101.
ミリーの肩に手を置いてバランスをとってもらいながら、なんとか広間にやってきた。
「ここは、昨日泊まったところか?」
『いいえ、あそこまでは距離がありますので、少し奥に入る事になりましたがここの方が近いんです』
「そっか・・・」
外に出るよりも俺の回復のためにここを選んでくれたって事だろう。
「コータ、ポーチから、布団、出して」
「布団?」
「今の、コータは、寝るのが、お仕事」
いつにない迫力でキッパリと言い切るミリーの勢いに、俺はここは素直に従うしか選択肢はないと判断して言われた通りに下に敷くシートを取り出してから布団を出す。
ついでにミリーの分の布団もだしておいた。
ミリーの言う通り、今の俺には休息が何よりも必要だからな、すぐに寝てしまう気がするくらいだ。
んでもって、俺が寝ていたらミリーは絶対に俺に布団を出せと言って起こすような真似はしないだろうから、今から出しておいてやろうと思った訳だ。
ミリーはスミレに手伝ってもらいながらシートを敷くと、その上に俺の布団を広げた。
その間俺は隅の壁に背中を預けて立ったままだ。
今ここで座ると1人で立ち上がれない気がする。
さすがにこれ以上ミリーの手助けはちょっと、なあ。
「座って」
「はい」
素直に返事をしてシートの横に靴を脱ぐ。
それから布団の上に座りかけて、自分の服が汚れている事を思い出した。
「でも俺、むっちゃ汚いぞ」
「じゃ、脱いで」
「いやいやいやいや、ミリーやスミレの前で脱げってか?」
「気にしない」
「俺がするんだよっ」
何簡単に言ってんだよ。
「ちょっと、外に出てて」
「だめ」
「そこにいたら服脱げないだろ」
「気にしない」
「いや、だから俺が気にするって」
「だって、心配・・だめ?」
どうやら暫く目を覚まさなかった俺の事が心配らしい。
でもなぁ・・・さすがにミリーの前で服を脱ぐのは抵抗があるぞ。
『ミリーちゃん、ちょっとだけコータ様に時間をあげましょう』
「スミレ、でも・・・」
『ミリーちゃんもコータ様が見ていると着替えしにくいですよね?』
「・・・・うん」
『ちょっとだけです。そうですね、この前作った砂時計をセットして、その時間の間だけ時間をあげましょうか?』
「・・・わかった」
いつの間に砂時計なんてもんを作ったんだ?
俺、聞いてないんですけど?
ちょっとスミレに聞いてみたいが、せっかく俺が服を脱ぐ時間をくれたんだ。
その時間は有効に使いたい。
『ではコータ様、5分ですよ』
「はい」
『砂が全部落ちたらすぐに戻ってきますからね』
「うん、ありがとうな」
ミリーはスミレのあとを砂時計を抱きしめてついていく。
広間を出る前にちらっとこっちを振り返ったので、軽く手を振っておいた。
さて、立ったままだと足がまだ痛くてバランスがうまく取れないから、ということで俺はシートの端に座り込むとそのままズボンを脱ぐ。それからシャツを脱いでからハンドタオルを取り出すと、水筒の水で濡らしてから簡単に全身を拭う。
それを終えてからポーチから着替えの寝間着代わりのシャツとズボンを取り出してそれに着替えた。
なんとか気持ち的に落ち着いたところで、ズリズリと座り込んだまま布団の上に移動してから、綺麗なハンドタオルを取り出して水で濡らしてからゆっくりと顔を拭いていく。
「コータ」
「おっ、もう5分経ったのか?」
「入るよ?」
「いいぞ〜」
服を着替えてハンドタオルで顔を拭いている俺を見て、ホッとした表情を浮かべる。
どれだけ心配かけたんだ、俺?
『落ち着きましたか?』
「うん、ありがとな」
『何か飲み物でも出しましょうか?』
「ん〜、いや、いいや。水筒の水で今はいいよ」
「コータ、魔石コンロ、出して」
「おっけ」
どこに出すかな、と見回してみたものの、よく考えたら俺は動けないんだった。
「布団の横でいいか?」
「いいよ」
俺はポーチに触れて魔石コンロを布団の横に取り出してやる。
手で触れる距離なら出せるからな。
「スミレ、俺はどのくらいあそこで気を失ってたんだ?」
『3時間ほどでしょうか?』
「声、かけても、おきなかった」
『ミリーちゃんが動かそうとしたんですけどね』
「ああ、そりゃ無理だろ。俺の方がデカいからな」
「でも、安全な、場所に、動かしたかった、よ?」
いつまでも坑道にいると新たな敵がやってくる、とでも思ったんだろう。
それでもどう考えたってミリーには無理だ。それはスミレも判ってるのか苦笑いを浮かべている。
「スミレの結界があるだろ?」
「でも、アレ、通り抜けられた、よ」
「ああ、そういやそうだったな」
そのせいで俺の足がやられたんだったか。
『その事ですが、判った事が1つ。コータ様に言われてちょっと探索基準を変えてみました。言われるまでは気づいていなかったんですが、確かに探索基準は魔力でした。ですので、魔力ではなく動くものと限定してみましたら、いくつか反応するものがありました』
「えっ、それって危なくないのか?」
もしかして、アレがまだまだいるのか?
『それは大丈夫です。パラリウムは探索にヒットしませんでしたから。他のものと言っても小型の土虫の類で、鉱石を好んで食べているようです』
「じゃあ、アレはもう他にはいないのか?」
『断言はできませんが、この鉱山の旧坑道にはいません』
「旧坑道には、って事は今活動中の坑道は調べてないのか」
『そこまでの時間はありませんでしたから。ですが、コータ様が望むのであれば、今夜にでも調べてみますけど?』
「じゃあ、悪いけど頼めるかな? 俺たちに害はないとしても被害があったって聞いたらきっと後味が悪いからさ」
『判りました』
さすがにアレはヤバかった。
どうにか倒せたのもスミレの結界のおかげだよ。
しかもその結界でさえも完璧に防げなかったような相手だ。普通の鉱夫じゃあどうしようもないかもしれないもんな。
「コータ、足、見せて」
「ん?」
布団の上で足を前に放り投げて両手を後ろに付く形で座っている俺の足元にやってきたミリーは、俺の返事を聞く前にさっさと寝巻きズボンの裾を持ち上げる。
するとピンク色の怪我が治ったばかりのような傷跡が出てきた。
「これ、ミリーが治したのか?」
「うん、がんばった、よ」
「頑張ったって・・・頑張って直せるものなのかよ」
「あのね、こうやったの」
そう言いながらミリーは両手を伸ばして俺のふくらはぎを掴んだ。
咄嗟に足を引こうとしたが、既にミリーががっしりと掴んでいるため動かせない。
「コータ」
「す、すまん」
『ミリーちゃん、きっとコータ様は怪我をした時の事を覚えていて、思わず足を引いたんですよ』
「そ、そうそう。あの時ミリーに掴まれただろ、むっちゃ痛かったんだよ」
それは本当だ。嘘じゃない。
『あれはミリーちゃんが少し指で傷口を広げたんですよ。そうしなければポーションを流し込めませんでしたから』
「マジか・・・どーりで痛かったはずだ」
『でもあの時はアレが最適でした。傷口からは血がとめどなく出てましたから、傷口にポーションをかけただけでしたら解毒はできていなかったかもしれません』
「って事は、俺死んでたかもしれないって事か・・・・」
だったら、咄嗟にそう判断したミリーはすごいな。
「ありがとな、ミリー。おかげで助かったよ」
「うん、じゃあ、続けていい?」
「おう、頼む」
既に傷は塞がっている。傷口に指を突っ込まれる事はない筈だ。
一抹の不安を感じながらも、俺はミリーの様子をじっと見る。
ミリーは両手で包むよう俺のふくらはぎに当てる。
スミレの話では貫通していたらしいから、その両方の穴に手を当てているんだろう。
ふわっと温かい何かが流れ込んできた気がする。
「ミリー・・?」
「こうやって、ね・・・なおれ、って、頼むの」
「スミレ?」
『おそらく、回復魔法だと思います。私もデータとして知っていますが、実際に回復魔法を使っているところを見るのはこれが初めてですので断言はできませんが』
「回復魔法、かぁ・・・」
そうして俺のふくらはぎをミリーの手が離れると、さっきまではピンク色の傷跡があったのにそれが今はなくなっている。
「これで、ちゃんと、なおった」
「凄いなぁ、ミリー。回復魔法なんて、使えたんだな」
「ううん・・・はじめて」
「えっ?」
『ミリーちゃん、コータ様が死にかけているのを見て、能力に目覚めたようなんです』
「わたし、つかえてたら、おと、さん・・・」
「ミリー」
あの時回復魔法が使えるようになっていたら、ミリーは父親を助けられた、と言いたいんだろう。
俺は手を伸ばしてそっと彼女の頭を撫でてやる。
「ミリー、ミリーは俺の命の恩人だよ」
「コータ・・・」
泣きそうな顔をぐっと俺の膝に押し付けて、そのまま小さな嗚咽をこぼすミリー。
俺はそれ以上何も言えなくて、ただミリーの頭を撫でてやるだけだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/07/2017 @ 15:53 誤字のご指摘をいただいたので、訂正しました。
ミリーは両手を包むよう俺のふくらはぎに当てる → ミリーは両手で包むよう俺のふくらはぎに当てる




