119.
昨日は1日本屋を回ったり図書館に行ったりで、途中で昼飯を食った以外にどこにも行けなかった。
って事で、今日は朝からミリーの希望通り、ハンターズ・ギルドにやってきたところだ。
俺はミリーとケットシーのジャックに挟まれた形で、依頼掲示板の前に立っている。
そのミリーは小さな木の箱を抱きかかえていて、その中にはスミレが入っている。
「んで、誰が依頼を決めるんだ?」
「決めるって、どういう事だ?」
「ん? ああ、俺とミリーが交代で依頼を決めるって事にしてんだよ。前回の依頼は俺が選んだから、俺には選択権はない。だからさ、ジャックとミリーのどっちが決めるのかな、ってな」
俺を見上げるジャックに説明すると、彼は俺の反対側に立っているミリーを見る。
どうやらミリーもジャックを見ていたようで2人の視線が合うと、ミリーはプイッと視線を外した。
「順番で行けば、ミリーかな? それとも腕試しにジャックが依頼を決めるか?」
「うで、だめし・・?」
「うん、ミリーだってジャックがどんな事ができるか興味ないか?」
「・・きょうみはない、けど、うでだめしは、みたい」
「ひっ・・・ミ、ミミミ、ミリーさん、是非とも俺の腕前を見てくださいっっ!」
その場に跪こうとしたジャックの首を俺は慌てて掴んで止める。
こんな人目のあるところで跪くのは止めような、うん。
なんとか姫と呼ぶ事は止めさせたんだから、それを水の泡にするような行動は避けてもらわないと俺の苦労が全く報われないよ。
「判った。じゃあ、ジャックが決めればいいな。なんか手頃な依頼があればお前が決めろ」
「いいえっ、俺はなんでも大丈夫です。ミ、ミミ、ミリーさんが選んでくだされば俺はなんでもこなして見せます」
「って事だ。ミリーが決めればいいよ」
姫であるミリーが言えばなんでもしそうだな、こいつ。
今だって目をキラキラさせて、ミリーが選ぶ依頼を待ってるもんな。
なんかこいつを見ていると猫っていうよりは忠犬って感じ?
でもそんなジャックとは正反対に、ミリーはとても冷めた目で彼を見ている。
「なんか温度差があるなぁ・・・」
「なに、コータ?」
「いや、なんでもないぞ。それより、依頼決めろよ?」
「ん〜・・なんでもいい。コータが決めて」
「えっ?」
面倒くさそうなミリーの言葉に、ジャックが焦ったような声をあげる。
「ミリー、依頼決めるの好きだろ?」
「そうでもない、よ? でも受けたい依頼、がない」
「そ、そんな・・・・」
受けたい依頼はあるんだろうけど、自分がしたい依頼であって、ジャックにさせたい依頼じゃないって事なのか?
よく判らないけどミリーには依頼を決める気がこれっぽっちもない事は伝わってきた。
仕方ない、俺が考えるか。
出そうになるため息を飲み込んでから、俺は依頼掲示板を見る。
今の俺たちだとオレンジ色の俺と黄色のミリーだから、その2色プラス1つ上の赤の依頼の3つの枠組みから選ぶ事ができる。
とはいえジャックの実力がさっぱり判らない俺としては赤は選びたくないわけだよ。
かといって黄色を選ぶとミリーが面白くないと思うだろう。
って事でオレンジ色の依頼掲示板を眺める事にした。
「よし、じゃあまずは選ぶランクを決めるぞ。オレンジ色だ」
「赤、じゃないの?」
「採取系なら赤でもいいけど、俺とミリーだと魔物に襲撃されたら打つ手がないだろ? それに採取系だとジャックの実力を計る事ができないしね」
「・・・判った」
仕方ないなぁという態度を全面に出したまま、それでもミリーは反対する事もなくオレンジ色の依頼掲示板に目を向ける。
さて、どんな依頼があるんだろう?
俺は左端から1つずつ読んでいく。といってもオレンジ色の依頼掲示板に貼られている依頼は15ほどしかないんだけどさ。
それも半分は採取系だから、それ以外となると更に数が減る。
「ん〜・・・これはウンガラの討伐ねぇ。スミレ、ウンガラってなんだ?」
『大型の牛みたいなものですね』
「パチンコと弓じゃあ無理か。ジャックだって小剣だしな」
「おいっ、俺ならなんでも倒せるぞっっ!」
「あ〜はいはい」
なんでもって言うけどさ、どうやって倒せるんだよ。現実見ような、ジャック。
俺はそれから1つずつスミレに聞いてどんな魔獣や魔物、または獣なのかを聞いていく。
だけどどれも大型のものばかりで、とてもじゃないけどこのメンバーだと無理だと思うものばかりだ。
そして、オレンジ色の依頼掲示板の最後の1つは・・・
「ラッタッタ・・?」
なんか懐かしい原付スクーターの名前のような・・・むかしお袋が乗ってたような記憶があるんだけど、まさかいくらなんでも原付スクーターの魔物、なんて事はないよな?
『ラッタッタですか? それは他のものに比べると小型ですので、コータ様たちでも十分対処できると思いますよね』
「スミレ、ラッタッタってなんなんだ?」
『そうですね・・・体長1メートルほどのネズミ、でしょうか? 尻尾を入れると2メートルほどになりますね』
「それってカピバラとか?」
『カピバラですか・・データバンクで検索します・・・検索終了しました。いいえ、カピバラとは違って、見るからにネズミです。体毛は薄茶色、緑色、灰色の3色があり、獣に分類されます。その依頼はおそらく肉ではないですか?』
「あ〜っと・・うん、肉だな。ラッタッタの肉、10ガンス以上、ってなってる。報酬は1ガンス100ドランだから・・・1000ドランかぁ」
1ガンスは5キロだから・・・1キロ200円の肉かよ、しけてんなぁ、と呟く俺。
『でもコータ様、ラッタッタですと毛皮は1枚200ドラン前後、尻尾は1本が200ドランで売る事ができますよ。平均で1匹からは5キロ前後の肉が取れますから、10匹仕留めたとして毛皮と尻尾で4000ドランの追加収入になります』
「って事は10匹で合計5000ドランか、それならそれなりにいい依頼って事かな?」
5000ドランなら5万円って事だ、結構実入りのいい依頼な気がするんだけど。
「でもこの依頼、3日前からあるみたいだけど?」
『おそらく依頼の量が50キロという事で引き受けるハンターがいないんでしょうね。それだけの獲物を運ぶのは大変ですから』
「そりゃそうだろうな。大抵のハンターは自分の足で歩くからな。それに俺が持ってるようなポーチも持ってないだろうしなぁ」
背負っている荷物袋に50キロの肉と毛皮、それに尻尾を入れて移動するとなるとそりゃ大変だもんな。
『そうですね。でも50キロ以上って事は10匹以上仕留めても全部肉は買ってもらえるって事ですから、ついでに3人で競争して狩れるだけ狩ってしまえばいいんじゃないんですか?』
なるほど、競争ね。
俺はチラリ、と視線だけ落としてミリーとジャックを見る。
ジャックが一番多く仕留める事ができれば、ミリーも少しはこいつを見直すかもしれない。
もしミリーが一番多かったら、それはそれで彼女にも自信をつけさせる事ができるかもしれない。
「でもネズミの肉ねぇ・・・美味いのかな?」
『値段が値段ですから特上の肉とはいかないでしょうけど、シチュー肉として買われるようですね』
「あ〜、確かにな。シチュー肉なら煮込めばいいんだしさ」
煮込めばどんな肉でも柔らかくなるだろうしさ。
「んで、ラッタッタってどこにいるんだ?」
『ちょっとお待ちください、データバンクで検索します・・・検索終了しました。それほど遠くではないですよ。都市ケートンからまっすぐ3時間ほど引き車で南に下りた所に広がっている草原ですね。その辺りにところどころ点在する林に巣を作っているようです』
「って事は日帰り可能って事?」
『いえ、さすがに最低10匹ですから、そこまで簡単にはいきませんよ。おそらく1泊2日で丁度いいくらいかと思います』
「あ〜、そういや数がいるんだったな。じゃあ、朝出かけて午後を狩りに当ててその晩は野営して、次の日も午前中を狩りに当てれば丁度いいくらいか」
もしそれで数が揃わなかったらもう1泊すればいいだけだもんな。
「んじゃ、これにするか?」
俺はミリーとジャックを交互に見てから聞いてみる。
「ラッタッタ?」
「うん。ジャックくらいの大きさのネズミらしいぞ」
「なっ! お、俺はネズミじゃないぞっっ!」
「そんなの知ってるって。ただ大きさを判りやすく説明しやすいからお前くらいの大きさって言っただけじゃん」
身長が1メートルくらいしかないジャックくらいだと思うんだけどな?
「おっ、俺はそんなに小さくないっっ!」
「あ〜、そうだな、小さくない小さくない」
「なんだよそのめんどくさそうな言い方は」
いや、だって、実際めんどくさいんだよ。
「それより、ミリー、どうする?」
「コータがいいなら、それでいい、よ」
「おい、話を聞けよっ」
「多分弓矢でもいけると思うぞ。まぁスミレに頼んで魔法陣付きの強力な鏃を作ってもらってもいいしな」
「うん」
めんどくさいジャックは横に置いて、俺はミリーと話をする。
大体さ、ミリーがいいって言えばこいつは文句言わないんだ。だったらさっさとミリーの同意をもらって決めてしまうのが一番楽だよ。
「ミリーは良いってさ。ジャックはどうする?」
「ぐぬぬぬぬぅぅぅ」
「いいじゃん、猫がネズミを狩るのって自然の摂理だろ?」
「ぬああっっっ! おっ、おまえっっ、俺は猫じゃねええええっっっ! 俺は由緒正しいケットシーだっっ!」
ケットシーに由緒正しいも正しくないもあるのかどうか、俺はさっぱり知らないけどさ。
「ああ、はいはい。それで、どうすんだ?」
「コータぁああっっ、俺の話を真面目に聞けぇええっ」
「真面目に聞いてるから、お前にも聞いてんだろ? ラッタッタの依頼、受けんのか?」
「わたしはうける、よ。うけないんだったら、ここで留守番」
「姫っ、じゃないっっ、ミ、ミミミ、ミリーさんっっ?」
じろり、とジャックを睨めつけてから、ミリーがボソッと言うと途端にジャックが慌て出す。
「ん〜、そうだなぁ。俺とミリーはこれを受けるって決めたからなぁ。どうしても嫌だって言うんだったら、ジャックは宿で留守番してるしかないか。あっ、でも心配するなよ。ちゃんと宿代は払っておいてやるからさ」
とはいえ、よく考えたらラッタッタ10匹分で俺たちの宿代2泊分にしかならないんだよな。
「ただし、蒼のダリア亭はちょっとお前だけには高いから、ランクの落ちるところで待っててもらう事になるけどさ」
「いいよ」
「こらこら、ミリーには聞いてないだろ?」
「だって」
ぷーっと頬を膨らませて横を向くミリーは置いといて、と。
俺はジャックを見下ろした。
「それで、どうするんだ?」
「うぐぐぐぐぬう・・・・行く」
「えっ、なんだって?」
「だからっ、一緒に行くって言ったんだ」
「無理にこなくてもいいんだぞ?」
「無理じゃないっっ! ひ、ミ、ミ、ミリーさんが選んでくれたんだ、俺は見事依頼をこなしてみせるっ!」
ぐっと握った拳をあげて、俺に宣言するジャック。
な〜んか、暑苦しいやつだよなぁ。
でもま、これで依頼は決まった。
こいつらの気が変わる前にとっとと申し込んでこよう。
俺は2人にここで待つように言ってから、ペリッと依頼書を剥がしてカウンターに持っていく事にした。
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