104.
腕が痛い。
普段から力仕事なんてさっぱりしない俺の柔腕は、ツルハシ《ピック》を振るった事により筋肉痛でプルプルと震えている。
そんな俺と違って元気いっぱいなミリーは、集めた魔輝石の入った袋の中を覗いては嬉しそうに尻尾を振っている。
「コータ、たくさん」
「そうだな、何個あるんだったっけ?」
「41個って、スミレ、言ってた、よ?」
「そっかそっか、そんなにあるのか」
道理で俺の腕が筋肉痛な訳だ、うん。
でも、41個って事は最低でも41万ドラン。日本円なら4100万円だ。
なかなかの大金じゃないのかな、これ?
はい、と言って袋を俺に手渡してくれるから、俺もミリーと同じように中を覗いてみる。
ただ俺には石ころにしか見えないんだよなぁ。
「なぁ、これだけあれば暫く仕事受けなくてもいいんじゃね?」
『そうですね、ある程度自給自足にして無駄遣いしなければ、20年ほどは大丈夫じゃないですか?』
「おっ、そんなに長い間のんびりできるのか?」
思わず本音が出てしまった。だってさ、元の世界では俺、社畜と化してたからさ。この世界に来た時に、できるだけのんびりと暮らしたいなぁって思ってたんだよ。
でもそんな俺の儚い望みは、ミリーにバシッと切り飛ばされた。
「だめ、仕事、ちゃんとする、の」
「ミリー・・・でもさ、ちょっとくらい休むのはいいんじゃないかなぁ・・・?」
「だめ、仕事、頑張って、ランクあげる、の」
「ランクって、ハンターのって事か?」
「うん、赤、なりたい」
どうやら今の黄色ランクは不満のようだ。
とはいえ俺もオレンジだ。
赤を目指すとなるとこれからもたくさんの依頼を受けないといけないって事なんだよなぁ・・・
俺、楽して暮らしていきたいんだけどな。
「コータ、オレンジずるい」
「いや、ずるいってさ、俺の方が先にハンターに登録したんだから、俺の方がランクが上でも仕方ないと思うぞ?」
「でも、ずるい」
ミリーも俺の方が先にハンターになったから判っているみたいだけど、ただ気持ち的に納得できないって感じだなぁ。
「じゃあ、ほどほどに仕事をするか」
「ほどほど、だめ。ちゃんと、みゃいにち、仕事、するの」
「毎日は無理だぞ。ちゃんと休みも取らないと体が保たないよ」
何がなんでも毎日仕事を受けたいらしいけど、さすがにそれは俺が保たないよ。
「じゃあ、依頼を受けて仕事を終えた次の日は必ず休みにする事、それならどうだ?」
「毎日、仕事、できないの?」
「う〜〜ん、できない事もないけどさ、疲れが溜まっていたらちょっとした事で失敗をする事もあるかもしれないだろ? 失敗しないためにも適度に休む事は大切だと思うな」
「スミレ?」
『私もコータ様の意見に賛成ですね。無理して仕事をして、疲れが溜まってたせいで怪我でもしたらどうしますか? 1日の休みを我慢したせいで、1週間、1ヶ月という期間怪我をして寝込む事になるかもしれませんよ?』
俺を説得できないと判ったミリーはそのままスミレに矛先を向けたものの俺と同じ返事だったので、眉間に皺を寄せて考えている。
「ミリー、俺もスミレも仕事をしないとは言ってないだろ? ただちゃんと休む日を作ろう、って言ってるだけだ」
『コータ様は最初はずっと休むつもりでしたけどね』
「スミレェ〜〜」
だから、そこはスルーしろって。
「何も1日ゴロゴロしていようって言ってんじゃないぞ。その休みの日に次の依頼のための準備だってしなくちゃいけないだろ? そういう事をしようって言ってるんだ」
「でも・・それじゃ、ランク、あがらない、よ?」
「上がるさ。大体、急いであげる必要なんてないんだからさ、のんびり1つずつ星を増やしていけばいいんだよ」
「そ、かな?」
少し考えているミリー。
「そうそう。だからさ、都市ケートンに戻ったら1日休んで、今度の依頼はミリーが決めるんだろ?」
「わたし?」
「うん。これは俺が選んだ依頼だからさ、次はミリーが決めればいい。んで、その次は俺が決める、っていうんでどうかな?」
「・・・わかった」
どうやら納得してくれた。
でもさ、それって同時に俺ののんびり生活も無くなったって事だよな・・・はぁ。
ま、仕方ない。ミリーのためだ。
「それよりミリー、もうキラキラするところはないのか?」
「キラキラ? ん〜・・・・・ない、よ?」
「そっか・・・まぁ、十分だな、うん」
そっか、魔輝石はもうないのか。
「スミレ、魔力溜まりはどうなんだ?」
『この空間それ自体が魔力溜まりなんですが、先ほど魔輝石を収集したせいか魔力が弱まってますね』
「あれ? あの石ころって魔力を吸収するだけじゃないのか?」
『そうですけど、そこに存在するだけで魔力を探索できるんです』
「ああ、そっか、そりゃそうだな。魔力を探索できてなかったらここに来てない訳だし」
俺にはさっぱり見えないけど、ミリーにはキラキラしたものがある、っていう形で判るんだよなぁ。
「んじゃ、そろそろ坑道に戻るか?」
『そうですね。あと少し先に進んだところからなら、残りの坑道内を探索する事ができるのでそこまで行きましょうか』
「おっけ」
俺はさっきミリーから受け取った魔輝石の入った袋をポーチに仕舞う。
ついでにツルハシもポーチに仕舞うと、パタパタとズボンの土を払う。
この程度で綺麗になるとは思っていないが、まぁ気のもんだ。
それから土壁に寄せておいたバックパックを取り上げて背負ってから、ミリーのリュックサックを持ち上げて彼女に手渡すために振り返る。
「ミリー?」
普段であれば俺からリュックサックを受け取るために近くに来ている筈のミリーは、ちょっと前まで魔輝石を掘っていた場所とは反対側の土壁の辺りにしゃがみこんでいる。
『ミリーちゃん?』
スミレも俺の視線で気づいたのか、フワフワとミリーのところに飛んで行って声をかける。
でもいつものミリーらしくなく、返事をするどころか振り返りもしない。
訝しく思った俺は、ミリーのリュックサックを片手に彼女のところに向かう。
「ミリー、何してんだ?」
ぽん、と彼女の頭に手を置くと、初めて俺が近づいた事に気づいたのか見上げてきた。
「コータ」
「なんか見つけたのか?」
「あれ」
「あれ?」
ミリーの前にあるのは土砂だ。
でもそんな土砂はそこかしこにあって、特に珍しいもんじゃない。
現に俺だって魔輝石を掘るために幾つかの土砂を作ったんだからさ。
とはいえ、ミリーが見ている土砂は結構でかい。
「土砂がどうしたんだ?」
「あれ、土違う、よ」
いやいや、どうみたってあれは土砂だろ?
俺は肯定してもらうためにスミレを振り返ったが、彼女はミリーと同じように土砂を眺めている。
「スミレ?」
『コータ様、何かが埋まってるみたいですよ』
「埋まってる?」
『弱々しいですが、生体反応を探索できました。先ほどまでは魔力溜まりの魔力が強すぎたため判りませんでしたが、今は探索に反応が見えています』
ホントに何か埋まってるってか?
「なあ、それって人間?」
『いいえ、大きさ的には人間ではないと思います。ドワーフという可能性もありますが、それでも小さすぎるかと』
「じゃあ・・・・」
めんどくさいからほっといて帰ろう、と言いかけた俺をミリーの縋るような目がじーっと見つめている。
「ミリー、それ、もしかしたら危ない獣かもしれないから、そのままの方が・・・」
「コータ」
「いや、だからさ、こんなところにいるって事は普通の生き物じゃない・・・」
「コータ、ダメ?」
「いや、その・・・・・・・判った」
めんどくさい俺と助けたいミリーの視線での攻防は、どう考えてもミリーの勝ちだ。
ってか、俺がミリーのあんな視線に勝てる訳ないぞ。
俺は渋々ながら、ついさっきしまったばかりのツルハシを取り出した。
「コータ、それ使うと、刺さるかも、しれないよ?」
「でも手ですると大変じゃん」
「わたし、手伝う、から」
言い切る前に両手で土砂を掻き出すミリーを唖然と見ていると、スミレが呆れた表情で飛んできた。
『コータ様? 手伝われないんですか? まさか、あんな小さな女の子に力仕事を全部やらせるつもりじゃあ・・・』
「判った判った。手伝うよ。ミリーだけにやらせないって」
俺はそれ以上スミレの文句を言われる前に、ミリーの隣に膝をつくと一緒になって土砂を掻き出す。
ってかさ、これ、もしかして奥に向かって掘ってんじゃないのか?
パッと見の土砂自体はそれほどじゃない。多分1メートルほどの大きさで高さもそれよりちょっと低いくらいだ。
でも上の方を少し掻き出してみると、柔らかい掘り立てのような土が手前だけじゃなくて少し奥に続いている気がする。
「コータ」
「なんだ?」
「これ、足?」
「・・・・・へっ?」
足?
下の方を掘っていたミリーの指差す方を見ると、そこにはブーツが見えている。
「これ。くつ?」
「ブーツみたいだな。でもすごくちっせぇぞ?」
大人の足とは言い難い大きさのブーツだ。
って事は、子供が埋まってんのか?
「マズい、ヤバい。ミリー、急げっ」
「わかった」
スミレは人間じゃないだろうって言ってたけど、ブーツの足って事は人間じゃん。
ついさっきまでののんびりと悠長に構えて掘っていた俺は、俄然スピードをあげて掘り出したのだった。
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