118.
薬師ギルドに行って依頼の品を渡してサインを貰った、ハンターズ・ギルドに行って依頼達成の報酬をもらった、ジャックの服も買った。
という事で、今日はもう何もしなくていい筈だ。
俺たちはパンジーを連れていつもの宿である蒼のダリア亭に行く。
パンジーもこの宿の厩舎は居心地がいいようでなによりだ。
ただ・・・・・
「ダメです」
「いいの」
「ダメです」
「いいの」
「いいえ、絶対にダメです。俺は認めません」
俺は睨み合っているミリーとジャックを見下ろしてから、少し困ったような顔をしたこの宿の女将さんであるロゼッタさんと顔を見合わせた。
「すみません、忙しいのに」
「いえいえ、お客様ですからね、気にしないでください」
頭をさげる俺に、慌てて手を振りながらそう言ってくれるけど、俺たちがロゼッタさんの仕事の邪魔をしているのは間違いない。
「それにしてもケットシーですか、珍しいですね」
「見た事ありますか?」
「いいえ、話に聞いた事があるだけですね」
って事は、やっぱりケットシーって珍しいんだ。
ロゼッタさんも珍しいものを見たというように面白そうにジャックを見ている。
「ケットシーはとても用心深いらしくて、滅多に人の前に姿を現さないと聞いてますからね」
「なるほど。そういえば俺もジャックを見るまでは見た事なかったですね」
ま、俺の場合は異世界から来たって事もあるんだけどさ。
「そうですよね。ですので私としてはこうしてケットシーを見る事ができて嬉しいです。まさかこんなに流暢に話して意思疎通ができるとは知らなかったですから」
「あ〜・・・確かにね」
喋りすぎて話が拗れる、って事になるんだけどさ。
なんにせよ、これ以上2人をほったらかしにする訳にもいかないか。
ロゼッタさんも仕事に戻らないといけないからな。
「そこまで、2人とも」
「コータ?」
「おまえ」
「いい加減迷惑かけてるって事に気付こうな? ロゼッタさん、それでは部屋はいつも通り1部屋でお願いします。それで簡易ベッドか大きめのクッションでもあればそれを貸していただけると助かります」
俺はパンパンと手を叩いて2人の注意を引いてから、横にいるロゼッタさんにも声をかける。
「そうですねぇ・・・もしそちらのケットシーの方が使うのであれば、子供用の簡易ベッドなら部屋に入れる事ができると思います」
「それは助かります。こいつが使うんであればその大きさでも問題はないでしょうから」
「判りました。皆さんが夕食を食べている間に入れるように言っておきます。それで大丈夫ですか?」
「はい、十分です」
「それでは1部屋に3人と言う事ですので、ケットシーさんの分は半額にさせていただきますね」
って事はみんなで25000ドランだ。う〜ん、高いけど風呂があるっていうのが魅力だもんな。
それにここにいる間はそのくらい贅沢をしたって大丈夫だろ。
魔輝石もあるからいざとなればそれを売ればいいしな。
俺はありがとうございます、と改めて礼を言ってから2人を振り返る。
「という事だ」
「コータ、どういう、こと?」
「全員同じ部屋だ」
「えぇぇぇぇ」
「お前なんかが姫と一緒なんて・・」
2人とも嫌そうな顔をするが、その点については部屋に入ってからじっくりと話し合いたいぞ。
「それではお部屋にご案内しますね」
そんな俺たちの空気を読む事もなく、ロゼッタさんはにっこりと笑みを浮かべて先に階段に向かった。
ごゆっくり、と言って部屋のドアを閉めてロゼッタさんは階段を降りていった。
「さて」
俺は部屋にいる2人をじろり、と見る。
そして、そんな俺の肩に止まっていたスミレが2人にも姿が見えるようにした。
それが判ったのはジャックが驚いたように俺の肩に視線を向けたかからだけどさ。
「何か言いたいことがあるんだろ?」
「コータ・・・」
「べ、別に・・・」
「そうか? それにしては不満そうだったよな?」
ショボンと耳がぺたりと頭についてしまったミリーと、尻尾が垂れ下がってしまったジャックを見回したものの、2人ともそれ以上何も言わなかった。
まぁな、すっげぇしょうもない言い合いだったもんな。
「2人ともお互いの主張を曲げなかった。よって、その両方を取り入れる形で部屋を取る事にしたんだが、それについて何か言いたい事はあるか?」
そうなんだ、この部屋割りが問題で揉めてたんだよ。
ジャックが増えたから部屋数を増やす事にしようと、俺はロゼッタさんに相談したんだよ。
それで俺とジャックが1部屋、ミリーが1部屋、と分けるのが一番無難だろうって事になったところで、ミリーが1人部屋は嫌だ、と言い出した。
今までずっと俺と一緒の部屋だったんだから、1人部屋の方にジャックが行くべきだ、ってね。
それを聞いてジャックは男女2人きりで同じ部屋は風聞が悪いと言い出した。
それからずっと2人で言い合っていた、って訳だ。
なので、全員1部屋にまとめる事にした。それならミリーは俺と一緒の部屋で、ジャックが気にしていた男女2人きりになる事はない。
「みんな一緒の部屋だ。これならミリーも俺と同じ部屋だし、ジャックだって男と女が2人きりだって心配する必要もない。いいアイデアだろ?」
「ぇ・・・・でも、コータと、2人がいい、な」
「それじゃあ、ジャックだけ仲間外れだろ? ミリーだって仲間外れが嫌で俺と一緒の部屋がよかったんだろ?」
まだ小さいもんな、1人部屋だと心細くなるのは仕方ない。
「とにかく、都市ケートンにいる間の部屋割りは毎回全員で1部屋って事にする、判ったな?」
「うぅぅぅ・・・・うん」
「・・・・判った」
まだまだ不満そうだけど、それでも2人から言質は取った。
って事で、風呂に入ってもいいんだけど、まずはこれからの事を話し合わないとな。
「で、だ。これからどうするかを決めたいと思うけど、いいかな?」
「これから?」
「うん。このままこの都市に暫く滞在するか、それとも少しでも早いうちに大都市アリアナに向かって移動するか」
「ここで、何する、の?」
「ん〜、もう少しギルドランクが上がるのを待つ? ほら、あんまりランクが低いと信用されにくいからな」
「じゃあ、依頼、する?」
少しワクワクしたように尻尾を左右に動かしはじめたミリー。
「ん? そうだな、今回みたいに移動だけで数日必要になるような場所でする依頼じゃなくて、もっと・・なんていうかな、もっと近場でこなせる依頼を選ぶか。移動は片道1日以内までの場所でできる依頼かな?」
「うん」
「それでも一応の目安は付けておきたいか・・・う〜ん」
どうするかな、と俺は胸ポケットの中から自分のギルド・カードを取り出して、そこに記載されている事を見る。
今の俺のカードはオレンジ色の星1つで、ミリーはまだ黄色の星3つだったと思う。もしかしたら闇纏苔の依頼で星が増えてるかもしれないけどな。
「2人ともっていうとちょっとハードルが高くなるから、俺のカードが赤の星1つになるまで、っていうのはどうだ? ミリーが赤になるまで待つのはもうちょっと時間がかかりそうだからな」
どうだ? と尋ねると、とりあえず2人とも頷いてくれた。
「赤レベルになれば、一応一人前だって認めてもらえるらしいからな」
「そうなの?」
「信用度が上がるらしいぞ?」
まぁ聞いた話ってだけで、本当にそうかどうかは俺も知らないんだけどさ。
「じゃあ、明日、ギルド、行くの?」
「えっ? いや、今日行ったばっかりだろ」
俺とジャックだけ、だったけどさ。
「依頼みつけて、早くレベルあげる、よ」
「え〜っと・・・明日はスミレを連れて本屋さんに行きたいんだけど? とりあえず明日ここの本屋さんを何ヶ所か巡って調べたい事があるんだ。どのくらい時間が必要かをスミレと確認してになるな。午後から時間があればギルドに行く。でも本屋さんでの用事が済んでなかったら、先にそっちを優先。それでいいかな?」
「う〜・・・・うん」
ミリーとしてはすぐにでも依頼を受けたいみたいだけど、それよりも依頼を受けてランクを上げたいようだ。
「図書館もいいけど、あっちは入館制限があるみたいだから、そういうのがない本屋さんがいいんだよ。でもつまらないと思うから、明日はここに残ってノンビリしてもいいし、俺とスミレが調べ物をしている間は買い物とかに行ってもいいよ」
「ううん、コータと一緒、がいい」
「そうか? じゃあ、ジャックはどうする?」
「俺は・・・ひ、みんなと一緒に行動する」
本当は姫と一緒に行動する、って言いたかったんだろ?
判ってる。おじさんにはよ〜く判ってるからね。
思わずにやけそうになる口元を引き締める。
「って事で明日の予定は決まったな。じゃあ、とりあえずは風呂と飯だ。まだ晩飯には早いだろうから風呂に入ろうか。そうだ、ミリーは風呂の入り方はもう大丈夫だよな?」
「うん、ちゃんと入れる」
「んじゃ、宿の女風呂で風呂に入ってくれないか? 俺は男風呂に入ってくる。その間にジャックには部屋で風呂に入っておいてもらいたい」
なんせ立場は使役獣だからな、そうじゃなくても目立つんだよ。
だから少しでも目立たないように、と考えて部屋の風呂に入らせる事にする。
ってかさ、一応使役獣だもんな、もしかしたら宿の大風呂には入らせて貰えないかもしれないって事もあるしな。
「ジャック、お前、風呂の入り方、知ってるか?」
「そ、それは・・・大丈夫に決まってんだろ」
「その話し方で判ってないって事が判明したよ。んじゃ、部屋にスミレを置いて行くからさ、彼女に風呂の入り方を教えて貰ってくれよな、頼んだぞ」
『判りました』
確か野営の時に1度ジャックに風呂に入らせたんだけど、どうやってたんだろう?
「ジャックの方が落ち着いたら、悪いけどミリーの様子を見に行ってやってくれるかな?」
『大丈夫です』
「よし。って事で、晩飯の前に風呂に入ってこよう」
俺が立ち上がると、俺の前に座っていたミリーとジャックも釣られて立ち上がる。
「ジャックはもう少し座っててもいいぞ? どうせ湯を貯めるまでは時間がかかるだろうからな」
『その前に蛇口の温度を設定して、お湯を溜め始める方がいいと思いますよ』
「あっ、それもそうだな。じゃあ、ついでにそのやり方も教えてやってくれ」
『仕方ないですね』
スミレは、軽く肩を竦めながらも、同時にふわっと俺の肩から飛んでいく。
「よし、じゃあまずは風呂だ」
俺はポーチからお風呂キットを3つ取り出した。1つはミリー、もう1つはジャック、最後の1個は自分用だな。
「鍵は・・別にあけたままでいいか。盗まれるようなもんはないからな」
『コータ様、さすがにそれはどうかと思いますよ?』
「そ、そうか? じゃあ、ミリーと俺で1つずつ持って出るよ。帰ってきたら自分で鍵を開ければいいだろ?」
『そうですねぇ・・・』
少し考えるような仕草をしてから、スミレから了承を得る。
「んじゃ、俺は先に行くよ」
俺は2人にお風呂キットを手渡すと、いそいそと部屋を出るのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。
Edited 03/18/2017 @ 22:22 CT 読者様のご指摘により誤字訂正しました。ご指摘、ありがとうございました。
俺はポーチからお風呂キットを3つ取り出した。1つはスミレ → 1つはミリー でした、すみません。
Edited 05/07/2017 @ 17:22 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
彼女に風呂の入り方を教えてやってくれよな → 彼女に風呂の入り方を教えて貰ってくれよな




