117.
キラキラと夕日を受けて光るメダリオンのついた首飾りをつけたジャックは、憮然とした表情のまま俺とミリーについてハンターズ・ギルドに入る。
ジャックがつけているのは使役獣の証である首飾りだ。メダルの部分にはジャックの名前と使役者、つまり俺の名前が彫られている。
使役者の名前がミリーでなかった事が至極ご不満のようだ。
でもまぁそれは俺に文句を言われてもどうしようもない事だからさ、諦めてもらうしかない。
ただ、なあ。
いつまでもその態度はいかがなものか、と思わないでもないんだよ。
入ると時間が時間だからか、ハンターズたちが数人ずつカウンターにいる5人の職員の前に列を作っている。
俺はカウンターの中にいる職員を見て、ここにきた最初の日にお世話になったスウィーザさんがいるのが見えたのでそこに並ぶ事にした。
そして待つ事20分くらいで、俺たちの番になる。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「依頼達成したので、その報告です」
「はい、ではギルド・カードと依頼書をお見せください」
ここに来る前にちょっと立ち寄った薬師ギルドのサインの入った依頼書を胸元にギルド・カードと一緒にカウンターに置くと、スウィーザさんは俺のカードを表裏の両方を見てから、依頼書のサインを確認する。
「はい、コータさんはチーム・コッパーのリーダーですね。それと、薬師ギルドの依頼ですね。ああ、闇纏苔ですか? これは鉱山まで行かなくちゃいけないから大変でしたでしょう?」
「そうですね。いろいろあって、そういう意味では大変でしたね」
苦笑を浮かべながら、俺は頷く。
「はい、ちゃんとサインも入ってますので、依頼達成になりますね。依頼金を取りに行きますけど、他に何かありますか?」
「えっと、この子を俺のチームに入れたいんですけど」
「この子? ああ、そこにいるケットシーですか。これはまた珍しいですねぇ」
「はい、たまたま知り合う機会があったので。それで、この子はギルドに登録、はできないですか?」
「ギルドに登録、というのはハンターとして、でしょうか? それでしたら、無理ですね。残念ながら人以外はハンターの登録はできないんです。ただ、使役獣登録という形であれば、チームに名前を入れる事はできますよ」
やっぱり、か。
そんな気はしてたんだよなぁ。
俺はチラッと視線だけをジャックに落とすけど、それを聞いて更に憮然とした表情に磨きがかかる。
「仕方ないだろ。こうなるかもしれないって、門番と話した時に判ってたよな?」
「判ってる・・・」
「んじゃ、どうするんだ? 使役獣でもいいんだったら登録できるぞ?」
俺としては無理に登録する必要はないんだよ。
だってさ、使役獣として登録してしまうと、こいつが引き起こしたトラブルは全部俺が尻拭いする羽目になるからさ。
とはいえ、ここまで連れてきた責任はあるしなぁ。
「あのですね、俺は僻地で生まれ育ったのでその辺りの事を全く知らないので質問させてもらっていいですか?」
「なんでしょう?」
「俺、人っていうのは意思疎通ができる種族をまとめた言い方だと思ったんですけど違うんでしょうか?」
「ああ・・・その通り、と言いたいところですがそうじゃないんですよね。魔物の中には言葉を理解し話す事ができるものもいます。けれど彼らは好戦的で人と理解し共存する意思はないんです。ですので、そういう魔物は私たちの社会には受け入れません」
「で、でもケットシーは好戦的ではないですよね?」
「好戦的ではないですね」
「じゃあ」
「ですが、友好的でもないんです。他者と交わる事を良しとせず、常に排他的に暮らすケットシーの一族とはそこまでの交流はありません。ですのでこちらとしてはケットシーに関する情報が一切無いに等しく、そういう相手をむやみに信じてギルドに登録できる種族として認定する事はできません。おそらくそれと同じ理由で、門番から使役獣としてでないと中には入れないと言われたんじゃ無いんですか?」
「うっ・・・そうです」
つまり、だ。ケットシーに対しての情報も無いし、どの程度友好的に意思疎通をしてくるかも判らないから、ギルドに入れる種族となっていない、って事か。
「まぁ、それは仕方ないですね。全く知らない人をすぐに信じられるか、って聞かれても信じられるとは言えませんからね」
「はい、そういう事です。ですので、現段階では使役獣としてチームに入る事は認められますので、もしなんらかの身分証が必要であれば使役獣としてカードは発行できます。ただし正式なハンターとしての登録ではありませんのでランクアップはできません」
「はい、判りました。って事だ、お前はどうしたい?」
「俺・・・」
ジャックは眉間に皺を寄せて悩んでいる。
こればっかりは俺には助言はできないからな。だってさ、俺がああ言ったから、こう言ったから、なんて言い訳の理由にされたくない。
「俺としてはどっちでもいいんだよ。決めるのはお前だよ、ジャック」
「・・・登録する」
「使役獣としてだぞ。いいんだな?」
「・・・おう」
大きな溜め息を吐いて頷くジャック。
いや、あのさ、溜め息を吐きたいのは俺の方だと思うぞ。
「という訳ですので、使役獣としてチームに登録してもらえますか?」
「はい、できますよ。カードも作りますか?」
「あっ、はい、お願いします」
俺たちがそばにいない時に変な奴に絡まれたらトラブルの元になるかもしれないからな。
スウィーザさんは俺のカードと依頼書を手に奥へ行った。
まぁカードはここじゃあ作れないんだろうしな。
「そうだ、なんかいるもんがあれば言えよ? って、着替えはいるな」
着の身着のままのジャックを見下ろす。
一応スミレが1着分の着替えを作ってくれたんだけど、それ以上はいらないとこいつが言ったから作ってないんだよな」
「いらない・・・」
「着たきりスズメって訳にはいかないだろ?」
「きたきりすずめ?」
「あ〜、つまり、同じ服を着たまんまって訳にはいかないだろ、って事だよ」
「ダメなのか?」
不思議そうな顔で俺を見上げてくるジャックに、俺は思わず溜め息を吐いてしまう。
「駄目に決まってる。大体汚れた時にどうすんだよ。まさか裸でいる訳にはいかないだろ?」
「はだか? 俺たちには立派な毛皮があるんだぞ。そりゃ俺たちも服を着るけど、別に裸でも見られて困るものはない」
「いやいやいやいや。見られて困るもの、ちゃんとあるから」
いろいろマズいに決まってんだろ。
「それに毛で覆われてるから、見えないぞ?」
「あ〜・・そういう問題じゃねえんだよ」
思わずガシガシっと頭を掻きそうになるがぐっとこらえる。
こいつ、マジで言ってんだよな?
「とにかく、俺たちと一緒にいたいんだったら何着か着替えを持っておけ」
「だから、俺は別に--」
「お前が裸でうろうろしてたら、ミリーが嫌がるぞ?」
「判った。買う」
「あれ? もう文句言わないのか?」
「姫が嫌がる事はしない」
い〜や、十分してんじゃん。
思わず心の中でツッコミを入れる。
でも口にはしないぞ、俺だってそこまで鬼じゃない・・・多分。
「あのな、ジャック。ミリーの事を姫って呼ぶのはやめた方がいいぞ?」
「どうしてだ? 彼女は姫だ」
キッパリとミリーは姫だと言い切るジャック。
「なんで姫なんだ?」
「彼女は土砂に埋まっていた俺を身を呈して救ってくれたんだ。そのような相手を姫と呼ばずに誰を姫と呼ぶんだ?」
「いや、だからさ。そんな事を俺に聞かれても知らないぞ。ってか、お前を土砂から救ったのはミリーだけじゃないぞ? 俺だって一緒に助けたんだからな・・って事は俺は王子様か?」
プリンス・コータか?
ちょっとカッコイイじゃん。
「そんな訳あるかっっ。お前のどこが王子なんだよっっ」
「なんだよ、その態度の違いは。じゃあ俺はなんなんだ? 俺だって土砂から引っ張り出してやったんだぞ」
「感謝してる。でもそれだけだ」
硬い口調で感謝を述べられてもねぇ。
それにお前は気づいていないんだろうけどさ、顔が引きつってるぞ。
ま、いいんだけどさ。
「いいよ、俺の事はさ。ただ、ミリーの事を姫と呼ぶには彼女がお前を仲間だと認めてからの方がいいと思うぞ? このまま姫と呼び続けると、絶対にミリーはお前を仲間だと受け入れないと思うけどさ」
「それは・・・だが、姫を呼び捨てにする事など俺には・・・・」
「頑張って認めてもらってから、そのご褒美に姫と呼ばせて貰えばいいじゃん。それまではミリーって呼べばいいんだよ。どうしても言いにくいんだったら、ミリーさんって言えばいいんじゃね?」
「なるほど・・・功績を認めてもらい、その褒美に姫と呼ぶ事を認めてもらう・・・なかなかいいかもしれないな」
顎に手を当てて考えているジャックは普通に考えればシリアスな場面なんだけど、ネコ顔でネコの手を顎に当てているところを見るとシリアスな雰囲気がお笑いになってしまう。
でもここで笑う訳にはいかない、と俺はぐっと腹筋に力を込める。
そんなところにスウィーザさんが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがコータさんのカードですね。それからこちらがそちらのケットシーのカードです。そしてこちらが今回の依頼の報酬です。ご確認ください」
スウィーザさんは小さな皮袋に入った報酬を2枚のカードと共に差し出した。
俺は自分のカードを首にかけてから胸ポケットにしまい、もう1枚をジャックに渡す。
そういやジャックのカードも首にかけられるようにしておいた方がいいな。
そんな事を考えながら俺は報酬の皮袋の中身を確認する。
うん、ちゃんとある。
それを確認してから、俺は改めてスウィーザさんに顔を向けた。
「それで、ですね。スウィーザさん、ちょっと話したい事があるんですが?」
「私の名前を知っているんですか?」
「はい、ここに初めて来た時にお世話になりました」
少し考えている様子だけど、どうやら俺の事は思い出せないらしい。
ま、仕方ないか、ここには毎日たくさんのハンターが来るんだもんな。
「すみませんが・・」
「いえいえ、気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かります。それで、話、とは?」
「依頼のために鉱山に行った時の事なんですが、正体不明の魔物、もしくは生物と遭遇しました。この事は鉱山の中にいたダッド・リーさんという人と鉱山の入り口にあった管理所の人にも話しましたが、ダッドさんにギルドにも届け出ておいた方がいいだろうと言われたので」
「ああ、なるほど。それでどのような魔物でしょうか?」
ああ、と頷くスウィーザさんの前に、俺はポーチから取り出したスミレがプリントしてくれたパラリウムの写真、もとい絵を置いた。
「これは・・・」
「口でアレの説明は難しいだろうって思ったので、下手くそですけど俺が書きました。大きさは約1メッチです」
「1メッチ・・・大きいですね」
「そうですね・・・全周についている繊毛を入れるともう少し大きいかもしれないです」
「なるほど・・・」
「それで方法は教えられませんが、これの名前はパラリウムというようです。ただ俺には名前は判ってもそれ以上は全く判らなかったので、役に立つかどうか判りません」
名前をいうと、スウィーザさんの片方の眉が器用に上がる。
「どうやって名前を調べたのかは言えないのですか?」
「俺のハンターとしての技能ですからね。そう簡単に種明かしはできません」
「なるほど・・それでは無理やりお聞きできませんね」
「そう言ってもらえると助かります」
ハンターには隠し事が多い、というか、ハンターとしての技能を隠そうとするものが多い、とスミレに説明されたんだよ。
他のハンターに真似されないように、いろいろな技能を隠しているんだとか。
だからそれを盾にすれば、無理やり聞き出そうとはしないだろう、と言っていた。
「その絵は差し上げますので、パラリウムに関して知っている事があれば教えていただけると嬉しいです」
「申し訳ありませんが、私もパラリウムという生物の名前は初めて聞きます。ですので絵と一緒に報告書を出す事になり、それから調査になると思いますのですぐにすぐは判りません」
「それで十分です。もし俺たちが他の街に移動した後であっても、立ち寄ったハンターズ・ギルドで判るようにしていただければそれでいいです」
「判りました。ただ確約はできませんよ? 最重要案件という事でなければすぐに調査は入らないでしょうからね」
そりゃそうだろうな。
「それで構いません」
俺はスウィーザさんの言葉に頷く。
「それでは失礼します」
「ありがとうございました」
スウィーザさんは俺に軽く頭を下げながら、カウンターの上の絵をクルクルと巻き取ると、そのまま奥へ入っていった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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