第二章 01話
お待たせしました。
第二章スタートです。
暑さも落ち着きつつあるこの季節。
本来であれば緑色の草原から黄金色の草原へと移り、苦労も忘れ皆の期待も一挙に高まる、そんな季節。
そこに髪の短い金髪の少女が立っていた。後ろには壮年の男性と淑女ともいえる女性。
少女の表情には悔しさが滲みでている。頬にはうっすらと涙の跡も。肩には女性の手が落ち着かせるかのごとく添えられていた。
三人の周りには老若男女二十人程の人々が、ただただ沈黙し、同じ光景を見つめている。
「四年? いや、五年ぶりか?」
壮年の男性が確認するがごとく呟く。
眼前には乱れ荒れる水田。そして、食い散らかされた作物の残骸。
ここ二日の間に起こった出来事。天候が悪く足を運べぬ束の間の……。
数年に一度は起こる動物による獣害。被害は五つある農耕地の中の一つ。ほぼ全てが全滅だ。
被害を受けた作物だけでも、百人が半年以上は食べていけるであろう量だった――。
◆
夕食時、最近は採掘作業を手伝っている俺は、ランドさんから獣害を受けたと報告を受けた。被害状況から推測される収穫の減少量を含めてだ。
ちなみに、現在俺はアキの家で寝泊りをしているが、村長宅でランドさんとユキさん、アキと俺の四人で変わらず食卓を囲むことが多い。
「それで、被害を受けた分はどうするんですか?」
「ん? そうだなぁ……余裕のありそうな者から回すしかあるまい。今までもそうしてたしな」
これまでも同じ出来事が度々起きていたので、ランドさんは数瞬考えると、何気なく答える。
この村では、普段は家族や親類規模で食料の生産をしているが、今回のような被害のでる災害が起きた場合は、村民同士で助け合い生活をしていた。
村は外部から孤立するよう存在しており、持ちつ持たれつの精神が強いのだ。一部の住民を除けば……。
しかし村長夫妻だけは別だ。村の折衝で動き回ることが多く纏まった時間が取れないので、一定量の食料を分けてもらうことで生活をしている。時には狩や漁をすることもあるが、それでは暮らしていけない。
「それよりもこれからだ。今回のは規模が小さい水田だったが、次はどうなるかわからん。獣は味を占めると続けて事を為すこともあるからな」
『規模が小さい』の言葉に隣で食事をしていたアキがビクッ、と反応した。
今回被害を受けたのは、アキも参加して共同管理している地区の水田だ。規模としては他の四つの地区よりは小さいが、ランドさんが以前より準備を進め二年前より開墾が始まったばかりの水田だった。今年もここまで順調に育ち、もう間もなく稲刈りというところまで来ていたのだが……。
この地区の一部の区画は本来はアキと俺が管理するはずなのだが、今年俺はアキから戦力外通告を受け、今は雑草取りの手伝いしかしていない。
昨年、一昨年と俺が手掛けた稲はなぜかうまく育たず駄目にしていた。そう、土地を二等分してアキと育てていたのに、俺のだけが駄目だったんだ!! 見るに見兼ねたのか、今年は手伝いをするな! と、アキから強制的に排除されてしまったのだ。
いつも食事時には楽しげに一日の報告をする元気いっぱいのアキが、この場では表情にも陰りがあり、静かなのがとても気にもなる。
本人は「大丈夫」と言ってはいたが、今日は一緒の部屋で寝ることになりそうだ。
一緒に暮らすようになって知ったことだが、アキは辛く悲しい出来事があると手を繋いで寝る癖があった。人の温もりを感じると心が落ち着くんだそうだ。
母親が存命の時は、悲しい出来事があるとよく手を繋いでもらい一緒に寝ていた。それが母親が亡くなってからは形見の衣類を抱いて寝ていた。母の匂いが温もりを思い出させてくれたんだそうだ……。
一緒に暮らし始め半年もすると、その日は大きな失敗でもしたのか落ち込んでおり、頼まれて手を繋いで寝てからは時々同じことがある。
最近は減ってはいるがそれで落ち着くのであれば、もう少し成長するまでは受けてあげようと思う。
あっ、布団は別々ですよ~。
「――――明日、主だったメンバーを集めて話し合いを行うんだが、立ち会えるか?」
別の事を考えていた俺はボーとしており、説明を続けていたランドさんからの頼みが聞こえていなかった。
すると最近は――。
バシィッ!
「――!? ……痛い……」
一瞬、我を忘れるほどの一発! 拳ではなく手の平なのは多少の思いやりなのか。
最近のランドさんは容赦がなく、今日のように涙目になることもしばしば。もう完全に最初の頃の遠慮はなくなっていた。
勢い良く頭を引っ叩かれると改めて説明され、痛みを感じる場所を擦り、涙目に耐えながら立ち会いに同意した。
隣を見れば、このやり取りを見ていたアキが幾分ぎこちないが表情を緩めていたので、今日は良しとしよう。
「ヒロ、相談してえことがある」
夕食も終わり、一息つき、家に帰ろうとする俺をランドさんが引き止めた。
アキには先に帰るよう促し、この場に残ることにする。
「さっきの獣害?」
「そうだ。今回の原因、お前さんの意見を聞きてえ」
少し纏める時間をもらう。
災害も含めてこれだけ大規模な食料減となる出来事は、この世界に来てから初めてだ。
まずは獣害以外の原因があるのかを考えてみる。
新聞やテレビくらいでしか知らないが、水田が被害を受けるのは、鳥害 獣害 自然災害の三つだよな?
内容を聞く限り、薙倒されていたり水没ではなく作物が荒らされていることから自然災害はない。鳥害も考えられるが規模や被害後の様子からすれば違うのだろう。草原には猪や鹿、狼など多種多様の獣が群れを作ることもある。とすれば、残るは可能性は獣害だけになる。
ただ今回は、猪などの草食系の獣の可能性が高いのではないか? 肉食系なら先に家畜を狙いそうだしな。
この村でも草原での狩が不調な年には、狼による家畜被害が出ることもあるそうだ。稀に熊の被害も。
狩が不調なのは獣の絶対数が減っているからだろう。餌となる獣が少なければ肉食系の獣は腹を空かせる。傍から見ても普段よりも警戒心が高く凶暴になるそうだ。普段は狼人や熊人には近づこうともしないのに、この時ばかりは向かってくるとも。
これはシンリンに聞いたので確かだろう。
シンリンの実家は畜産で生計を立てている。狼や熊は同属に近い雰囲気を持つ狼人や熊人に警戒感を示すので、狼人や熊人の人達は畜産をすることが多いそうだ。昔、水田で会ったのは、たまたま雑草取りの手伝いを頼まれていたからだとも。
ちなみに、アイシャはあまり荒事が得意ではないので、森で果実や薬草を採ったり、誰かの手伝いをしていることが多い。両親からは畜産の手伝いをするようしつこく言われているが、逃げ回っていると本人が言ってた。
「被害状況をもう一度教えてもらえますか?」
「分かった。少し待ってろ」
ランドさんは腕を組むと、纏まったのか話し始める。
「……俺が呼ばれてからの状況になるが、稲の大半は食い荒らされていた。残った部分も獣に踏まれたり、折れてたりしてもう無理だろうな。そんで侵入路だが、それは水路だ。柵の外の水路周辺に獣の足跡を大量に見つけたんで間違いはねえだろう。前日までの雨で土も柔らかくしっかり跡が残ってたしな」
俺は柵がどのように配置されていたか記憶を辿ると、水田を囲んでいる柵の水路部分だけは完全には塞いでいないのを思い出す。柵は水路の上を通して水田に侵入できないようにしているだけで、水の中は無防備となっていた。少しでも泳げる獣なら侵入も容易に行えるだろう。
原因が解っているのなら話は早い。
「なら、水路を塞げばいいんじゃないですか? 今後のことも考えるなら、今ある水路の数を呼び込む水路と外に吐き出す水路の二本にし、柵内は水田に行き渡るように一本通す。これなら侵入路は減らせる。外と繋がる水路には、水の流れに邪魔にならないように柵や杭を打てば獣も容易に入れないでしょう? 現存するのを変えるので開発は必要でしょうが、これから寒くなる季節です。刈り入れが終わればできるんじゃないですか?」
今はその地区の区画ごとに水路を呼び込んでいるので数が多い。改善させるだけでもやる意味はあるはずだ。
「そうだろうな。それができるんならな……」
ランドさんの表情は浮かない。
提案した内容にではない、別の何かに囚われているようだ。
「開発ならルナもいるし、ランドさんの知り合いの方もいるじゃないですか。シエルさんが帰ってくれば、お願いすることもできるでしょう? 村にも何人か土属性の魔法を使える人もいましたよね?」
浮かない原因が読めないので、土魔法が使える人にお願いすることも提案する。
この世界の魔法は、ゲームとかのように誰かを殺すほどの殺傷力がある魔法は数が少ない。工夫次第ではどうとでもなるが非効率すぎるのだ。
まず大多数の魔法使いの魔力量は多くない。強力な魔法は魔力の消費も激しく、回数も限られてくる。戦場で活躍しうる規模の遠距離魔法となると、例外を除けば一日で一~二発が限度だ。
ルナ曰く、距離が離れればそれだけ魔力も必要となるそうだ。短距離に放つのと長距離に放つのでは、それこそ何倍もの魔力が必要だとも。一撃離脱なら話は別だが、余程運用に自信がなければこれでは戦場では役に立たない。
もう一つの理由が、魔力は一日休んでも最大魔力の半分しか回復はしない。もし魔力枯渇となった場合、最大魔力の三分の一というから注意も必要だ。
このような訳で、この国の戦ではもっぱら剣兵や槍兵、騎馬や弓兵が主流となっている。
これはこの世界から強力な魔法が失われてかなりの年月が経ち、もっぱら魔法が生活に必要なことにしか使われなくなったことから起きたことだ。今後大規模な国家間の戦争でも起きれば、また別の話になるかもしれないが……。
「ルナ達の問題じゃねえんだ。当事者の問題なんだ!!」
ランドさんは『当事者』の言葉の辺りで顔を歪める。語尾は無意識に上がったようだ。
心を落ち着かせるよう一呼吸置くと、続きを口にした。
「良い機会だ。ヒロには伝えておくぞ」
ランドさんとユキさん、一部の人達が抱えている悩み。村の膿だと前置きがあると。
「この村の年寄り連中、特に後年この村に住み着くようになった連中の大半が今の生活を良しとし、変化に消極的なんだ。特に今回みたいに一度慣れたものに手を加えることになると、特にな。『変える位なら新しいことに力を注げ』これがご老体共の言い分なんだ。特に水田は多くの者が関わっている。開発するのにはそこに関わる者の同意が必要なんだ。現状維持じゃこの先に待つ結果が解っていても、俺だけじゃ勝手ができねえんだ!」
過去にも同じ出来事があったのか、ランドさんの手は力強く握られていた。その思いの丈を俺にぶつけないよう、まるで自分にぶつけるかのように。
「昔、お前さんの意見で井戸に滑車を付けたろう? あれも同意が得られないのが分かってたんで、俺が管理してる井戸に付けて様子を見ることにしたんだ。何度も汲む必要がある者からは概ね好評だろ? 僅かでも労力が軽減されるんだからな。それなのに、だ。あれから他の井戸への要望は上がってこねえ。これが現実なんだよ。考えも古く閉鎖的な奴が多い。これには……そうしてしまった俺にも責任はあるんだがな……」
「そうすると、打つ手はないと思いますよ?」
「そうだよな。……悪りいが、お前さんなら何か手はねえかと思ったんだ。そうだよな……。飯ん時にも言ったが、明日の集会には顔を出してくれや。無駄かもしれねえが、聞いてるだけでいいんでな」
「わかりました。何か言っても逆効果になりそうですしね」
一先ず話も終わり、家に帰ることにする。
建物を出ようと扉に手を掛けると、ユキさんが自室からこちらに歩いて来た。
自分が同席したのではランドさんが弱音を吐きにくい。と、敢えて席を外していたみたいだ。
別れの挨拶を済ませた後、最後に「お願いね」の一言。
これには様々な意味が含まれているのだろう。
――帰り道。
(どこの世界でもしがらみに縛られると、解ってはいても、好きには出来ないんだ)
ほんの十分程前に聞いた内容を思い返すと、どうしてもこの世界に来る前の仕事を思い出してしまう。
(まだまだ知らないところで問題山積なんだなぁ)
一度深く息を吐くと、ふと夜空を見上げてしまう。
身近なこの場所には刻を停滞させる止め具が刺さっている。進めるためにはその止め具を外すしかない。そう、外す何かが必要になっている。
見上げる眼前の星々にはいくら手を伸ばそうが届く事はない。それでも指の先では常に刻は進んでいる。
ランドさんの切実な言葉。
……無知のままでは、この先いくら手を差し伸べようと刻を掴むことができないんだと。待つだけでは進まないんだと。そう思い知った。
帰宅直後、アキに話の内容を聞かれたが、対処方法を尋ねられただけと答えることにした。
わざわざ要らぬ心配をさせる必要はないと考えたからだ。
就寝時には予想通りの展開となったので、一緒に寝ることとなる。
自分の部屋から布団を運んできたアキの表情は、夕食時の一件で僅かながら気も晴れたのか陰りはなくなっていた。
それでも繋いだ手から時折震える振動を感じると中々眠りに付けず、アキが眠りに落ちるまで付き合うことになってしまった……。
11/22 内容に不備があったので、一部分を削除しました。




