106.
「ふぎゃぁぁぁぁっ」
ミリーの尻尾がピンと立って毛が逆立ち、口から猫が怒った時のような声が出た。
俺は掴まれたミリーの手からネコ頭の手を離そうと慌てて手を伸ばすが、その前にミリーが手を振り回して拘束から逃れそのまま俺の体めがけて飛んできた。
うん、文字通り飛んできたんだよ、すごい超脚だった。
俺はその勢いを受け止める事ができずに、そのまま後ろに押し倒されてしまった。
「うわっ! あがががっっ」
後頭部をもろ地面にぶつけた俺は、悲鳴なのか判らない声をあげた。
でも胸元に飛び込んで両手を肩に回してしがみついてきたミリーは俺から離れない。
むしろ更に強くしがみついてくる。
「ミリーッ、落ち着いてっ。大丈夫だから落ち着けって」
「フーーッッ」
「い、痛いっっ痛いっっ」
しがみついている俺の肩に爪が食い込んでるぞっっ。
とはいえ、パニックになっているミリーを無理やり引き離す事はできない。
俺はあとでミリーに回復魔法をかけてもらえばいいか、と自分に言い聞かせながら彼女を落ち着かせるために頭を撫でてやる。
「うぅぅっっ・・・・」
小さな呻き声が横たわっているネコ頭から聞こえてくるが、今の俺とミリーはそれどころじゃない。
俺はミリーの頭を撫でてやりながらなんとか上体を起こすと、そのまま胡座をかいて足の中に抱きかかえてやる。
見下ろすとミリーの尻尾はまだ毛を逆立てたままでピンと立っている。
それでも片手で頭を撫でてもう片方の手で背中を撫でているうちに、少しずつ尻尾の毛が落ち着きまっすぐ伸びていた尻尾も少しだけ曲線を見せるようになってきた。
ちょっと落ち着いたか?
「ミリー、大丈夫だよ〜。もう怖くないよ〜」
「・・コータ・・?」
「そうだよ、俺とスミレがいるから大丈夫だよ、な?」
『そうですよ、ミリーちゃん』
顔を上げてスミレと俺の顔を交互に見てから、ミリーは大きく深呼吸をする。
それで少し落ち着いたのか涙も止まったようで、それを見た俺とスミレはホッとする。
けれどミリーは後ろを振り返ると、今なお横たわっているネコ頭をジロリと睨んだ。
「あれ、嫌い」
「ミリー?」
「あれ、嫌い。コータ、行こう」
「えっ、ちょっ、ちょっと」
『ミリーちゃん』
ただただ腹が立つと言わんばかりのミリーなんか見た事ない。
「ミリー、あのままほっとけないだろ」
「いいの。あれ、そばにいる、いや」
『でもミリーちゃん、あのままほっとくと死んじゃうかもしれないですよ?』
「いいの」
「いいのって、ミリー。良くないって」
土砂から引き摺り出した時は凄く心配していたくせにな。
きっとそれだけ怖かったって事か?
「とにかく、このままここに放置しても大丈夫かどうかだけ確認しような」
「だいじょぶ」
「いやいや、判んないだろ」
きっぱり大丈夫と言い切るミリーに、俺とスミレは苦笑いを浮かべるしかない。
「スミレ、どんな状態か確認してくれるか?」
『判りました』
「スミレ、ほっとく」
「ミリー」
いつになく駄々っ子のようなミリーは、どうやら本当にネコ頭が嫌だというのではなく、スミレが近づく事に不安を感じているようだ。
「大丈夫だよ。スミレは実体がないからさ、もしあれがスミレを掴もうとしても無理だよ。ミリーだって知ってるだろ?」
「ん・・・でも」
「それより、ミリーはもう落ち着いたかな?」
「わたし・・・うん、だいじょぶ」
「そっか。じゃあ、そろそろ俺の上から降りるか?」
「・・・やだ」
俺が両手をミリーの脇に差し入れて降ろそうとすると、ミリーは俺の首にしがみついてきた。
仕方ないなぁ、と思うもののこんな風にミリーに甘えられるのは初めての事で、つい嬉しくてにへにへと顔が緩んでしまう。
とはいえこのままにしておく訳にもいかないだろう。
俺はミリーを抱きかかえたままズリズリとネコ頭のところに移動する。
「スミレ、どんな感じだ?」
『目はまた閉じてます。でも少し安定したと思いますね。でも衰弱しているようで、体力回復ポーションも飲ませた方がいいかもしれません』
「飲ませるって、さっきみたいな感じでいいのか?」
『はい、あれで結構です』
「んじゃ、俺がするわ」
ポーチから1日1本パンジーに飲ませている体力回復ポーションを取り出すと、ネコ頭の口に突っ込むために手を伸ばすが、ミリーがいるので届かない。
「ミリー、ちょっとだけ避けてくれないかな?」
「やだ」
「すぐに済むからさ」
「・・・いや」
半泣きの顔をあげられて嫌だと言われると、それ以上は避けろなんて言えないぞ。
「んじゃあ・・・俺の背中に移動してくれるかな?」
つまり、おんぶだな。それなら俺の両手が空くからポーションを飲ませやすい。
ミリーは嫌そうに顔を顰めたものの、俺の肩を乗り越えて後ろに移動した。一度降りてから後ろに回ろうという気はサラサラないらしい。
おまけに移動する時に尻尾で俺の顔を打ったのは、ミリーなりの抗議なんだろう。
俺は左手でネコ頭の顎を固定し、右手に持ったポーションを口に突っ込んだ。
「ウゲッ・・ゲホッ・・・」
左右に振ってポーションのボトルから逃げようとするけど、がっしりと顎を掴まさせてもらってるからポーションのボトルは口に入ったままだ。
とりあえず1本飲ませ終わる。
「スミレ、どうだ?」
『もう1本飲ませてもいいですよ』
「おっ、そうか? なら遠慮なく」
俺はもう1本ポーチからポーションを取り出すと、グイッと口に突っ込む。
ミリーを怖がらせたやつだからな、気を使う必要はないから気楽にポーションのボトルを突っ込む事ができるな、うん。
そんな俺の肩越しからミリーが顔を出して、ネコ頭の様子を伺っているのが判る。
『体力は80パーセント回復しましたね。魔力の方は50パーセントですけど、枯渇状態よりはマシです』
「魔力回復ポーションを2本飲ませたら100パーセントになるんじゃないのか?」
『残念ながらポーションで50パーセント回復させた後でもう1本飲ませると、今度は残りの50パーセントの半分の25パーセントの回復しかしませんので無駄です』
「でも今体力回復ポーションは2本飲ませただろ?」
「体力回復ポーションの材料は簡単に手に入れる事ができますが、魔力回復ポーションの材料は手に入れにくいんです。もったいないですよ」
きっぱりともったいないというスミレの言葉に俺の背中でミリーが頷いている。
冷たいな、お前ら。
まぁ俺もその意見には同意なんだけどさ。
闇纏苔を採取するの、あんだけ苦労したんだよ。そう簡単にホイホイ使いたくないもんな。
特に全くの知らない相手にはもったいないよ、うん。
「んじゃ、もう死にそうって訳じゃないんだな?」
『そうですね。ただ・・・』
「ただ?」
『このままここに放置しておくと、魔物の餌になるかもしれませんね。それにここに迷い込んでいるとしたら、出口を見つけられなくて餓死なんて事もありえます』
つまり、ここに放置していけないって事か?
めんどくせえなぁ。
「ええぇぇぇ・・・じゃあ、どうすんだよ」
「ほっとけばいい」
「ミ、ミリーさん?」
「それ、嫌い」
「嫌いでもさすがにこのままにはできないだろ?」
どうもまだ怒りが抜けていないようだ。
俺の背中にしがみついたままのミリーの冷たい言葉に、俺は思わず苦笑を漏らす。
すると不安に思ったのか、必死になって上体を伸ばして俺の顔を覗き込んできた。
「コータ・・・怒ってる?」
「何を」
「それ、嫌い。でも、コータが助けたい、なら・・・我慢する、よ?」
「そうだなぁ」
俺はミリーの頭をわしゃわしゃと掻きまぜる。
「誰だって好き嫌いはあるから、ミリーが嫌いだって言うんだったら仕方ないさ。でも、このままここに放置すると死んじゃうかもしれないって判ってるのに放ったらかしにはできないだろ?」
「・・・・うん」
「せめて、外までは連れてってやろうな。あとは俺たちには関係ないからほっとけばいい」
「・・・わかった」
しぶしぶでも納得してくれたみたいで、俺は褒めるために頭を撫でてやる。
『では、どうしますか?』
「そうだなぁ・・・さすがに袋に詰めて持って行くなんて事はできないからな。それにまだ俺たちにはする事があるだろ?」
『そうですね。もう少し先に進まなければこの鉱山の坑道の探索はできませんから』
「じゃあ、今はここに、ほうち、あとから拾いに、くる?」
「ミリー・・・さすがにそれはないと思うぞ?」
とても魅力的な提案ではあるんだけどな、と思うけどそうは言えないしな。
「ま、とりあえずここでちょっと休憩を兼ねてお茶でもするか? そうしてるうちに目を冷ますんじゃね?」
俺はミリーをおんぶしたまま立ち上がるとポーチから椅子を2つとテーブルを取り出した。
お茶は朝食の時に多めに作って水筒に入れてあるからそれを飲めばいいだろう。
「ミリー、お茶菓子は何がいい?」
「えっと・・・お肉?」
「肉はお茶菓子にならないと思うぞ?」
「うぅ・・じゃあ、コータが選んで」
肉以外は思いつかないってか?
「じゃあ、クッキーでいいか? ミリーと一緒に集めたベリーが入ったやつがあるだろ?」
「うん、それでいい」
という事で、俺はポーチから水筒とカップを2つ、それにクッキーが入った缶を取り出した。
パッと見はノリ缶なんだけど、俺のイメージのクッキー缶ってこれなんだよ。なのでスミレに頼んで作ってもらったんだ。
俺はクッキーを1枚ミリーに手渡すと缶を置いて、カップにお茶を注ぐ。
お茶の入ったカップの1つをミリーの前に置いたところで、小さな呻き声がした。
「ぅぅぅ・・・」
『起きたみたいですね』
「もう? タイミングの悪いやつだなぁ」
『コータ様?』
「いや、だってさ、せっかくこれからお茶しようっていう時だからさ・・ごめん」
言い訳をする俺をジロリと睨むスミレの視線に、俺は素直に謝ると椅子から立ち上がってネコ頭のところに行く事にした。
いや、だってさ、さすがにこのまま放置でお茶を続ける事、できないじゃん。
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