第二章 02話
お待たせしました。
一週間振りになってしまいすみません。
現在の時刻は午前八時半を少し回ったところ。
開始は九時頃を予定しているが、出席者が揃ってからの開始となる。
のどかな環境だと時間にルーズになるのは致し方ないのだろう。
アキとユキさんは朝食後の後片付けと雑用があり始まる頃に合流することになっているので、ランドさんと二人で集会場で待つことになった。
(資料も何も無いんだよなぁ。もしかして行き当たりばったり?)
このような集会なんて体験したことがない俺は、会社で開かれる会議との勝手の違いとその動向に期待と不安で胸が膨らんでいた。
「ヒロ! なんで貴様がここにいる?!」
「なんでと言われても、ランドさんから頼まれたからなんだけど……」
最初に会場に現れたのはカシムだった。が、俺の顔を見るなり声を荒げた。
ファーストコンタクトから続く俺とカシム、いやカシムからの口撃。
未だにあの場でアキに対する想いを指摘したことを根に持っているらしい。……それだけじゃないだろうな。想い人が元は身も知らぬ異性と暮らせば心配にもなる。これが一番の理由かな?
それでも十五歳となりこの世界では成人となったのだから、少しは落ち着いて欲しいと思うのは俺だけじゃないはずだ。
「おはようございます! ランドさん。――それで、なんでこの場にヒロが居るんですか? 満足に田畑も耕せない、獣も狩れない、迷惑を掛けるだけのただの穀潰しが!!」
おお! あの状況からランドさんを見るなり律儀に挨拶をした。
会場に入ってきた直後の言動からの見事な切り替えに俺は感嘆していた。それに、後半は言いえて妙だ。
(うん、確かに貢献できてないね)
俺はカシムの言い分に頷いていた。
「ああ? 俺が連れて来たことにカシム、お前さんは言いてえことがあるのか?」
「え? い、いや……そんなつもりは、ありません……けど……」
カシムは俺に指を向け指摘していたが、ランドさんからの一言で一気に弱腰になっていた。
相手は村の長だけでなく剣の師匠でもある。
俺に対しても“愛の鞭”という名の拳骨が飛んでくるのだから、カシムも飽きるほど“愛の鞭”とやらを受けているのだろう。仕方が無いのかもしれないがランドさんにはとことん弱い。
「それにな、成人すればこういう場にも顔を出すことになるんだ。今から場慣れするのは悪いことじゃあるめえ? こいつももう十一だぞ。お前も同じ年には顔を出してただろうが」
カシムは顔だけを動かしこちらを一瞬だけ捉えると、下を向き完全に誠意を無くしていた。
(いつもこうなるんだから、言わなきゃいいのに)
がっくり肩を落とすカシムを見ていると、相も変わらず向こう見ずな発言だったが、多少の同情は禁じえなかった。
そこには、顔を見ると口撃してくる彼を何故か憎めず、その真っ直ぐな性格を眩しく、羨ましく感じていたことも影響していたのだろう。
俺がアキと一緒に暮らすようになり、まずは一年を通して季節ごとの作業を知る必要があった。
村民との交流を深めるのも大切だが今日明日で親しくなるのは難しいので、アキの手を借り田畑の手伝いや森や草原での狩りをして、仲間意識が芽生えてくるのを待つつもりだった。
だが、俺には壊滅的に農耕のセンスがなかった!
果実の採取はまだいい、実ってる果実をもぎ取ればいいのだから。
でも、田畑は別だったんだ。今まで経験がないのだから最初から上手くはいかないと覚悟はしていたが、俺が育てると、まるで呪われてるかのように必ず失敗する。
最初はランドさんの知人の作物、それも収穫前の食料を無駄にした。次に、ランドさんが俺とアキのために準備してくれた水田を二年連続……。
唯一の救いは、アキの領分が成功していたこと。だから余計に凹んだりもした。
以降も作物の手伝いをすると駄目にし、草原で動物の狩りをしても失敗。――っていうか、弓なんて使ったこともないのに、いきなりできるかっての! 腕力も無いから弦も引けないし……。
ただその失敗から連弩のことが浮かんだのだから怪我の功名だ。いつか製作してみようと思う。
しかし失敗をすればそれをフォローする人物もいる。アキが俺のフォローで駆け回る、それが一年も続いた。俺の前では嫌な顔もせずに……。
今は同い年だが、小さな女の子に迷惑を掛け続けるのが嫌で、それからはアイシャに同行しての果実採取と、ランドさんに頼み込んで鉱山開発を手伝うようにしている。
時間が空いた時なんかは俺が考案した道具の試作品を作り、ダグザさんとリリーと試行錯誤を重ね完成に向け改良もしている。これが完成すれば、輸送は格段に楽になるはずだ! ブレーキの問題で実現まではまだまだ遠いけど……。
三十分もすれば主だった者が集まっていた。
俺の参加目的は、この場の出来事を自らの目と耳で確認すること。内容よりも結果を見ることが重要だと、前もって念を押されていた。
平均年齢は高めだろう、四十代から五十代が多いように見える。若い者は作業をしており、その家の家長が来るのだから当たり前なのかもしれないが、俺が知る限り十代はカシム、アキ、ルナを含めても四人だけだろう。
中には隠居してもおかしくない爺さんもいる。
積み重ねた年齢から来る知識が必要な場面もあるが、若い者に、そうもっと後進に任せろと、どうしても思えてしまう。
俺が出席者を見渡していると、ランドさんが顔を近づけ「覚えておけ」と、周囲に聞こえぬよう声のボリュームを落とし教えてくれた。
「(今回の参加者は直接的な被害を受けた者が十四人。――アキはまだ来てねえみてえだが、向かって右側で集団になっているのがそうだ)」
言われた方向を見ると、シャム、フェネック、サテンの両親もいた。向こうもこちらに気付いたので、挨拶代わりに会釈をしておく。
表情は村で見るいつもの温和な表情とは違い厳しい顔つきから、この後どう挑むかがうかがいしれる。
「(次に、左で固まってる六人が被害情報を確認するために来た者だな。元気者以外はお前さんとは接点が少ねえが、こいつらは俺の指示で村の内外を警備してる。――今日手の空いてる者は全員揃ってるな)」
この人達は門番の人とは違い防犯や護衛で借り出されることが多い。ランドさんと情報を共有するための出席となっており、集団にはカシムもいた。
ランドさんとのやり取りを見られたのかもしれない。周りの大人たちから叱責されているようで、頭を下げているのが見える。
「(最後にだ、中央に陣取ってるのが、村の中でも収穫量が多い家の代表者。……発言力も強い八人だな)」
イメージ的には、ランドさんを主としたそれぞれの土地の名主という感じだろうか。
それなのに、ランドさんに向ける表情に敬いは感じられない。逆に軽んじているようにも見える。
そして、この八人の内の六人が昨日の話に出た、とりわけ変化を望んでいない人達。
五つある農耕地区の他の四つの地区で特に収穫量の多い家の代表者。
そう、ご老体共だ!
説明を聞いているとアキとユキさんも合流したので、この会場には総勢三十二人が集まっていた。
ちなみに、カシムは警備の準メンバー扱いだそうだ。
剣技を含め、この村では身体能力が高い方だが成人して間もない。警備内容を覚えさせている最中で、今日もその一環だと教えて貰えた。
その本人は頭を下げていた状態からアキが姿を見せたとたん、瞬時に表面上は普段どおりの姿に戻していた。
内心は窺い知れないが、好かれたいと良く見せるためのそのぶれない態度は驚嘆に値する。
この場での話は二時間余り行われ、結果から見れば物別れに終わった。
俺はというと、眉間に皺を作りながらこの場の流れに身を任せていた。
最初はまだいい、ランドさんが主導していたからだ。
だが今後の対策の話になり、利己主義を唱える一部の人達の態度には我慢がならなかった。
俺はランドさんの隣に座っている。この中の誰かは不遜な態度に気付いているだろう。……そんなことしったもんか!!
まず最初の三十分で質疑応答を交えた被害状況と進入経路の説明が行われた。
残りの一時間半は今後の対策に時間を費やしたのだが、他の四地区は終始現状維持の姿勢を貫いた。
話の切り出しは、ランドさんが提案する対策案だった。
内容を聞いた被害を受けた人達は、今までも繰り返された同様の事案が今後起こらないよう、対策案を取り入れるべきだ! と、村を上げての行動を望んだ。
それに対して現状維持を唱えている人達は、今年はこれ以上被害が出ないよう収穫が終わるまで狩を中止し、その人員でそれぞれの地区に一日五人、二交代制で警備をすれば問題ない。と、来年以降のことは語らず、譲らなかった。そして、魔法を使える者は多くはない。もっと別な事に使うべきだ! とも力強く訴えていた。
話は平行線を辿り膠着していたその時、維持派の人達から『被害を受けた土地は捨てて、新しい場所にもう一つ水田を作れば解決だろう』との不用意な一言。この言葉が双方の対立を決定的にした。
意見が通らずストレスを溜めていたこともあるのだろう。膠着する中で発せられた一言によって、議論ができないほど場を乱してしまった。
被害を受けた者からすれば当然とも言える反応。
短いながらも今の土地で精魂込めて作物を育てていた。なのに当事者である自分達の意見は聞かず、あまつさえ土地を捨てろと――。
収拾が付かなくなるとランドさんは即刻動いた。今まで感じたこともない怒気を放ち、解散するよう命令した!
これが傭兵時代に幾度も修羅場を潜ってきた者が放つ覇気なのだろう。多くの人達がランドさんから目を離せず固まっていた。
俺もこの時ばかりは目を見開き、先ほどまで溜まっていた鬱憤も鳴りを潜めた。
この会場にいる者の中でこの怒気を受け流していたのは、ユキさんを含む元冒険者仲間数人だけだった。
――誰が動き出したか……始めの一人が会場を去ろうとする際には、怒気を押さえ一度全員を見回すと、地区ごとで各々対策するよう言明していた。
これが一連のあらましだ。
俺が眉間に皺を作っていた理由。
話し合いにも参加せず、今回の出来事を楽しむがごとく笑っていた老害共。
協調性の影も形もないこの雰囲気。
雑多の中、視線の先では沈痛な表情を浮かべる一人の女の子。ルナの服の裾をギュッと掴む手は震えていた。
それが分かっているのか、ルナは肩を掴み、片手で抱き寄せている。そして、『君はそこで何をしている?』と訴える鋭い視線が、俺を捕らえて離さない。
繋がれる手、時折伝わる震え。――思い起こされるは就寝時のこと。
この世界に来てからずっと支えてくれている、まだまだ小さな女の子。この場で気に掛けるものは僅か、そこにカシムの姿はない。
その女の子の姿が俺を打ちのめし、現状維持と唱える人達の姿が俺と重なる。……矢面に立つのが嫌で事勿れ主義が刷り込まれている、利己を求めるどこかの国の官僚と同じだと思い知った……。
(――ふっ、ふふふ……やめだ……)
もっと村に馴染めるまでと考えていたが止めだ! 現代知識を使ってでも、他人からエゴだと思われようとも、俺の手が届く人だけ、協力してくれる人達だけを助ける!!
……浮かぶは昨日の想い。待つだけでは駄目だ。なら、手を伸ばせば掴める……そうアキを、迷惑を掛けた人達を助けよう。
これが、ユキさんのあの言葉に応えることにもなるだろう。
まずは、周りに踊らされあたふたしているだけのカシムを巻き込む!