プロローグ
フンフンフン〜〜〜〜
思わず溢れる鼻歌を止める事もできないまま、俺はスキップをするような足取りでホームに向かう階段を上った。
土曜日とはいえ丁度昼を過ぎたばかりの時間だから、それほど、まだ混んできていない。
混んでいたらこんな箱を持って歩いていると、どうしても他の人の迷惑になるからなぁ。
俺は手すりを握って階段を上りながら、左手に下げている箱の中身に事を考える。
そうすると、どうしても顔がニヤニヤしてしまうのだがこればかりは止められない。
俺はそのまま視線を下げて箱を見下ろすと箱に書かれている文字が見える。
3Dプリンター
ああ、なんて素敵な響きなんだろう。
箱に書かれているその文字が、今の俺にはとても神々しく見えるのだ。
思わずにへら〜っと笑ってしまい、慌ててなんとか顔を引き締める。
周囲には沢山の人がいるのだ。
怪しい人と思われて駅員に通報でもされたら堪ったものではない。
そのせいで家に帰り着くのが遅くなりでもしたら目も当てられない。
なので、俺はなんとかして弾む気持ちを抑える事に成功させようと顔の筋肉を引き締める。
そしてようやく階段を上りきったところで、左手に掲げていた3Dプリンターの入った箱を右手に持ち直す。
箱そのものの大きさは70センチ四方だからそれほど大きくはないのだが、それにしてもとにかく重い。
20キロ近くあるそれは俺の右手にかなりの負担になっているのだが、だからと言って持って帰らない訳にはいかなかったのだ。
今朝店が開く時間丁度に店内にダッシュしてからそのまま店舗内にある3Dプリンターの売り場に行き、そして頭に浮かぶまま2時間ほど説明や質問を繰り返し、そうしてやっと選んだ1品なのだ。
家庭用ではなく業務用を選んだのは、せっかく買うのであれば予算限界までの最高のものを手に入れたかったからだ。
そうなるとどうしても数キロ程度の大きさの家庭用のものに比べると大きくなってしまったのだ。
店員は重いから配達にしては、と勧めてくれたのだが、週末という事もあり配送が混んでいて俺のところに届くのは来週の火曜日だといわれた。
そんなに待てるか! とその場で思わず叫んでしまったが、それも仕方ないと思う。
今日、この日のために貯めていたお金を握りしめて店に行ったのだ。
肝心のブツを持って帰らないでどうしろというのだ。
今日は土曜日、今から家に帰って今日と明日の2日間でとにかくちゃんと扱えるようになりたいのだ。
そうなると自分で持って帰るしかない。
重くて大変だが、それでも家に帰ってからのお楽しみタイムを思えば頑張れるというものだ。
そんな帰ってからの楽しみを考えながら白線まで辿り着いて足を止めると、後ろからドン、と誰かがぶつかって俺の右手の3Dプリンターが前へと押し出され、そのまま俺の手から離れて線路に向かって落ちていく。
「ちょっっ!」
一体どこの馬鹿だよ!
まったく何やってくれんだよ!
腹の中で毒づきながら俺はなんとかして3Dプリンターを線路に落ちる前に捕まえようと身を乗り出した。
パアアアアアアアアアアッッッッッッッッ
鋭い電車の警笛が聞こえた。
ハッとして音のした方を振り返ると、目の前に迫ってきているのは電車。
そして・・・・
そこで俺の世界は真っ暗になったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。