第一章 03話
――――ねぇ、起きてー。朝だよー。
…………。
――むぅ。朝だよー。
……。
「あーさーだーよー!! おーきーてー!!!」
…………。
「えいっ!」
ドス!
ッ!?
「ゲホッ? ゲホッ? ゲホッ? ……――」
朝一番の衝撃。
何が起きたかわからず目を開けると、剥れ顔のアキが上に乗っていた。
「――なっ、何してるの?」
「いくら起こしても起きないから飛び込んだの!!」
「飛び込んだって……女の子がそんなことしちゃ駄目だよ。そしてこれ、痛いんだよ……」
「そんなこと言っても、いくら起こしても起きないじゃん。何回も呼んだんだよ!」
起きないのが悪い! と退くアキを見て、ゆっくり起き上がる。
「あらあら、アキ、何をやっているのかしら?」
「えっ、ユキさん!? ……な、何もやってないよ? ……ねぇ、ヒロ、何もやってないよね? 、ね?!」
最初はキョロキョロと焦り顔で、
次はじりじりと扉まで下がり、
「リビングに行ってまーす」の声と共に、アキは逃げるように部屋を飛び出して行った。
この世界でもあるんだ……。子供の頃、体育の時間にマットの上で友達とプロレスごっこした以来だな。
しかし一瞬『人生初の起き掛けボディ・プレスをくらった俺ことヒロ八歳、ここに眠る……。』の言葉が浮かんだよ……。
などど、二人のやりとりをBGMに覚醒しきれない頭で考えていた。
「ヒロ、大丈夫ですか?」
「――! ……大丈夫です!」
ボーッ、としていたからか、ユキさんが心配するように顔を近づけてくると、一瞬で顔が沸騰し、目が覚めた。
ユキさんは五十歳を超えているらしいが、見た目三十代後半で誰が見ても美人で通じる美貌の持ち主だ。
元の世界では女性経験が少なく、無防備で来られると困ってしまうし、そんな人の顔が近づいて来たら、どうしても照れてしまう。
「そう? 落ち着いたらリビングにきてね」
ユキさんはそう言い残して部屋を出て行った。
目からは涙が出ていたみたいだ。
これは誰でもなるよね? 今は泣いてもいいよね? と自分を慰め、アキの評価を“元気娘”から“鉄砲娘”に改めた。
そろそろいくか。
顔を洗いにリビングの前を通ると、そこで涙目のアキがユキさんに懇々とお説教をされていた。
そしてランドさんは置物のように外を見ていた……。
……静かに怒る人は怖いです。
十分程のお説教が終わり朝食となるが、アキは朝食を食べる前にはいつもの調子に戻っていた。
……つ、強い。
立ち直りの早さに驚いた。
「そうだった! ヒロ、一時間位待っててー」
食後、用事があったのかアキは家を飛び出して行き、時間通りには戻ってきた。
少し経ち、ユキさんに声を掛け先に家を出ると、後ろからアキが左手にバスケットを持って出てきた。
聞くと、手作りのおにぎりと飲み物が入っていると照れながら言われた。
今日の行き先は村の外、森だ。
まだ村の外に出たことがなかったので外を見てみたいと伝えたところ「じゃあ、森に行こう」という話になった。
ランドさんも「アキが一緒なら大丈夫だろう」とすんなり許可をくれた。
普段子供が森に行く時には、大人二・三人が付いて行くのだが、アキが竜人の子で、八歳でも成人したての人でも勝てない強さを持っており、森にも詳しいので反対されなかったのだろう。
ちなみに、この世界では元の世界よりも早く十五歳で成人となる。
家を出て東に向かって歩いていると門が見えてきた。
大きさは柵と同じ二メートルほど、開閉できるようになっており、門番として三十代位の二人の男性が左右に立っていた。
(残念……人族か……)
昨日は何故か獣人と会えなかった。誰でもいい、一度獣耳と尻尾を触りたい。俺はちょっと危険な衝動に駆られていた。
二人をみた瞬間にため息も出ていたのか、そんな俺をアキは不思議そうに見ていた。
「外に出ていい? ランドさんからは許可はもらってるよー」
「二人でか? アキは大丈夫としてもそっちのは平気なのか?」
「大丈夫だよ。何かあれば私が守るから!」
「……なら大丈夫か。気をつけていくんだぞ」
アキはまくっていないのに腕をまくる仕草をし、大丈夫とポーズを決めると話がついたのか、ぎぎっ、と木の軋る音が鳴り扉が開いた。
「おおー、すげぇー」
門を出ると、村から三百メートル程先には、見渡す限りの木、木、木。
例えるなら、南米のアマゾン! そして、アマゾンなら川!
そう思い川のことを聞くと、村の北にある湖に繋がる川があり、魚も取れるみたいだ。
(釣具があれば魚釣りができるな)
聞けば、網漁を行うことはあるが釣具のような道具はないらしい。
(娯楽の一つにもなるし、今度考えてみるか。竿の強度は獲れる魚の種類で変わるし見に行きたいな。必要な材料や形を説明すればラグザさんに作ってもらえるかもしれないし)
釣りをする姿を思い浮かべていると、隣で、ムスッ、として俺を見ているアキがいた。
「……ねぇ、聞いてるの? あぶない動物もいるんだから今日は近くにいてね、って言ってるんだけど……」
っと、いけないいけない。考えに夢中でアキの話が聞こえていなかったみたいだ。
アキにお願いしたのは俺だし、これ以上怒らせちゃいけないな。
興味はくすぶっていたが、森の北の方にあるというので今日のところは考えを捨てた。
「ごめん、森の広さにびっくりしてたんだ」
「そうなんだ、でも、ちゃんと聞いてね? 知らないと危険な事もあるんだよ!」
危険な動物もいるので聞いてと少し語尾を上げ、大切なことだと念を押してきた。
一先ずは許してもらえたらしく、笑顔に戻るアキにほっとした。
今日の目的地は俺が倒れていた遺跡で、遺跡までの道は整理されており、危険な動物もでないとの理由で決まった。
道中は、アキが生息している果実やキノコについて駆け回りながらそれぞれに指を差し教えてくれた。
わかったのは、キノコには食べたられるものと毒になるもの、キノコ採りは詳しい人と一緒じゃないと採ってはいけないこと。
採れる果実は季節により違い、今の季節は夏前で桃が採れること。これは昨日の夕食にも出ていて甘くて美味しかった。もう少しすれば梨も採れるようになると教えてもらえたので楽しみだ。
ちなみに、この村では果実を栽培している人は少ない。
森に行けば採れるので、米や野菜やスイカなどの自然栽培されないものだけを栽培している。
ただし、森で採れる量には限界もあり、量は毎年違い、豊作や不作もある。今年はこれまでは豊作だが、昨年、一昨年は一年を通して不作だったということ。
そして、この時ばかりは曇り顔で教えてくれたこと……。
そうしている内に目的の場所に辿り着いた。
初めて見る遺跡は何かの研究施設のような建物だった。
大きさは学校の体育館ほどあってアキと一緒に見て回ると、一応入り口らしき扉はあったのだが開けることができなかった。
建物の素材も硬くしっかりしてて、金属? アルミホイル合金? みたいな物だったので、村の建物との材質の違いが気になり中の様子をアキに聞いてみると、誰も入った事がなく、この建物もいつからあるか知らないと教えてくれた。
問いに答えられなかったのが残念だったのか、まだ「ん~、ん~」と悩みながら。
遺跡を一周するとお腹がすいたのでお昼にする。
座れる場所を見つけるとアキと向かい合い腰を落とした。
お昼はアキが作ってくれたおにぎりだ。
おにぎりは笹に包まれ、シンプルに塩だけの物と梅干入りだ。
子供の手で握っているので大きさは小さめだし形も歪だったけど、適度な疲労に塩の味や梅の酸味がちょうどよく、一言。
「うん、美味しい!」
「あっ! もっと食べて!!!」
バスケットを差し出し、アキはとても喜んでくれ破顔した。
その後は、木製の水筒に入れられたお水で喉を潤し、生息する動物や森での失敗談などで話が弾み、葉陰の隙間から優しく差し込む陽の光に当てられゆっくりしていた。
「そういえば、この森ってどのくらい広いの?」
「ん~とね、誰も調べたことがないからわかんないけど、大人の人が一日歩いてもまだ続いているみたいだよー」
「えっそんなに広いの? それなら変わった動物もいる?」
「動物じゃないけど、エルフさんと妖精さんがいるよー」
「エルフと妖精?」
「そうだよ。エルフさんと妖精さん」
「ダグザさんから聞いたことがあるんだけど、あっ! ダグザさんて村の鍛冶職人さんね。湖の奥の森にはエルフさんと妖精さんが一緒に暮らしている集落があるんだって。ダグザさんの奥さんはその集落から出てきたって聞いたよ」
私も行ったことがないと教えてくれた。
(ランドさん、ラグザさんとの事は言わないでくれたんだ)
ちょっとランドさんに感謝した。
帰りの道中、ふと気になり、いつも採った果実やキノコをどうやって持ち帰っているのか聞いてみた。
答えは、籠で運んでおり、大人が背負って持って帰ってきていた。
他に運搬できる道具はないので今はこの方法だけで行っていた。
お礼を伝え、森に入る前の失敗はしないよう会話をしながらも、俺は何か楽に運べる道具が作れないか考えていた。
日が沈む前には村に戻ってくることができた。
朝通った門を開けてもらい村に帰って来ると ふぅ、と息を吐いた。
アキはまだ元気そうだが、俺は体力の限界に近づいていた。
(もっと鍛えないとだめかな?)
アキを見てると、どうしてもそう思ってしまう。
「「ただいまー」」
帰った挨拶をしながらリビングに入ると、お帰りとランドさんとユキさんから返事があった。
俺達を見るユキさんから先に汚れを落とすように言われ、お風呂場に行き汚れを落とした。
今は気温が暖かいので最後に水を浴びるととても気持ちよく、アキも気持ちよさそうにしていた。
今日はアキも一緒で二人とも全裸だが、共に八歳、アキは胸の膨らみもなくまだぺったんこなので恥ずかしさはなかった。
もう数年すると変わってくるのだろうが?
リビングに戻り席に着くと、ランドさんやユキさんから今日のことを聞かれた。
すぐにアキはせわしなく身振り手振りを交え何があったのかを話していた。
それを見て、昨日は普通に見て回るだけのつもりだった俺は、楽しく話すアキを見て喜んでもらえたことに自然に笑顔になっていた。
一時間もすると夕食の時間になったので会話を中断し食事の準備をする。
食事が開始されると、中断したアキの報告会は再開され、それは食事が終わっても続いた。
アキは楽しそうに話し、ランドさんとユキさんは終始笑顔で聞いていた。
夜も遅くなったので、今日はアキは泊まっていくことになった。
一緒に眠ることになったが、アキは話疲れたのかすぐ眠りについてしまった。
――布団に入る直前。
「明日を楽しみにしててねー」
「明日? 何か約束してたっけ?」
「ふふん、ないしょ!」
アキとの急なやりとりがあったが、それ以上教えてもらえなかったので、それ以上は聞かなかった。
(明日何かあったかな? 何も約束はしてなかったよな?)
考えていると、疲れもあり、アキの寝息を子守唄にすぐに眠りについた……。