113.
「よ、妖精・・・?」
ようやく我に返ったケットシーは、スミレを見ながら訪ねてきた。
「ん? 違うよ。スミレって言うんだ」
でも俺は調理に忙しかったから、説明がめんどくさくて名前だけ教えた。
「違うって・・でも、妖精だろ? どう見たって、彼女は妖精じゃないかよっっ」
立ち上がってスミレを指差して俺にまくしたてるケットシーだが、悪いけど俺は今忙しいだよ。
「ミリー、胡椒取ってくれるかな?」
「これ? はい」
「あんがと」
いい具合に煮えてきたスープの味を整える。
うん、こんなもんかな?
「ハベリナの肉は焼けたか?」
「ちゃんと火、を通すんだよ、ね?」
「そうだぞ〜。ハベリナは生で食べちゃ駄目だぞ。スミレが教えてくれただろ?」
「うん。焼かないと、あぶない、でしょ?」
「その通り」
スミレ曰く、豚と違うかもしれないけど寄生虫がいる可能性が高い、って事で完全に火を通すように言われている。
さすがにスミレの探索解析でも今のレベルではそこまでは判らないみたいだな。
レベルが5になった時にはできるんじゃないか、って事なのでその時にもう1度解析をするそうだ。
「おいっっ」
俺はポーチからスープ用のカップを取り出す。
あ、そういやいつも俺とミリーの2人だけだから、2個しかないんだったっけ?
「スミレ、もう1個カップ作らないと駄目かな?」
『そうですね。でも今から作るのは大変ですので、お茶用のカップで代用すればいいんじゃないんですか?』
「ああ、お茶用のカップを使えばいっか」
スミレの言葉に頷きながら、俺はポーチから俺のお茶用の木のカップを取り出した。
あれだけ毛嫌いしているケットシーにミリーのカップを使わせるわけにはいかないもんな。
「おいっっ」
皿は大小いくつか作ってあるから、それを適当に使えばいいか。
どうせパンと焼いた肉を載せるだけだもんな。
「肉できたか〜?」
「できた、よ」
ミリーを振り返ると、さっき渡した大皿に肉を載せているところだった。
さて、と。
いつもならテーブルを片付けてそこで食べるんだけど、今日はケットシーがいるんだよな。
俺としては一緒のテーブルでもいいんだけど、ミリーがなぁ・・・
ギスギスした雰囲気の中でご飯は食いたくない。
そんな事を思いながら視線をケットシーに向けると、奴は俺に手を振っているところだった。
「おいっ、無視すんなっっ」
「ん?」
「さっきから呼んでんだぞっっ」
「そうか? 忙しかったんだよ」
「お、おまっっ、お--」
「うるさい」
「・・すみません」
俺を怒鳴ろうとしたケットシーだが、そのタイミングでミリーが冷たくうるさいと言い放つ。
途端に今までの威勢はどこへやらで、耳をぺたんと頭に張り付けて小さくなる。
「おまえ、そこでいいか?」
「えっ?」
「だから、さ。これから晩飯だ。でもミリーは相席は嫌だろうからさ、そこで食べてもらってもいいかって聞いてんだよ」
「・・・・はい」
晩飯は嬉しいみたいだけど、ミリーと一緒に食べられないのは辛いみたいだな。
ま、自業自得だ。
俺はひょいひょいとパンを2個と肉を数切れ皿に載せ、スープの入ったお茶のカップを持ってケットシーのところにいく。
「スミレ、悪いけどシートを敷いてやってくれないか」
『判りました』
フワフワと飛んできたスミレはどこからともなく取り出した1メートル四方くらいの大きさのシートをケットシーの前に広げる。
その上に俺は手に持っていたカップと皿を置いた。
でもケットシーは俺の方を見るでもなく、フワフワと飛んでいるスミレに目が釘付けになっている。
「あ、ありがとう」
『どういたしまして』
「その・・あなたは妖精ですか?」
『私ですか? 違いますよ』
「で、でも、その姿は昔から伝わる妖精の姿そのものなんですけど」
『私はコータ様のスキルが形になったものです』
「スキル・・・って」
スキルと言われて、ぱっと振り返るケットシー。
とっくにテーブルに戻っていた俺は奴の視線を感じたので、とりあえず手をヒラヒラと振っておいた。
「スキルが顕現する事があるなんて・・・いや、ないとは言えないのか?」
『ご飯、早く食べないと冷めますよ?』
「あっ、そうします」
慌てたような声に俺は思わずぷっと吹き出してしまったが、運良くケットシーには聞こえなかったようだ。
「コータ?」
「なんでもないよ。さ、食べよっか」
「うん、おなかすいた、ね」
「そうだな〜、ミリーが晩飯作る手伝いしてくれたから、あっという間にできてよかったよ」
「そ、かな?」
「うん、すごく助かってる。ありがとな、ミリー」
椅子に座っているせいで尻尾は動いていないように見えるけど、あれ、絶対に立っていたらひゅんひゅんと左右に揺れてただろうな。
俺はミリーが焼いてくれた肉を齧る。
「丁度いい塩加減だ。ミリーも上手になったな」
最初の頃は塩辛かったりしていたんだが、このところは丁度いい塩加減だ。
俺は手を伸ばしてミリーの頭を撫でてやってから、本格的に晩飯を食べる事にした。
パチパチと薪が爆ぜる音が静かに響く。
そういえば虫の音なんて言うの、聞いた事ないけどな。
もしかしていないのか?
俺はそんなくだらない事を考えながら、ポーチから以前作った小剣を取り出した。
「ほれ、これ持ってみな」
「剣か?」
「剣以外のなんに見えんだよ」
見るからに剣だろうが、失礼な奴だな。
小剣は長さが80センチほどなんだけど、身長が1メートルくらいしかないケットシーには長すぎるみたいだな。
「ん〜、ちょっと長いか?」
「それは仕方ない。だが、これで十分だぞ。武器があるだけでありがたい」
「いやいやいや、使い勝手の悪い剣だと十分身を守れないぞ?」
「大丈夫だ。俺の村では大抵の奴はこの長さの剣を使っていた」
それって、ただ単にそれ以外の長さの剣が手に入らなかったってだけじゃないのか?
「そういや、ケットシーは自分で剣を作ってんのか?」
「大きな群れだと鍛治をするケットシーもいるけど、俺がいたのは小さな村だったから鍛治師はいなかった」
「じゃあさ、どうやって剣を手に入れてたんだ?」
「それは・・拾ったものが多かったな。それを簡単に研ぎ直して使ってた」
「拾ったって・・・折れたり壊れたものを使ってたって事か?」
「そりゃそういう剣もあったけど、魔物や魔獣にヤられた奴が持っていた剣とかもあったから、半々だったと思う」
ああ、死んだ奴の剣か。
そういうのは拾ったもんのものだからな。
殺伐とした話だが、この世界は元の世界と違って生と死が隣り合わせになってる気がする。
こいつのところではそういったやつらの使っていたものを集めてきては使っていたって事なんだろうな。
「よし、そこに立ってみろ」
「そこってどこだよ」
「そこだよ、そこ」
俺が自分の斜め前を指差すと、ケットシーは素直にそこにやってきた。
「剣先を地面につけてみろ・・・ん〜、やっぱり長いか」
「だからそんな事ない。大丈夫だって言ってるだろ」
「振り回されるような長さの剣を使いこなせるかよ。こっちに寄越しな」
それに知ってるぞ。これ、お前には重すぎんだよ。さっきから腕がプルプル震えていたのも見えてたからな。
俺はケットシーから剣を受け取ると、目の前の開けた場所に置いた。
それから元の場所に戻ると、スクリーンを展開する。
今日手に入れた鉱石もあるけどさ、あれは色々と試してみたいから、こいつの剣は以前作ったものをリサイクルして作り直すつもりだ。
俺がスクリーンのパネルを触りながら陣を展開すると、剣の真下に陣が現れてびっくりしたケットシーが立ち上がってじっと陣を見つめてる。
「あ、あんた・・」
「ん?」
「あんた、れ、れ、れれれれ・・・」
「れれれってなんだよ。レレレのおじさんってか?」
さすがにそこまで年は取ってないぞ、失礼なケットシーだな。
「ちっ違うっっ。俺は、れっ、練金術師かって言いたかったんだっっ!」
「練金術師?」
「違うのか? でもあそこに展開したのは魔法陣だろ?」
ん? 練金術師って、魔法陣を使うのか?
練金術師っていう言葉は知ってるけど、どんな事をするのかとか全く知らないぞ。
「そうか・・・それなら納得だ」
「なに1人で納得してんだよ」
「おまえがあのような妖精を使役していた理由だ。おまえ、練金術師だから、そこから妖精を生み出したんだな」
「ぶ〜〜〜」
外れだ、外れ。
っていうかさ、いくらなんでも錬金術で生物が作れるかよ。
あれ、それともこの世界では作れるのか?
「なんだその、ぶー、とやらは?」
「外れ、って意味だよ。スミレは俺のスキルの手助けをしてくれる存在だよ。まぁ俺のスキルが生み出したとも言えるから、当たらずとも遠からずってやつか?」
「なんだよ、それ。つまりあんたが作ったって事だろ?」
そうなるのか?
「そうか・・・・錬金術師だったのか・・・・・でも、練金術師なら納得だ」
「何が?」
「あんたの持っているもの全部がどう考えても普通と違ってたからな」
「いや、普通だろ?」
「バカ言え。引き車見てみろよ。あんなの普通の大工に作れるわけねえだろ? それにさっき晩飯を作ったときに使っていた魔石コンロだったか? にしても、普通の人が使うにはレベルが高すぎんだよ。あんなのありえねえよ」
あれ? やり過ぎって事か?
でもさ、あのくらいの生活レベルは最低限欲しいと思うぞ。
「ま、とにかくあれを修正するぞ」
「修正?」
「おまえが使いやすい長さと重さにするんだよ」
「おまえ・・・そんな事できるのか?」
「できるからするって言ってんだよ」
とにかく邪魔すんな、黙っとけ。
俺はそうぴしゃりと言うと、スクリーンを使ってプログラムを設定するのだった。
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