116.
「結構並んでるなぁ・・・」
俺は都市ケートンの門の前の列を見てがっかりする。
まだまだ夕方には早い時間だから、もしかしたらそんなに並んでいないかも、とちょっとだけ期待したんだけどな。
「しかたない、よ」
「そうだな、仕方ないか」
手綱を握るミリーを御者台に残して、俺はパンジーの横に移動する。
『列の進み具合はスムーズですから、それほど待たずに入れると思いますよ』
楽天的なスミレの言葉、その通りだといいなぁ。
「コータ、みゃず宿に行く?」
「ん〜、薬師ギルドに納品に行くかな? まだ日は高いから宿が混み合うって事はないと思う。ああ、でもパンジーを預けた方がいいのか?」
『それに薬師ギルドの場所、知らないですよね?』
「えっ? スミレ、知らないのか?」
『知りませんよ』
てっきりスミレなら薬師ギルドの場所くらい把握しているんだとばかり思ってたよ。
『大体の位置は知ってますけど、確実に案内できるとは言い切れません』
「そっかぁ・・・じゃあ、先に蒼のダリア亭に行くか。そこでパンジーと引き車を預けてから、薬師ギルドの場所を教えてもらおう」
『それがいいですね』
蒼のダリア亭に泊まるのは決まってる。
あそこ以外ちゃんとした風呂のある宿って、ハンターズ・ギルドの近くにはないんだよなあ。
『部屋は2つ取るんですか?』
「ん?」
『ミリーちゃんが一緒の部屋だと嫌がるかもしれない、と思うんですけど』
「あ〜・・そっかぁ」
それはあるかもしれないな。
移動中も野営の時も、ミリーはジャックとは一言も話をしようとしないんだよ。
もうね、徹底的に無視してるんだよなぁ。
ただ、ジャックがすごく下手に出てミリーを刺激しないようにしてくれてるから、無茶苦茶険悪っていう雰囲気にならなかっただけだ。
「でもなぁ、2部屋とって部屋割りはどうすんだよ。俺とジャックで1部屋か?」
『それだとミリーちゃんが泣きそうな気もしないではないんですけどねぇ』
「でもさ、ジャックに1部屋はさすがに無理がないか?」
俺としてはどっちでもいいんだけど、宿がケットシーに部屋を貸すか?
まぁ試してみないと判んないけどさ。
俺はパンジーの頭にとまっているスミレと顔を合わせて、小さく溜め息を吐いた。
「俺、早まったかなぁ・・・・」
『それは・・・でも、あのまま放っておいたら、彼は・・・』
「だよなぁ」
あのまま坑道に置き去りにしたとしても、鉱山から出たところで別行動にしたとしても、どっちにしてもジャックが無事で生き延びた確率は極めて低かったって思う。
いや、確信してるって言った方がいいか。
仲間のケットシーから騙されて鉱山に落とされたジャックには、どこにも行き場所なんてないんだからさ。
俺はノロノロと動く列と一緒に少しずつ前に進む。
ジャックは引き車の中だ。
休憩の時以外はそこに入ったままなんだよ。
『次ですね』
スミレに言われて顔を上げると、丁度俺の前の馬車が動き出したところだった。
俺は手綱を引きながらパンジーを門番の前に移動させた。
「こんにちは」
「おう、身分証は?」
「これです」
俺はハンターズ・ギルドのカードを胸ポケットから取り出すと、門番はそれを受け取るとひっくり返して裏も確認している。
「今日は何しに都市ケートンに?」
「都市ケートンで依頼を受けました。依頼品を届けるためと依頼達成の報告にギルドに行きます」
「そっちの獣人は?」
「彼女は俺の仲間です。見ての通りヒッポリアの御者をしています」
それだけじゃないけど、見て判る通りの事を口にする。
「獣人を仲間にするなんて酔狂だな」
「そうですか? 彼女のおかげでヒッポリアがすごくいう事を聞いてくれるので楽ですよ」
「ふん、獣同士だからな」
カチン、ときたけどここは黙っているのが一番だ。
ミリーだって言いたい事はあるだろうに、うつむいて目を合わせないようにしているんだ。それを俺が問題を起こすわけにはいかない。
「他に仲間はいないのか?」
「はい・・・っと、もう1人、いや、1匹かな? がいますね」
「見えないぞ? 隠れているのか?」
「いえいえ、引き車の中で休んでいるだけですよ」
すぐに連れてくる、と言い置いて、俺は引き車のドアを開けた。
「おいジャック、門に来たから門番に顔を見せてくれないか?」
「・・・判った」
中から声がして少しだけ物音がしたかと思うと、すぐにジャックが出てきた。
俺はジャックを促しながら門番のところに戻る。
「なんだ? また獣人か?」
「いいえ、彼はケットシーです」
「ケットシー? 人間じゃねえじゃねえか」
「仲間ですよ?」
「アホかおめえ、人間以外はギルドのパーティーに組み込めない事くらい知ってるだろうが」
思いっきりバカにされた気がするぞ。
ピク、とこめかみがヒクついたが、それでも我慢だと自分に言い聞かせる。
「そいつ、使役獣登録しないと中に入れられないぞ」
「使役獣、ですか?」
「中に入れるのは人間だけだ。それ以外は使役獣登録してなきゃ立ち入り禁止だ。そっちのヒッポリアだって使役獣登録してんだろうが」
そりゃパンジーは引き車を引いてもらうから使役獣登録はしている。
でも、ケットシーだぞ? 人と同じ言葉を話すのに獣扱いかよ。
「誰の使役獣でも構いませんか?」
「おめえ・・・おめえ以外に誰に登録するってんだよ」
「えっ? 例えば彼女、とか?」
俺はミリーを指差してみる。
「アホか、獣人に使役獣登録させるかよ」
「なっ・・・」
「このメンバーの中じゃあ、使役獣を登録できるのはおめえだけだ。そっちの嬢ちゃんに登録してもそれは無効になる」
「どうして、かお聞きしても?」
「責任問題だよ」
他に何がある、と呆れたような顔を向けてくるが、生憎俺には判らないんだよ。
俺がサッパリ判りませんという顔をすると、門番はわざとらしいほどの大きな溜め息を吐いた。
「あのな、使役獣が何か不祥事を起こしたら、それは使役獣を登録している飼い主の責任になる。それは知ってるよな?」
「はい」
「そこには賠償問題も入って来るんだ。器物破損なら破損した物を弁償しなきゃいけねえ。おまえ、そっちのちっせぇ嬢ちゃんにそれだけの財産があるっていうのか?」
そこまで説明されて、俺は納得したよ。
「つまり、何か起きた時に責任をとれる人間に使役獣は登録するべきだ、という事ですね」
「当たり前だろうが」
「すみません、そこまで考えが及びませんでした」
俺はてっきり獣人差別だと思ってたよ。
ま、多少はそれもあるみたいだけどさ。
「って事で、そいつはおまえに登録するんだな」
「登録ってどうするんですか?」
「使役獣登録はあっちだ。100ドランでしてくれる」
「でもヒッポリアは使役獣登録はしなかったですよ?」
「そりゃおめえ、ヒッポリアは一目見れば使役獣だって判るだろうが。けどそっちのケットシーは使役獣なのか愛玩動物なのかはっきりしねえからな。ただ、愛玩動物は都市ケートンの住人にのみ適用されるんだ。だから、よそから来たおめえさんは使役獣登録しかできねえよ」
なんか思ったより複雑怪奇なシステムだな。
「使役獣登録は魔法陣の上に置かれたプレートに垂らしたお前さんの血の上に使役獣の血を垂らす事で、使役獣の証となる首輪のプレートを作るんだよ。ついでにお前さんのギルド・カードにも使役獣の事を刻んでおけば毎回聞かれなくて済むから楽だぞ?」
そっちは使役獣の登録時にすれば無料だ、と教えてくれた。
俺は隣に立っている憮然とした顔のジャックを見下ろす。
いかにも気に入りません、と言いたげな顔だ。
多分ミリーの使役獣登録となれば文句も言わずにするんだろうけどさ。
「仕方ないだろ」
「ふんっ」
何が仕方ないのかジャックにだって判ってる筈だ。
「じゃあ、あっちで手続きをしてきます。手続きを終えたらまたこっちに戻ってくるんですか?」
「いいや、そのまま中に入ればいい」
「判りました、ありがとうございました」
俺はパンジーを門番に言われた受付に引いていく。
「なんで俺が使役獣なんだよ」
「だから、仕方ないだろ? それとも1人でここにいるか?」
「それは・・・でも、だったら姫の使役獣で登録した・・・」
「いや」
「姫・・・・」
「ミリー」
相変わらずのキッパリバッサリ具合だな。
見てみろよ、ジャックの奴、両手両足を地面につけてorzのポーズ取ってんじゃん。
「ミリー、もっと手加減してやれよ」
「だって・・・やなんだもん」
「ジャックも、ミリーが嫌がってんだから、姫って呼ぶの止めろよ」
「でも、姫は姫ですか・・ら・・・・」
ミリーの凍結目で見られて、ジャックは最後まで言葉を続けられなかった。
そんな2人の目だけによる攻防戦をみた俺は思わず漏れそうになった溜め息をグッと飲み込んで、ジャックを連れて使役獣登録をするために受付に向かったのだった。
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