第二章 04話
(さぁ、どうしよう……)
目的地に到着したはいいが、肝心の目的がない。
勢いだけでカシムを連れ出したのだから当然なのだが……。
門前で考え込む俺を、カシムは訝しげに見ている。
「――えっと~、現場を見てみる?」
「なんで疑問系なのだ? ……! まさか、お前えー、考えなしにここまで連れてきたのか?!」
「あはは……。そうなるのかな?」
俺はばつの悪そうな表情を浮かべ、相手を伺うように答えた。
対するカシムはというと、手で顔を覆い、傍から見ても溜息が聞こえそうなほど呆れているのが見て取れる。
「――ならば、まずはお前が言った通り現場の確認だ。俺もお前も、まだ被害状況の確認をしていないのだから丁度いいだろう」
「それなら、俺は外を回ってみるよ」
カシムは俺の提案? に乗っかると、被害状況を確認しに移動を開始した。それを見た俺も、直ぐに移動することにする。
分かれたのは、気恥ずかしさも相成り、距離を取りたいがためでもあった。
柵の外をぐるっと一回り。
結果は、見ると聞くとでは、印象が異なることだった。
複数の水路から獣の出入りを許していたが、一箇所、酷く獣の足跡で地面が荒れており、そこは人が出入りする門からさほど距離が離れていなかった。
もしかしたら人の出入りを見て、興味を持った獣の侵入を許したことが発端かもしれない。
獣だってバカじゃない。
餌に事欠き中に食料があると分かれば、天敵が存在しない天国なのだから、リスクを犯すこともあるだろう。
それに、群れを作る知能もあるのだから、別の群れの行動から察し便乗する獣もいたかもしれない。
この世界の獣は元の世界の獣よりも、人間にも別種の獣にも食料として狙われる危険も多く、索敵範囲の広さはバカにできない。
そう考えると、他の農耕地は無事で済むのだろうか? 造りは似ているのだから、味を占めた獣が狙う可能性だってあるかもしれない。
(その対策だったんだけどなぁ……)
済んでしまった事を蒸し返してもしょうがないと気持ちを切り替え、もう少し調べてみることにした。
一時間もすれば、カシムと合流となる。
その頃には気恥ずかしさも薄まり、普段どおりに接することができた。
カシムからは中の様子の報告もあり、ランドさんに聞いた内容と相違なく散々たる状態だった。
俺からは、外の状況と特に地面の荒れが目立つ場所があったことを伝えた。
話を聞くとカシムは興味を示し、すぐに荒地に蜻蛉返りすることなったのだが、カシムは着くなり真剣な表情で乱れた地面と足跡を調べ始めた。
この姿を見ると、本当に実直だと改めて感心してしまう。
解るのなら犯人を割り出したいのだろうが、ここまで荒れてると個々の判別は難しいかもしれない。
狩りをしない俺は匙を投げていたが、それでもカシムは諦めず、執念で複数の種族の足跡があるのを判別していた。
そこから考察できるのは、多種族が群れを作ることはまず無いので、一度だけでなく複数回襲われた可能性があること。だからこそ、ここまでの被害になってしまったことだった……。
今更詮無きことだが、種族まで判明できれば、今後の狩猟にも取り込めることがここまでの一番の収穫だろう。
俺はしゃがんで調べ続けるカシムを一瞥すると、ずっと先まで続く広大な草原を見渡していた。
(中央に水路を作る。でもって、挟むよう両面に水田を作るべきだよな?)
今は柵の内側、横一列に広げて展開している水田を、水路を挟んでもう一方にも作れれば、それだけで単純計算で二倍の収穫量になる。
それには、一部の柵の撤去と開墾作業、広げた分の柵の追加設置。動物が入れないよう侵入経路の封鎖。と、作業は山済みだが、やる意味はあるだろう。
可能なら短期間、寒くなる前までに作業を完了させたい。そう、時間の余裕があるのなら、水田開発の後、この隣の大地に大規模な畑を開発することで、野菜の収穫量をも上げたい!
開発リミットは温かくなるまでだが、上手くいけば、来年の食料自給率を大幅に向上させることができる!
今のように畑を家々で小規模で管理するより、纏まった場所で集中的かつ計画的に栽培した方が余程効率的だろう。
だからと言って、今ある畑は壊さないで活用をしたい。滅多に育てられない作物の栽培ができれば嗜好品として食することもできるし、始めて植える作物の実験場所にすることもでき――。
――嗜好品?
思いを馳せていると、この言葉が畑という単語と交わり、昔見た道具を連想させる。
この世界では、季節に合った作物しか食する事はできない。それが旬の季節でなくても食することができれば、十分嗜好品となりうるだろう。
“ビニールハウス”みたいな温室栽培ができれば、冬でも春秋野菜が作れるかもしれない。
(う~ん……ビニールの代替品かぁー。――木枠やガラスを使えば出来るかもしれない?)
嗜好品としてだけではなく、年間を通して収穫できる恩恵は大きい。本当にできるのなら、夢も広がる。いつか交易ができるようになれば、高いアドバンテージになるかもしれないし。……気が早いかな?
ビニールが製作できないのは悔やまれるが、ダグザさんやリリーに相談してみるかと、強く心に留めた。
新たに開墾した水田にしても畑にしても、土魔法で土壌を整えれば、初年度は難しくとも来年にはしっかりと土壌も整うことだろう。
一番の問題はどの程度開発に時間が掛かるかだが。
「なぁ? 開墾する土地を開発した経験ってあるか?」
「……ないな。ここの手伝いを頼まれたことはあったが、それだけだ。俺が生まれてから開発されたのは、ここだけだからな」
「そうか。……なら、この広さを開発するのにかかる日数って知ってるか?」
「すまんが、それも知らん。ランドさんは親父達に時々手を借りてたみたいだが……確か……お前が来る前から準備は進めてたはずだから……半年以上は作業してたんじゃないか?」
不確定要素も多いが、所々思い出しながらも答えてくれた。
(どれだけ人手を集められるか、それで開発期間も変わりそうだ。……ただ、タイミングが悪いか?)
今は収穫時期で、ただでさえ人手が必要になっている。
日本の暦に例えるなら今は九月に入った頃だろうか、全てを完了させるのに半年でできれば最善なんだけど……。
(ランドさんに相談してみるしか方法はなさそうだ)
俺は頭を掻くと、カシムにお礼を伝えておく。
カシムは気が済んだのか立ち上がるとこの後の予定を確認してきたので、村に戻ることにする。
今日一日で、少しはカシムとの距離も縮まったとは思う、けど状況が変われば口数も減り、少ない会話がより減ってしまうこともある。
その一番の理由が――。
(昼も食べてないし、お腹がすいた……)
一度気になりだすと無視できなくなる。
太陽の位置から十四時は過ぎているだろう、お腹の虫が合唱していた。
カシムも同じ状態なのか、俺の考えなしの行動に横でぶつぶつ言ってるのが聞こえてくる。
ただ歩いていても精神的によくないので、ちょっとした気分転換に再度協力を頼んでみるが、結果は――。
「こんなに早く結論を出せるか!!」
だそうだ。
怒らせただけで終わる。が、お腹も空けばこちらもよりイライラが募る。
「好きな娘のためなることだよ?」
「ぐっ――。……前向きに考える……」
子供特有の無邪気な笑顔を向け逃げ場を塞ぎに掛かると、カシムは村に着くまで渋い顔のまま俺を睨んでいた。
(アキへの想いを使うのか。俺も悪い奴だよなぁ)
他人が見れば俺は小悪魔野郎だろうか? 俺のイライラと引き換えに、今日一日で縮めた二人の距離を一瞬で破壊していた。
村に到着すると、カシムと共にランドさんへ帰宅報告をすることになった。
俺が急に飛び出したことで、俺の姿が見当たらないとアキに心配を掛けていたらしく、ユキさんとルナがアキに付いて自宅で待っているので詫びるようにと、叱られてしまった。それと、カシムも一緒に連れ出していたので探させもしてしまったようだ。
勝手な行動をしたお詫びをした後、考え付いた開墾の相談をしてみると。
「お前えが責任持てるならやってみろ。失敗しても尻拭いはしてやる。手助けにしても、可能な限りは便宜を図ってやる」
と前向きな返答がもらえた。
カシムは内容に驚いていたようだが、ランドさんは俺の言葉を聞いているうちに余程嬉しかったのか、おもちゃを目の前にする子供のような表情になっていた。とても厳ついけど……。
気分も良くなったのか、次いでだと、あの場で各々で対策するように言明したのは最後の手段だったことを教えてくれた。
各々で対策できれば『被害を受けた地区だけはランドさんの力でどうにかできるだろう』との判断で、だから存分にやれとも。
でも最後には、あれだけ乱れる結果になるとは想像できなかった、と悔やんでもいた。
今日の所は、一時間ほど報告すると終了となった。
俺とカシムが昼食を食べていないと知ったランドさんが、食事の用意をしてくれることになったからだ。
だが俺の心は、厚意は嬉しい、気持ちは早くこの場から、今すぐにでも去りたいとの思いでいっぱいになっていた。
思い出すは、カシムを連れ出す際の言葉。
今日の所は遠慮をし、駆け出そうとする俺が後ろを振り向くと――唐突に肩を掴まれる。
振り返れば……ランドさん……。
その後方からは、カシムが聞き取れないほどの小声で何かを囁いている。
「――ヒロ、嘘はいけねえなぁー。それに、悪りいことしたら何が待ってるか、解ってるんだよな?」
カシムの口からは、連れ出された経緯とその後の様子が次々吐き出される。
昔は大人、現在は十一歳。
この世界では、躾のために手をあげて文句を言う大人はいない。
目前には、おもちゃを目の前にする子供のような表情から一変、凶悪な笑顔へと変わる屈強な男性。
全てを知られれば、残るはランドさんからの強烈な愛の鞭。
バシィッ!!!!!
――見事に吹っ飛ぶ俺が視界に捉えたカシムの表情は、実に晴れやかだった。
本当にお待たせしました。
閑話挟んで次話からいろいろスタートします。