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11.

 久しぶりに屋根の下で眠ったが、板張りの床の上のごろ寝だったから身体の節々が痛い。

 それでも周囲の音を気にしないで済む分だけ、俺の眠りは深かった気がする。

 ボン爺の家に転がり込んだ初日は昼まで起きなかった。

 横で物音を立てていたがビクとも動かなかった、とはボン爺の言葉だった。

 なので村に来て2日目で初めて朝ごはんをご馳走になった。

 とはいえ朝ごはんはボン爺が作ってくれた麦粥のようなものだけだった。出汁のためか小さな肉の欠片みたいなのが入っていたが、一体何の肉だったのか俺にはさっぱり判らなかった。

 それでも温かいご飯と一緒に食事をする相手がいるっていうだけで、美味く感じる俺はどれだけ人との触れ合いに飢えていたんだろう。

 さて。この村の名前はジャンダ村だと昨日昼過ぎに起きてきた俺にボン爺が教えてくれた。

 村の人口そのものは300人程度なのだが、1年の半分くらいはその倍の人間がこの村にいるらしい。

 その理由はこの村がアーヴィンの森に一番接した位置にあるのだとかで、森の恩恵を受けるためにたくさんの人がやってくるのだと言っていた。






 朝ごはんも食べ終えて、片づけを手伝ってから座敷に上がってボン爺と向かい合って白湯を飲む。

 ここでお茶じゃないのは、お茶は高級品とかで滅多に手に入らないからだそうだ。

 まぁ金がないからまず買わないんじゃがな、とボン爺は笑いながら言っていたけどね。

 「森の恩恵って、狩りとか?」

 「そうじゃな。肉や毛皮のための狩りもあるが、薬草なんかの採集のために来る者もおるんじゃ」

 「ああ、なるほどね」

 「コータももし毛皮なんかの売るものがあれば、この村で売って路銀にすればええ」

 ボン爺にはあちこち旅をして見て回りたいと言っていたからか、俺がいつまでもここにいるとは思っていないようだ。

 まぁその通りなんだけどな。

 「じゃが出て行く前にハンターズ・ギルドで登録しとけ。登録証が身分証の代わりになるから、次の村や町に立ち寄った時に楽じゃぞ」

 「なるほどね。俺でも登録できるのかな?」

 「ああ、なんか言われたらわしが保証人になってやるわい」

 まだ顔を合わせてから1日も経っていないのに、そこまで俺の事を信用してもいいんだろうか?

 そんな俺の考えが顔に出ていたようで、ボン爺はフンと鼻を鳴らした。

 「どう見ても悪い事なんかできそうにねぇからな、コータは。反対に簡単に騙されそうで心配じゃ」

 「なんかひどい言われようだな」

 「その通りじゃろうが。一昨日もナイフとナタをあっさりとこっちに寄越したじゃろう」

 「そりゃあれは宿代だろ? それに食事も付いているとなれば、いい取引だったって思うけど?」

 間借りとはいえ2−3日分の食費と宿代を思えば、俺としてはナイフとナタだけじゃ足りないと思ったんだけどな。

 なんせ、俺のスキルを使って作ったものだから、元手は無料タダなんだもんな。

 「アホか。わしん家に4−5日泊まる程度ならナタだけでも十分じゃ。お釣りがくるわい。それを素直に両方とも寄越しおって。おかげでこっちは罪悪感で一杯じゃ」

 「マジか? でもさ、その割に両方ともすぐに受け取ったじゃん」

 「当たり前じゃ、あんなええもん他のヤツにやってたまるか」

 「わがままな爺さんだな」

 「もう残り少ない人生じゃ。悔いが残らんようしっかり好き勝手に生きて当たり前じゃ」

 ふん、っと胸を張って言い切るボン爺に、俺は苦笑いをするしかない。

 「じゃあ、午後からハンターズ・ギルドに行ってくるよ。場所は教えてくれよ」

 「おう、昨日その前を通っとるじゃろうから、簡単に行けるぞ」

 どうやら昨日ここに来る途中に通ったらしいが、全く記憶にない。

 ってか、昨日はボン爺のところに連れてこられる道中はいろいろと不安だったから、そこまで周囲を見回すだけの余裕なんてなかったんだよな。

 「じゃあ、大丈夫だな。もし判らなかったらまた帰ってくるよ」

 「アホか。ここから門までの丁度真ん中あたりに2階建ての大きな建物たてもんがあるんじゃ、そこがギルドじゃ。赤い鳥が看板になっているからすぐに判るじゃろう」

 「赤い鳥?」

 「おお、カーディオンっちゅう鳥じゃ。見つけると幸運を連れてくるとか、探し物を見つけてくれる、とかっちゅう言い伝えがあるんじゃ」

 幸運を運ぶ青い鳥ならぬ赤い鳥、かぁ。

 まぁ、ようは縁起が良いって事なんだろうな。

 「それでコータ、おまえ、どうやって旅の路銀を稼ぐつもりじゃ? まだ売るようなもんがあるんか?」

 俺がふむふむと顎に指先を当ててボン爺の話を聞いていると、じろり、と睨みつけるように目を向けられた。

 「そりゃ、まぁ。大したものはないけどね」

 「一昨日おとといもそんな事を言いおって、ナイフとナタを出したじゃろうが」

 「ああ、でもあれよりも売れそうなものって持ってるかなぁ・・・」

 一体何が売れるのか全く想像もできなかった俺は、スミレに言われるままにものを作っただけだから、どうしても歯切れの悪くなってしまう。

 「おばあが死んだ時に、家にあったものを全部持ってきたんだ。まずはそれを売って路銀の足しにしようと思ってる。あとは狩りでもして毛皮を売るかなぁ」

 「ふん、お前、狩りなんかできるんか? 反対に狩られるじゃあねえのか」

 「失礼だな、ボン爺は。こう見えてもウサギくらいなら狩れるよ」

 他の大型も結界の中にいた1週間の間に数匹狩ったんだけど、あれは結界があったからできたのであって、俺だけの力じゃあウサギくらいしか無理だろう。

 「コータ。お前、ウサギの毛皮なんか10枚集めても昼飯代くらいにしかならんぞ」

 「えっ、マジ?」

 ウサギだけじゃダメって事か?

 そんな俺を見て、ボン爺はわざとらしいほど大きな溜め息を吐いた。

 でっかいのも好きを狙えばもしかしたら狩る事はできるかもしれないけど、さすがにそれの解体は俺には無理な気がする。

 「じゃあさ、獲物を狩ってギルドに持って行ったら、解体してくれるかなぁ?」

 「金出しゃあなんでもしれくれるぞ? でもその分儲けも減るんじゃぞ?」

 「う〜ん、まぁそれは仕方ないかなぁ。だって俺、解体できないもん」

 「・・・お前、ローデンに住んでいたくせに解体ができんのか?」

 うっ、そう言われると、確かにそうだ。

 設定で俺が住んでいたローデンは、ここよりはるかに原始的な生活をしていた場所だ。

 そんなところに住んでいて、獲物の解体ができないっていうのはおかしい。

 今更ながらマズイ、と思ったものの言い訳が全く頭に思いつかない。

 「おっ、俺は薬草なんかの採取系が役目だったんだ。けどおばあと2人きりになって、生きていくためにウサギは捕まえられるようになったけど、それ以上はまだまだ要領が判らないんだよ」

 「お前のおばあは薬師だったのか?」

 「ん、まぁ、そんなところかな?」

 「ふぅん、じゃあそりゃあ仕方ねぇな」

 なんとか誤魔化せたようで、心の中でホッと胸を撫で下ろす。

 「じゃあ、ウサギが獲れん時は薬草でも集めんのか?」

 「そうだね・・・その時々に考えるよ。おばあが作ってくれた魔法マジックポーチがあるから、ものの持ち運びはなんとかなるからさ」

 「魔法マジックポーチ?」

 「うん。俺の魔力にだけ反応するんだって言ってた。俺、魔法は使えないけど、魔力はあるみたいなんだ」

 「ほぉ・・・お前のおばあは、魔法道具が作れたんか、すげぇなぁ。まぁ、ローデンの集落は自給自足だったじゃろうから、そうでもねぇととっくに森に呑まれてたんじゃろうしのう」

 「うん、そうだね・・・」

 ローデンの集落はかなり過酷な環境にあったようだ、とボン爺の反応を見ながら思う。

 そんな俺の反応を見て、ハッと何か思い出したように頭を下げてきた。

 「おっと、悪かったの」

 「いや、気にしないでいいよ」

 俺が集落は壊滅したって伝えた事を思い出したようだ。

 ひらひらと手を振ってから、俺は腰のベルトに付いているポーチを見せた。

 けど、ボン爺にはボタンを外す事ができなかった。どうやらスミレの言う通り本当に俺の魔力にしか反応をしないようだ。

 念のためにボタンを外して蓋を開けてボン爺に渡したけど、手をポーチの中に入れる事ができなかった。

 なるほど、魔法マジックポーチっていうのは伊達じゃない訳だ。

 「で、物は自分でその辺に店を出して売るんか? それともどっかに商人に売るんか?」

 「う〜ん、どうするのがいいんだろうなぁ」

 「一番簡単なんは商人ギルドに持って行って売るんかなぁ。じゃが、この村には商人ギルドはないぞ。そうなると商人に売るって事じゃな」

 「あれ、物を売るのもギルドを通すのか?」

 勝手に売っちゃいけないって事かな?

 「まぁ、集落から持ってきたようなもんなら気にせんでもええんじゃがな」

 「じゃあさ、もし俺が物を作って売ろうって思ったら、ギルドに加入しなくちゃいけないって事になるのか?」

 「そうじゃな。どうせコータはその辺も全く判っておらんじゃろうからな、説明してやろう。まず物を作る事ができるんなら、生産ギルドに入っておった方がええ。もし変わったもんを作れたらそれで特許をとって売りゃあ、特許料が入るからな。で、それを自分で店を出して売るんなら商人ギルドに入らんとな。もし商人に売ってそっちに任せるって言うんなら卸業ギルドに入らんとな」

 簡単に大筋を話してから、ボン爺はそれから30分ほどかけて微に入り細に入りと説明をしてくれた。

 最後の方はもうあんまりよく覚えてないが、こればっかりは仕方ないだろう。

 まぁとにかく、他の人間に自分が作った物のアイデアを盗まれたくないんだったら生産ギルドに登録しておけば特許料が入る、たとえ露天でも物を自分で売るんだったら商人ギルドに加入しなければいけない、もし店に卸して売ってもらうんだったら卸業ギルド加入は必須。と、こんな感じだろうかな?

 ついでにお金の価値も教えてもらった。

 どうやらこの世界には硬貨しかないようだ。

 小銅貨10枚で大銅貨1枚、大銅貨10枚で小銀貨1枚、小銀貨10枚で大銀貨1枚、大銀貨10枚で小金貨1枚、小金貨10枚で大金貨1枚、大金貨10枚で1晶貨となるらしい。

 そしてお金の単位はドラン、というらしい。

 小銅貨1枚が1ドラン。大銅貨は10ドランとなり、小銀貨は100ドラン、大銀貨は1000ドラン、という訳だ。

 ボン爺の家にあったリンゴっぽい果物は1個が5ドランくらいだから、1ドランの価値は約10円くらいだと思う。

 まだこの世界の物価がよく判っていないから間違っているかもしれないが、とりあえずはそう思っていればいいんじゃないだろうか。

 まぁ旅人なら小金貨1枚、10000ドランあれば1ヶ月は朝食付きで泊まれるらしい。って事は、1泊3000円のベッド&ブレックファストって訳だな。

 「でもまぁ、わしなんか大銀貨までしか見た事ねえぞ」

 「金貨とか出回ってない、って事か?」

 「あるとこにゃあるぞ? じゃがわしなんか小銭しか持った事ねぇからな。大体こんな小さな村で大金たいきん持ってたって危ねぇだけじゃろうが。強盗に入られてお終いじゃ」

 「物騒だな」

 こんな田舎の村にしちゃ物騒な事をいうボン爺。

 「多い時は村の半分以上がよそもんじゃからな。金なんか見せびらかさんのが一番じゃ」

 「ああ、そういや、森の恵みを求めて人が集まるって言ってたな」

 「おうさ。こっちゃよそもんに慣れとるけど、そんでも何があるか判らんからなぁ」

 「あれ、ちょっと待て」

 なんか引っかかったぞ?

 「そんなによそから来た人間に慣れてるんだったら、なんで一昨日あんなに俺を警戒してたんだ?」

 そうだよ。外から人が入ってくる事に慣れている割には、俺の事をすごく警戒してたぞ。

 「ああ、ありゃあ、おめえがわりい」

 「なんでだよ」

 「おめえ、殆ど手ぶらで現れたじゃろうが。こんなとこまで来るヤツがおめえみてえに身軽な格好でくるかよ。おまけに今はまだ人が集まる時期じゃねぇ。そんな状況で怪しまれん筈がねえじゃろうが」

 アホかお前は、と呆れたように俺を見るボン爺。

 俺、リュックサックかついでいたんだけどなぁ。まぁ確かにあれだけしか物を持ってなかったら、何しに来たんだって思われても仕方ないのか、ちぇっっ。

 「まぁ、一昨日に比べりゃ今はそんなに怪しまれんじゃろう」

 ならいいだけどさ。

 困ったもんだ、と言わんばかりの顔を向けられると、なんとなく癪だが正論すぎて文句も言えない。

 「そろそろギルドへ行ってこい。今なら朝の依頼登録も終わって落ち着いてるじゃろうからな」

 「判ったよ」

 重い腰をあげて、俺はギルドに行く事にした。

 異世界のギルド。

 なんかさ、ゲームの世界みたいでちょっとだけ楽しみだ。

 もちろんそんな事顔に出さないようにして、俺はボン爺の家を出たのだった。





 読んでくださって、ありがとうございました。

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