
この品質にすれば購入費は頑張れば一般家庭でも手に入れようと思えば手に入れられる値段になる。
確かにそれでもまだ高いけどさ、洗濯機に必要な魔石は2ヶ月に1個程度だ。魔石コンロの方はどのくらい料理するかで変わってくるけど、それでも一般的な家庭であれば洗濯機と同じくらいの消費量で済むだろう、とスミレが言っていた。
って事は充填装置は4−5年は買い換える必要はないし、魔石だってコンロ用と洗濯機用に2個買ったとしても3−4年は買い換える必要はない。
俺はミルトンさんがチャージしている間に、そういった事も説明する。
うん、やっぱり説明って大切だよな。
そして、ミルトンさんが箱を持つ事10分ほど。
その間彼女はじっとしたまま、まるで固まったかのように俺のチャージボックスを見下ろしていた。
「あっ、青いライトが点きましたね。それはチャージ終わったって事です」
この辺は元の世界の電池用のチャージャーと一緒だ、うん。
っていうか、俺がパクったんだよ。
「じゃあ、箱から魔石を取り出してもらえますか? それからちゃんとチャージされているかどうか確かめてください」
ミルトンさんはそっと箱から魔石を取り出した。
もちろんさっきまでの白く濁った色はなくなって、今では魔力が充満している証拠に透き通っている。
「コ、コ、コ、コータさんっっ!」
「はい?」
「これっ! これっ! 絶対に売れますよっっ」
ガッチリと握りしめたチャージャーを手に、興奮したように俺に攻め寄ってくるミルトンさんの勢いにビビって後ろに下がってしまったけど、これは仕方ないよな・・・うん。
俺はそのまま生産ギルドに拉致された。
うん、いや、だってさ、本当に拉致されたっていう言い方が一番しっくりなんだよ。
なんせミルトンさんは片手に俺のチャージャーを持ち、もう片方の手で俺の腕をがっしりと握って、そのまま生産ギルドの建物に小走りで戻ったんだからさ。
気がつくと、ギルドの奥にある部屋に連れ込まれていた。
いや、別にゴニョゴニョな意味では連れ込まれていない。
まぁ、引き摺り込まれた、といった方が正しいのか。
俺に椅子を勧めたミルトンさんはそのままお茶を用意すると言って部屋を出て、本当に速攻でお茶のカップの載ったお盆を手に戻ってきた。
「コータさん、早速商談に入らせていただきたいですけど、いいですか?」
「ミ、ミルトンさん、ちょっと近いです」
ずいっと乗り出してきたミルトンさんを両手でブロックしながら、俺は椅子を後ろに下げる。
だってさ、なんか勢いがすごくて怖いよ。
「コホン・・失礼いたしました。あまりにも興奮してしまって、大変申し訳ありません」
「えっと、その、大丈夫です。でも話が見えてないんですけど?」
俺がそう言った途端、ミルトンさん信じられないと言わんばかりの顔で俺を見る。
「あんなものすごい発明をしておいて、話が見えないなんて言わないでくださいよ」
「いや、でも」
「魔石コンロも凄い発明だと思いました。私でも欲しいと思います。洗濯機、ですか? あれも家にあれば便利だな、と思いました」
「は、はぁ・・・」
「でもですね。一番凄いのはあの魔力充填装置です。あんな画期的な発明品は過去に類を見ませんよ」
そうなのか?
電池の充電器みたいなものだぞ、あれ。
なんか評価が高すぎて、返事に困ってしまう。
「しかもですね、値段があまりにも安すぎますよ。過去にも魔力を魔石に充填できないか、という研究はされましたけど、魔石よりも高くつくという事で研究は頓挫したんです。それをコータさんは実用レベルに仕上げてしまったんです。これは本当に凄い事なんです」
「えっ、でも、結構高いですよね?」
「いえいえ、とんでもありません。確かに最初の投資分は高くつくかもしれませんが、長い目で見れば魔石を買うよりは安くつく事は判ります。あの・・・あれはこちらで生産はさせていただけるんでしょうか?」
「あ〜・・いいえ、あれは自分で作ります。材料も作り方もちょっと特殊なんですよ」
ってか、俺のスキルがないと作れないよ、あれ。
魔石の大きさを整えるにしても金属シールを貼るにしても、俺のスキルを使わないと難しい気がする。
「そうなんですか・・・それは残念です」
「その・・すみません」
俺は悪くないんだけど、ミルトンさんのあまりの気落ちに思わず謝ってしまった。
「いいえ、生産ギルドに所属するものとして、公にできる情報とできない情報がある事は理解していますから。それより、魔力充填装置の登録申請をしてしまいましょう。といってもすぐにこの場で認定してしまいますので、できればいつから納品していただけるか話し合いたいと思います」
「えっ? でも、申請して過去に他に似たようなものが申請されていないかどうかを確認するんですよね?」
「ええ、普通ならそうします。ですが、魔力充填装置は登録申請が出されていない事は判っていますから」
「そうなんですか?」
「先ほどもお話ししましたが、過去に研究したものはいますが、実用レベルに達していないので申請したものはおりません」
ああ、そういやそんな事言ってたっけ?
ミルトンさんは俺の返事を聞かないまま立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
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