107.
「コータ・・」
「ミリーはそこでお茶飲んでていいよ」
心配そうなミリーに一声かけながら近づくと、今度はちゃんと目が開いている。
でもぼーっとした感じで焦点が合っていない?
「大丈夫か?」
「・・・」
声をかけてみるものの返事はない。
俺はネコ頭のすぐ脇に立つと、そのまま靴のつま先でツンツンとつついてみる。
すると少し身じろぎした。
もう1度ツンツンとつついてみると、今度は目だけをこちらに向けた。
俺の視線とネコ頭の視線が合う。
と同時にネコ頭の焦点が合った気がした。
「うっわぁぁぁっっっ!」
でかい叫び声がネコ頭の口から溢れたかと思うと、そのまま真上に1メートルほど飛び上がった。
俺は声と飛び上がった事にビックリして、数歩後ろに下がってしまった。
なんか動きまで猫だな、こいつ。
シュタッッという音がする気がするほどの見事な着地、俺は思わず拍手をしたくなったがぐっと我慢する。
「大丈夫か?」
もう1度声をかけてみるが返事はない。
「スミレ、猫系獣人は言葉は判る筈だよな?」
『猫系獣人は言葉を喋れますよ』
「だよなぁ・・・」
なのになんでこいつ喋らないんだ?」
『でもコータ様、彼は猫系獣人ではありませんよ』
「へっ?」
でも見た目まんま猫だぞ?
『彼はケットシーですよ』
「あれ?」
『みるからにケットシーじゃないですか? 気づいていなかったんですか?』
「気、気づくもなにも、ケットシーなんていたのかよ」
そんな話、聞いてないぞ。
というかさ、この世界の人間でない俺がなんで知ってると思うんだよ。
『この世界の猫系獣人は耳と尻尾を持っているだけです。彼のように顔が猫そのものという獣人はいません。それに体格が人と違います』
確かに小さいなぁとは思ってたんだよ。
「子供、じゃないのか?」
『違います。まだ若い個体ですが人で言うところの10代後半といった辺りでしょうね』
「なんだよ・・・・ちぇっ」
心配して損した気分満載だよ。
「んじゃ、ケットシーだとしたら、言葉喋れないのか?」
『喋れますよ』
「でもこいつ、喋んないじゃん」
「こいつ、言うなっっ!」
「おっ?」
喋った?
俺は両足を踏ん張って両手を握りしめているケットシーを見下ろした。
背の高さは120センチくらいのミリーよりも更に低く、多分1メートルあるかないかだろう。全身グレイの毛に黒のシマシマが入っている。パッと見は猫そのものだから、こうして後ろ足だけで立っている姿を見ると小さい頃読んだ『長靴を履いた⚪︎』に見える。
ただ目の前のこいつが着ているのは普通のシャツとズボンで、足元は辛うじてブーツといってもいいような靴だけど、ただただボロい。
「ああ、帽子がいるな」
そうそう、あの本の猫は帽子もかぶってたっけ?
「おまえ、こんなところで何してるっっ!」
「何してるって?」
「惚けるなっっ! 俺をどうしようとしてたんだっっ!」
「どうって・・生き埋めになってたから助けただけ、だけど?」
「うっ、嘘つくなっっっ! どうせケットシーが珍しいから捕まえて奴隷商に売ろうとしたんだろうっっ!」
「スミレ、これ、売れるのか? ってか、奴隷っていたんだなぁ・・・」
そういや初めて猫系獣人さんたちを見た時に、ミリーが奴隷じゃないかって心配してたか。
すっかり忘れてたよ、うん。
『ケットシーは確かに珍しいので売れるかもしれませんが、所詮は愛玩動物としてですね。体格が小さいので仕事をさせるにも無理がありますし、彼らの種族的性格が問題になる事が多々あるのでそれすらないです。ですので捕まえるとしても子供ですね。成人を過ぎたケットシーは売り物にもなりません』
「なんだよそれ、性格がめんどくさいってか?」
『その通りです』
めんどくさい性格ってやだなぁ。
なんか関わりたくない。とっとと縁を切ってしまおう、うん。
「よし、おまえ、元気になったんだな」
「おまえに関係ねぇよっ」
「うん、元気だ元気だ。じゃあ、とっとと行っちまえ」
「なぁにぃっっ!」
「自分が助けてもらったって事も認められない。おまえ、死にかけてたんだぞ? それを俺たちはわざわざ体力回復ポーションや魔力回復ポーションまで使って助けてやったのに、礼をいうのかと思えば俺たちにいちゃもんつけるだけだ。そんな奴とこれ以上関わりになりたくないからな。さっさと行け」
「ぐぬぬぬぅ・・・」
顔は少し俯けたまま目だけで睨んでくる。
あのな、それ、可愛い女の子がするからいいんであって、おまえみたいな可愛げのない奴がしたって効果はないぞ。
ってか、俺も見る目がなかったって事だな。わざわざミリーを説得までしたのにさ。
ミリーのいう通りとっとと捨て置いて行きゃ良かったよ。
「スミレ、もうこれ以上ここに用はないな?」
『ありません』
「んじゃ、移動だ」
俺はスミレに確認してから、後ろの椅子に座ったままこちらの状況をじっと見ているミリーを振り返る。
「こっちは済んだぞ。お茶は飲んだか?」
「うん、飲んだ。でもコータ、飲んでない、よ?」
「あぁ〜、そういや忘れたな。ま、いいよ」
俺はすっかり冷えてしまったお茶を一気飲みして、ミリーのカップと一緒にまとめてタオルで簡単に拭いてからポーチにしまう。
それからテーブルと椅子もまとめて片付ける。
「スミレ、忘れ物ないよな?」
『はい、ありません』
「よし、行こう」
ミリーがリュックサックを背負うのを助けてから、彼女を促してそこから出て行く。
もちろんスミレが探索をしていると確信しているからできる事だ。
「お、おいっ」
後ろから声がしたけど、俺は無視してそのままそこを出る。
坑道に出ると先に出ていたスミレとミリーが待っていた。
『こちらです』
「おし」
「わかった」
スミレ、ミリー、俺の順でゆっくりと足元に気をつけながら坑道を歩く。
もちろんランタンを出しているからそれなりに明かりはあるんだけど、それでも薄暗いから俺は簡単に蹴躓くんだよ。
「っと・・」
なんて思っていると躓いた。小石かと思ったら地面に埋まってやがった、ちくしょー。
「コータ、だいじょぶ?」
「おう、大丈夫だぞー」
『年寄りじゃないんですから足腰しっかりしてますよね? ちゃんと足元見ながら歩いてくださいね』
「スミレ、おまえ、何気に酷くないか?」
『コータ様の気のせいですよ』
しれっと答えるスミレにそれ以上言い返すだけの気力のない俺は、黙って彼女の後をついていく。
「あとどのくらい歩くんだ?」
「もうすぐですよ。そうですね・・・あと5分でしょうか?」
「そっか」
じゃあ着いたら俺はお茶休憩を取らせてもらおう。
さっきは落ち着いてお茶も飲めなかったしな。
「スミレが探索している間にお茶でもするか?」
「ん〜・・・ご飯?」
「ご飯? ああ、もうすぐ昼だもんな」
「うん」
まだまだ食べ盛りのミリーはお茶じゃあ足りないみたいだな。
「オッケー、じゃあスミレ、ついでに鉱夫たちの休憩広間みたいなところがあればそこまで進もうか。それならミリーの昼飯も作れるからな」
『判りました』
鉱山の地図がデータとして頭に入っているスミレなら、どこに休憩広間があるかも把握しているだろうから彼女に任せるのが一番だ。
「でも簡単なものしか昼は作らないぞ?」
「かんたん、いいよ。サンドイ、ッチ?」
「そうだなぁ・・それが一番楽か? スミレ、探索にどのくらいかかる?」
『私の探索にはおそらく30分ほどかかると思います』
「んじゃあ、サンドイッチでいいか。作って食べてる間にスミレの方も終わるだろうから、そしたらすぐに戻れば今日中には鉱山から出れるかもしれないな」
探索をするスミレには悪いけど、食べなくてもいいんだから許してもらおう。
「スミレ、だいじょぶ?」
『私は大丈夫ですよ。それにコータ様の言う通り私が働いている間に食べ終えれば少しでも早く移動できますからね』
嫌に棘のある言葉だな、と俺が顔をあげるとスミレがこちらをチラッと振り返る。
ちくしょう、ワザとミリーの同情を買いやがったな。
「ミリー、スミレはご飯食べなくても大丈夫だからな。その代わりパンジーのところに戻ったら休ませてやろうな」
「うん」
俺がそう言うと納得したのか素直に頷くミリーの頭越しに、ニヤリと笑ってみせるとスミレが少し悔しそうな顔をした。
ふふん、俺だってこれくらいの返しはできるんだよ。
『では、予定より少しだけ先に進みましょう。100メートルほど奥に進むと少しだけ開けた場所に出ますから、そこでお昼にすればいいと思います』
「オッケー」
「わかった」
俺とミリーはスミレの提案に頷くと、あと少しと自分に言い聞かせながらゆっくりと足元に気をつけながら歩いたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。




