105.
上の方の土砂は俺、下のブーツ周りはミリー、と役割分担して掘り進める事約5分。
ようやく下半身が出てきた。
「ミリー、ちょっと場所代われ。俺が引っ張り出してみる」
「引っ張る、足?」
「おう、その方が少しでも早く土砂から出せるだろ?」
「でも、怪我、するかも、しれないよ?」
「少々の怪我の方が息ができなくなるよりはマシだ」
一体どのくらいここで埋まっていたのか知らないけど、酸欠になって死んでない事を祈るだけだ。
俺は両手で両足を掴むと、そのまま腰を屈めて引っ張りやすい体勢になる。
それから、ぐっと腕に力をいれて一息に引っ張る。
最初はまだ土砂が重かったのか、すぐに引きずり出せなかった。
それでも持ち直してもう一度ぐっと引っ張ると、ズルズルと残りの上半身が出てきた。
「でたっ」
「おっと」
引きずりだした拍子にバランスを崩しかけた俺は両手を引きずりだした身体から離して体勢を整えるために数歩後ろに下がった。
「ミミ?」
「耳? 獣人か?」
耳、というミリーの呟きに俺も引きずりだした身体の頭に耳がついているのに気がついた。
でも獣人だとしても、ミリーより小さいぞ? 子供なのか?
ミリーは耳を見て驚いていたものの、すぐに慌てて引きずりだした身体から土砂をパタパタと払ってやっている。
俺は大きく深呼吸をしてから、引きずりだしたばかりの身体の横に膝をつけるとそのままひっくり返した。
「おわっ!」
ひっくり返して、またびっくりだ。
こいつ、顔が猫そのものじゃん。
今までミリーみたいな耳と尻尾だけの猫系獣人しか見た事なかったけど、顔もまんま猫っていう獣人もいるって事か?
「コータ、死んでる?」
「ん? お、おお、そうだな」
心配そうな顔で訪ねてくるミリーのおかげで我に返った俺は、そのまま左手で首の脇を抑えながら耳を口元に移動させて生きているかどうかを確認する。
これって人間用だけど、多分大丈夫だよな?
首の脇に当てた指に脈が感じられる。それに呼吸も微かにだが感じる気がする。
「スミレ、まだ生きてるな?」
『はい、生体反応は感じられます。ただ、魔力値がかなり低くなっているようです』
「それってどういう意味?」
『以前もお話ししましたが、この世界の生物は魔力を持っています。とはいえアレ、パラリウムに魔力は感じられませんでしたが、少なくとも私のデータバンクの中にある情報ではすべての生物には量に差はあれども魔力があります。しかしその魔力量が限界値を割ると生死に関わるんです』
「つまり、こいつの魔力は枯渇寸前って事か?」
それって元の世界でも生命力が落ちると死に瀕するっていうのと同じ事なのかな? と思いながら確認すると思った通り俺の言葉にスミレは頷いた。
『はい、そういう事です』
「じゃあ、どうすればいい?」
『魔力回復ポーションを飲ませるのが一番かと』
「魔力回復ポーション? ああ、一昨日作ったやつか」
闇纏苔を使って作ったポーションだな。
「でもあれ、100倍に薄めないと使えないんだろ?」
『既に10本ほど薄めたものでポーションは作ってあります』
「へっ? 一体いつの間に?」
『コータ様がパラリウムのせいで倒れている間に作りました。コータ様の足を治そうと必死になっていたミリーちゃんの魔力が枯渇寸前だったんです』
ああ、そういやミリーが回復魔法を使ってくれたんだったか。
「ミリー、そんな無理したのか?」
「無理、してない、よ?」
ジロリ、と強く睨んだものの、どうやらミリーは本当に無理をしていたと思っていなかったようだ。
「次からは魔力回復ポーションを飲まないで済む程度にしてくれよ?」
「うん? わかった」
「スミレもそういう事は今度からは教えてくれよな」
『判りました。それより、魔力回復ポーション、使いますか?』
「そうだな、このままほっといて死なれると後味悪いし、そんな事したらミリーに叱られる」
俺としては素直な気持ちだったんだが、スミレは冗談と受け取って笑いながらストレージから魔力回復ポーションを取り出した。
「これ、飲ませるのか?」
『飲ませるのが一番効果が出やすいんですが、意識がないと飲めないと思いますよ?』
「んじゃ、振りかけるか?」
『それだと効果は半減します』
「じゃあどうしろって言うんだ?」
はっ?!?
ま、まさか、口移し、なんていう恐ろしい事を言わないだろうな?
見下ろした先にいるネコ頭にふと頭に浮かんだ方法をしている場面を想像して、思わず顔を背けてしまった。
そんな俺の行動を不審に思ったのか、スミレが声をかけてきた。
だけど、俺は絶対にしないからなっ!
『コータ様?』
「いやいやいやいや、それだけは無理だ。ぜってーーっ、無理だ」
『コータ様、何を言っているんですか?』
「スミレ、それだけはできないぞ」
『だから、何ができないんですか?』
「お前、俺に口移しでポーションを飲ませようとしているんだろう? それは絶対にできないからな。断固断るぞっっ!」
スミレが何か言う前に俺は一気に畳み掛けるべく言葉を続けた。
もしここでちょっとでも気を抜いたら、スミレに丸め込まれてしまうかもしれない。
しかし、だ。
そんな事は絶対にさせないぞ、俺。
「コータ?」
そんな頑なな俺の態度がおかしいと感じたのか、ミリーが心配そうに声をかけてきて、俺はハッとする。
もし俺が断ったら、スミレはミリーに口移しでポーションを飲ませようとするかもしれない。
「ス、スミレッッ、ミリーも駄目だからなっっ!」
慌ててスミレを振り返りながら言うが、その先にあったスミレの目が座っている。
あれ?
「・・・スミレ、さん?」
『コータ様はもう少し落ち着いて人の話を聞けるようになる必要がありますね』
「え〜・・・っと?」
『なかなか面白い事を言われてましたが、誰が何をしろと言ったんでしたっけ?』
「え・・・」
なんかスミレ、むっちゃ怒ってるのか?
『ミリーちゃん、コータ様は役に立たないので、代わりに手伝ってくれますか?』
「スミレッ、ミ、ミリーは--」
『黙らっしゃい』
「はい」
あまりの迫力に、俺にはイエスと返事をする以外の道はなかった。
そんな俺を一瞥してから、スミレはミリーの前に飛んでいく。
『ミリーちゃん、そこにあるポーションを口に突っ込んでください。もしかしたら暴れるかもしれませんが、上に乗っかって動けないようにしてくれればいいです』
「でも、それ、だいじょぶ?」
『はい、多少は気管に入るかもしれませんが、これは魔力回復ポーションですからね。すぐに気化してしまうので気にしなくてもいいですよ』
スミレの説明がうまく理解できなかったのかミリーは頭を傾げたものの、それでもすぐに頷いてポーションの蓋を開けるとそのままボトルをネコ頭の口に突っ込んだ。
もちろんその前にスミレの言葉に従って身体の上に乗る事は忘れていない。
「ウゴォッ・・・・ゲホッッ・・」
突っ込まれた方はすぐに気管に入ったのか、咳き込みながら上体を動かすが、そこはミリーが乗っているせいで動けない。
手を動かしてボトルを口から取ろうとするけど、これまたミリーががっちりと邪魔をしてボトルを取れないようにしている。
ボトルの中身は100cc程度なんだけど、思い切り口に突っ込まれているからか中身はゆっくりとでているんじゃないだろうか?
とはいえボトルの4分の3は口の中だから、外からはどのくらいの中身が出たのかなんてさっぱり判らないけどさ。
「ゲボッ・・・ケホッ・・・・ホッ・・・」
「スミレ、全部入った?」
『みたいですね。もうポーションのボトルを口から出してもいいですよ』
「だいじょぶ?」
『もしかしたら少しは残ってるかもしれないので、ゆっくり出してくださいね』
「わかった」
スミレの指示に従って、ミリーはネコ頭の口から出ているボトルを握るとそのままゆっくりと引っ張り出した。
どうやら中身は全部口の中に入っていたみたいで、ボトルから出てくる液体は既にない。
ミリーは取り出したボトルを地面にポイっと投げる。
でも、そこから動こうとしないで、じっと自分が乗っているネコ頭の顔を見つめている。
もしかして起きるのを待っているんだろうか?
速攻で効くとは聞いているけど、魔力枯渇状態だって話だから少しは時間がかかるんじゃないのか?
「あっ」
小さなミリーの声がした。
そしてそれと殆ど同時に閉じられていた目がうっすらと開いた。
「目を覚ましたのか?」
『ポーションが効いたみたいですね』
「マジか・・・あっという間に効くんだなぁ」
さすが異世界、ッパねぇ。
『ミリーちゃん、降りてあげないと苦しいですよ?』
「えっ? くるしい、の?」
『ミリーちゃんも誰かが上に乗っていたら息苦しくなりませんか?』
「えっと・・そ、だね」
素直にミリーはスミレの言われて頷くと、両手をネコ頭の胸に置いてバランスを取りながら降りようとして、にゅっと伸びてきたネコ頭にその手をぎゅっと掴まれた。
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