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名もなき村の領地開発  作者: スズヨシ
第二章 古い考えと新しい風
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第二章 05話

 あれから一週間が経ち、ルナ、カシムを伴い俺とアキ……主にアキが管理する水田もある、獣害を受けた農耕地へとやって来た。

 わざわざ此処まで来たのは、現場を見ながら説明した方が解りやすいと考えたからだ。

 途中まではアキも同行していたが、シンリンにも頼みたいことがあるので、牧草地まで呼びに行ってもらった。

 なぜ牧草地かというと、シンリンの実家は畜産を行っており、家畜や家禽を繁殖して生活している。シンリン自身も手伝いをしており牧草地にいるとのことで、この農耕地からもそう遠くないので、アキにお願いして呼びに行ってもらったのだ。

 



「二人とも、今日は付き合ってくれてありがとう」


 俺はまず簡単なお礼をし、二人の表情を見比べた。

 カシムは見当が付いているのか渋い顔をしており、表情から察するに、まだ結論を出せていないのだろう。

 ルナの方はというと、いつも通りのクールビューティー。先日はあれだけ強烈な視線を受けたが、まず珍しい。顔は整っているしあんな表情ではなく笑顔を見てみたいと男心にも思うのだが、いつかその機会に巡りあえるのだろうか? アキ曰く、普段と笑顔のギャップがひときわ可愛いらしさを引き立ててるとのことだが、まだ見ぬ俺には判断がつかない。個人的には、可愛いよりも綺麗の表現が合いそうだが、美的感覚がずれてるのだろうか?

 昔ならバカ友達と女の子の話題で盛り上がれたが、今はカシムしかいない。そのカシムとは気楽にバカ話をする仲ではないので、必然的に下世話な話題をする機会は生まれない。まさかアキとする話題でもないし、ランドさんやダグザさんとは年齢差もあり、しがたい。


(……もしかして、俺ってぼっちに近い?)


 アキとは一緒に暮らしているし女の子の知り合いならいるんだから、ぼっちではないはずだ。むしろ、勝ち組に近い! だろうと思い込むことにする。……相手は子供で付き合ってもない、その素振りもないけど……。


 二人の反応の薄さにアホな考えを巡らせていると、視界の隅に映る光景が気になった。

 ふと視線を向ければ、そこはいつもとは違う様相を呈しており、踏み倒され食料に成り得ないと刈られた稲の、その置き場として複数の山が形成されていた。

 例年とは違い被害を物語る見慣れない光景がそこにはあったが、それを抜きにすれば、この場は俺の知るほぼ日常の姿を取り戻していた。完全ではなく“ほぼ”というのは、地面を見れば人ではない足跡がまだ点在していたからだ。


 視線を戻せばルナと目が合ったので、俺の動きを見ていたのだろう。俺の視線の先を感じ取ったのか、ルナは口を開くことなく待っていたようだ。だがそれを抜きにしてもいつも見られているように感じるのだが、気のせいだろうか?

 対してカシムは渋い顔のまま俯き加減で、別のことに気を取られているようにも見えた。


「付き合わされたことは気にしないでいいよ。それでヒロ君、用件はなんだい? 出来れば手短だと助かるんだけどね」


 ん、マイペース。これこそ俺が知るルナだね。

 それに比べカシムからの反応はない。

 そういえば、ここに来るまでも口数は少なかった。いつもはアキの気を引くのに必死で口数が多いのだが、警戒でもしているのだろうか? 今日は真面目に進めるつもりなのだが……信じて貰えないだろうなぁ。

 カシムの様子から勝手に勘違いしつつ、一週間前の行いを少しだけど反省していた。


「実は、ルナとカシムに協力してもらいんだ。カシムには手の空いてる人がいれば少人数でもいい、男手を集めて貰えることも期待しているんだけどね」


 本音はそれだけじゃない。二人は読み書きや高度な計算もできるので、指示役としても期待していた。

 二人は村での信用度も高く、俺があれこれ指示するよりスムーズに事を進めるためにも必要だと考えている。

 経験のある大人に頼めればいいのだけど、誰もが一家の大黒柱で長期間拘束することは不可能に近い。

 俺の知る中で経験が多いカシムと知識力のあるルナに、最悪は現場の調整役も兼任してもらいたい。今後の動向次第ではあるが、そうも考えていた。

 あくまで保険なので今の時点では伝える気はないが、実際そうなった場合は負担になるだろうことは想像に難くない。

 そうならぬよう手は打つつもりなのだが状況が悪い流れになった場合は、我が儘に巻き込んでしまって申し訳ないが、徹底的に付き合ってもらおう。


「……男手?」


 その言葉を聞き顔を上げたカシムが訝しげに答える。

 それと、ルナはなぜか一瞬だけ俺から視線を外し、ほんの僅かだが眉をひそめると、直ぐに元に戻した。

 その僅かな動きが気にはなったが、今は続きを伝える。


「そう男手。カシムはランドさんに報告した内容を聞いているからすでに理解してくれていると思うけど、この農耕地の拡張と水田灌漑及び畑地灌漑の整備、今は取りまとめて水路と呼ぶけど、その全体の再整備をしたいと考えている。ルナには魔法を使って区画の整理と土壌の改良をお願いしたい。もし余裕があれば、引き込んだ水路の大部分は埋めるのでそれの手伝いもかな? 埋める作業はカシム次第でそっちに回すんだけど、もし集まらなかった場合を考えて頭に入れておいてもらえると助かるかも」

「魔法? ボクの土魔法だよね? 規模にもよるけど、一人では時間が掛かるけどいいのかい? それと、もし水路の整備まで手伝うことになると中途半端になりかねないけど……」

「そこは大丈夫。ルナにはまず区画を整えるのと土壌の改良を集中的にやってほしい。土壌の改良が終わらないと田植えにすら入れないので、これが終わらなければ水路の再整備を手伝ってもらうことはないよ。人手が不足し春までに間に合わない状況に陥らなければ、お願いするつもりもないし。それに土壌の改良には、ダグザさんとリリーに頼んで助けになりそうな道具も製作しているので、基礎部分が出来上がれば別の人にも任せられるかなぁと。まぁ、その道具を使うために、アキに頼んでシンリンを呼びに行ってもらったんだけどね」

「そうかい、なら大丈夫。ボクに手伝えることなら言って。みんなの助けにもなるのだから、手伝わない道理はない」

「ありがとう。カシムの方はどう?」

「――こっちは難しいかもしれん。俺が声を掛けられるのは男子が中心になる、となれば必然的に家の手伝いがある者が多い。刈を行うこの時期は、どの程度集められるかはわからん。後は、何日も続けてというのは難しいだろうな」


 子供、特に男子はまず家の手伝いが優先される。

 今は収穫の時期だし、先日の獣害で大人は警戒と獣減らしの狩猟に人手を取られており、減った労働力を動ける子供に手伝いをさせて補っているのが現状だ。それは農耕地だけではなく、鉱山や他の場所でも同じ状況で、住民の中で活動できる絶対数が限られてくると、おのずと直面してしまう問題になる。

 時期が変わればまた違っただろうとカシムの補足も入るが、俺はダメ元で聞いてみることにする。


「なら、大人はどうだ? 伝手はないのか?」

「俺には無理だな。お願いするにも、まずは優先事案がないかランドさんに伺う必要がある。むしろ、お前から頼んだ方がいいんじゃないのか? ……でも、俺自身は、可能な限り手伝おう」


 最後の言葉にルナが何かを感じたらしく、真意を見透かすような視線をカシムに向けていた。

 ここに来る前から口数が少なかったのは、この言葉をいつ言い出すかを考えていたからなのだろうか。

 カシムの口から率先してこの返事が来るとは予想だにしていない俺は、しばし固まってしまう。


 ――。


 一時の静寂。

 まるでこの場面を待ってましたとばかりに、静寂を乱す能天気な声が落とされる。


「おやおやおや~、どういう風の吹き回しですか~?」


 振り向けば、門の柱から半身をさらすシンリンがいた。


 ターゲットオン!


 シンリンはカシムを目標に定めると、興味を隠そうともせず、獲物を捉えた鷹のように爪を突き立てた。


(……はぁ、ここでシンリンか)


 俺はため息まじりに心でつぶやくと、シンリンの背に付いて少し遅れて歩くアキが『ごめんね』と手を合わせているのに気付いた。


「なっ! シンリン!!」


 カシムは天敵の登場に一瞬にして表情を顰めると、ばつが悪そうに一歩後退した。


「ほ~、あのカシムがね~。ヒロに手伝いを申し出るなんて、弱みでも握られたのかな~?」

「握られてなどいない! 俺の判断だ!!」


 ルナは二人が近くにいるのを知っていたのか、驚いてはいないようだ。やれやれと困惑気味に僅かに表情は崩していたけど。


 この場は門から然程離れておらず、獣人なら会話を聞き取れるであろう距離だった。

 二人が三人に遅れて到着すると、面白そうな話をしているのにシンリンが即座に食いついた。先に門を潜るアキの腕を引っ張ると、耳をピーンと伸ばし尻尾を振りながら、そのまま門の柱に隠れて見ていたと、俺の隣まで歩いてきたアキが教えてくれた。

 アキには話し声は聞き取れなかったが、シンリンには聞こえていたのだろう。いやこの場合、聴こえていたと言った方が正しいのだろうか。

 そしてルナはその姿を目撃し、門の柱から半身をさらすシンリンが何かしでかそうとしているのを経験から察知していたが、面倒なので放置していた。

 これはアキの説明の後に伝えられた事実だが、面倒がらず教えて欲しかった。


「アキ、シンリンって始めから聞いてた?」

「シン姉? だいたいかなー? 話している最中みたいだったから、途中からだと思うよ」


 竜人の聴力は人族と変わらない。

 獣人でもなければ聞こえないであろうから、この答えは仕方がないだろう。

 その当事者に視線を向ければ、カシムとギャアギャアと言い争っている。


(あれの仲裁か……)


 巻き込まれずどう割って入るかなど考えたくもないが、終わらなければ話は進まない。

 賑やかに開催される喜劇を前にし、煩わしい感情と観覧客でいたい衝動を押さえ込むように、心の中の俺は頭を抱えていた。

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