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名もなき村の領地開発  作者: スズヨシ
第一章 やっぱり準備は大事(1年目8歳)
13/25

第一章 07話

 この世界で目が覚めてから今日で十日目。

 村長宅このいえで寝泊りするのは今夜で最後になる。……ランドさんが問題ないと結論付ければだが。




 ――昼食後、リビング。

 この十日間の夫婦の結論、そして明日以降の生活についての話が始まる。

 席に着いているのは、ヒロと正面の席にランドさん、隣にユキさんの三人だ。

 テーブルにはミルクも置いてある。

 アキは同席していない。夕方までは戻らないとのことだ。

 聞かせたくない内容でもあるのだろうか?

 なぜ同席しないのかを考えると、緊張で顔が強張る。


「この十日間お前さんを見ていたが、後遺症らしきものは見えなかった」


 早速とばかりにランドさんは口を開く。

 ユキさんはいつもと違い、至極まじめな表情で俺を見ていた。


「まぁ、二日程寝込んでいたが、あれは後遺症とは違うだろう?」

 

 疲れから熱が出たと感じていたので素直に頷いた。


「アキとも仲良くいってるみたいだしな。……明日からアキと暮らすことに反対はねえ。ユキはどうだ?」

「私も反対派はありません」


 ユキさんは素直に肯定する。

 その言葉に俺は頬を緩めホッとした。


「だが――」


 ……。


 一瞬の静寂。


「だがな、一つ聞きたいことがある」


 ランドさんが少し躊躇うように一呼吸すると、鋭い鋭気が放たれる。


「ヒロ、お前……記憶、残ってるんだろう?」

「――!」


 俺は瞬間的に目を見開くと、直ぐに目線を下げた。


 その刹那の光景をユキは逃さない。目を離したのは旦那から問いかけがあった時のみ。昔に養った洞察力でヒロの様子を見続けていたのだから。

 ユキはランドへと目線を送った。ヒロの動揺を見て取れたからだ。

 そしてここまでは、この席の前に夫婦が決めていた段取りでもあった。 


 ――今、俺の眼にはただ一点、テーブルの下でギュっと組んだ自らの手だけ。皮膚には爪も食い込んでいたが気にすらならない。

 ランドさんが発した言葉は確証があってのことだろう。誤魔化しはきかない。誤魔化しは、夫婦を裏切ることになるからだ。

 頭の中には見放される恐怖と四日前に逃げ出した答えを見出せない問い。

 そして、確証を持たせた出来事とは? まだ回避はできるのか?

 ……何の手掛かりも無いのだから、結論がでるはずもなかった。



 ただ静寂だけが時を進めていく。

 ランドとユキも身動きもせず、ただただ、言葉を待っていた。

 どの位の時間が過ぎたのだろう、五分か、十分か、それとも一時間か……。


(驚かせすぎたか?)


 ユキに眼で問いかけると頷くのを確認する。

 こういう時は長年連れ添った仲だと助かる。言葉にせずとも伝えることが出来るんだからな。

 ユキには予め伝えておいた。

 間違いなくヒロは何かを隠している。それが何かはまだ分からねえが、行動ヒロを見てれば悪い状況にはならねえだろう、と。

 しかし、相手は子供だ。隠していたのなら、まずは諭さねばならない。俺は、初日あのときにヒロを息子と言ったのだ。黙っていたのなら、厳しくとも躾をするのが義父おやの勤めだ。

 もしそれでもヒロが言い出せないのなら……俺の言葉では足りないのなら、次は夫婦で受け止めてやろうと。


 ランドは気持ち表情を緩めるといつもの表情かおに戻す。その気配を感じたユキもヒロを安心させるかのようにいつもの微笑みを浮かべる。


(……迷うよな)


 仕方が無いと口を開きかけた――。



「……どこから、気が付いていたのですか?」


 俺は搾り出すように発した。


「どこからか……。最初の日からだな」


 思い出すようにゆっくりと答えた。

 俺はまだ顔を上げられずにいる。


「最初は盗賊の仲間を疑った。だが、お前さんの言動から数日の内に違うと判断した。丁寧すぎたんだ、言葉も仕草も。俺は傭兵として盗賊のアジトを何個も潰してきたが、お前さん位の年でお前さんみたいなのには会ったことがねぇ」

「次に、初めて会った日に言ったよな? 全ての有様が分からねえと。それなのに俺たちとの会話は全て成立していた。直ぐには気付けなかったが、それに気付いた時、何か心に隠していることがあるんだろうと踏んだ。悪りいがそれからは、俺も、ユキも、お前さんをより観察させてもらった。もちろん、体調の変化を心配していてのは本心だ」


 ランドさんは「今までのが状況から判断したこと」と一息つくと続けて口を開く。


「そして、この十日間でまず引っ掛かったのは経木。まぁ、お前さんは書き留められる物って言ってたがな。書き物を欲しがるってことは文字を書けるってことだろ? 記憶がねえのに書くのは無理だわな。……文字を学ぶには、それなりの身分と金も必要だ。賊は子供ガキに金を掛けねえ。このことが盗賊じゃねぇと判断する要因にもなったがな」

「次に漁でのこと。俺は何も教えてねえのに、躊躇もせず網を取り投げ入れた。初めての者はああも上手く投げ入れられねえ。お前さんは少なからず経験があるんだろうが、記憶がねえなら網の持ち方にも少しは戸惑うもんだ。初めて投げ入れた時は、そうだったろ?」


「――最後に、この経木だ」


 ユキさんが何かを取り出す仕草をすると、テーブルの上に置いた。

 目の端から見えるそれは、数日前に俺が書き入れた経木(紙)だった。


「ごめんなさいね。ヒロが熱を出した日、本当に偶然なんだけど、この経木が束から落ちてるのを見てしまって。……戻そうと手に取ったら何か書いてあるのに気付いて。申し訳ないとは思ったのよ。でも、ヒロは寝てるし起こすのも悪いから……。何か思い出したのかと読んでしまったの。そうしたら、私達でも知らない内容も書いてあって……」


 ユキさんは悪いと感じでいるのか言葉に詰まった。同時に顔もしかめているのだがヒロは知らない。


「まぁ、ヒロが最初に『名前とここの場所だけが分からねえ』と答えていれば、ここまでは気にしなかったかもな」


 最後の言葉に俺は心の中で舌打ちする。

 最初からだ。全て最初から間違っていた。

 頭の中では『放り出される』のではないかといっぱいになる。

 もう口の中はカラカラだ。


 ヒロはまだ顔を下げたままだ。

 ランドはしようがないという感じで肩をすくめた。


「もう一度聞くぞ。ヒロ、お前さんは何者だ? そして、どこから来たんだ?」


 その言葉を聞くと俺は顔を上げた。


「え? なんで?」


 その顔は驚きの顔に変わっていた。

 ランドさんもユキさんも普段いつもの表情に戻っていたからだ。


「お前さんの言うことは信じてやる。本当のことを言ってくれ。それがどんなことでも受け止めてやるから」


 今は八歳、元が二十二歳。年齢がいくつだろうが人の情は心に響くものだ。

 それが、何も知らない場所に一人放りだされるかもしれないと考えていればなおさらだ。

 ――自然と涙も出てくる。


「……少しだけ……少しだけ、待ってください」


 先程までの悪夢かんがえは消えていた。 




 俺は気持ちが落ち着くと、目の前のミルクで喉を潤し全てを話した。


 “元はこの世界の住人ではなく、目が覚めたらこの世界にいた。

  目が覚める前の記憶は二十二歳だった。

  文字や計算はその世界で学んだ。

  元の世界はこの世界よりも栄えていた。

  そして、名前だけは本当に覚えていないと。”


 夫婦は何も言わずに聞いてくれた。

 話が終われば、ランドさんは「そうか」と腕を組んでいた。

 ユキさんはランドさんの言葉はんのうをじっと待っている。


「……正直、俺にはその世界のことは分からねえ。でもここで暮らしていくのなら、俺達は記憶のことを誰にも言うつもりはねえ」


 この村で暮らしてもいい。ランドさんはそう言った。


「だが、アキにはお前から伝えるんだ。それがここで受け入れる条件だ!」


「――はい。……ありがとうございます」


 信じてくれてありがとうございます。受け入れてくれてありがとうございます。

 アキがどのような反応を示すかは分からない。嫌われるかもしれない。

 それでも感謝の気持ちで溢れていた。




 ――その後、夫婦には元の世界にほんの情勢や経木に書いた道具に関して聞かれた。

 途中、車や飛行機が出た時の食いつきは激しかった。

 そりゃあ、馬よりも早く、空を飛びながら目的地に移動できるのだから無理はない。

 この世界では人を乗せて空を移動できるのは竜族だけだそうだ。そして背に乗るには、竜に認められるしかない。時には命を掛けてでも。

 俺では製作ができないと知った時の残念そうな顔は、しばらくは忘れられないだろう。

 だって、大規模な電気を発生・維持する方法なんて知らないし、あんな複雑な電子製品なんか製作できない。

 そりゃ、俺だって欲しいさ。テレビや携帯、冷蔵庫に電子レンジ。あればどれだけ楽になるか……。


 それでも日本の技術を村に使えないかと考えれば、製作できる物から作るしか方法はない。

 村の生活が厳しいのはランドさんも承知している。今までは余裕もなく策を講じられなかっただけだ。

 でも今は、知識を持つ俺がいる。使わない方法はない。


「この村の先々を考えてくれるなら、直ぐにとはいわねえ。お前さんが中心に進めてくれ。そのためにもまずは、村をもっと知ってくれ。そして、村民みんなとの信頼を築け。そうすれば、手を貸してくれる人も出てくるだろう。もちろん、俺は貸すぞ!」

「わたしもよ。どれだけ力になれるか分からないけれど、遠慮なく頼ってね!」


 ユキさんからはウインク付きだ。


「それにな、俺はこの先いつまで生きられるか分からねえんだからな。俺が間に入らなくとも動けねえと駄目だろ? それとも、いつまでもアキに泣きつくか?」


 何かランドさんに煽られてる気分だが、実際にそうなのだから反論はできない。

 ユキさんも助けてくれるんだから、ここで暮らしていくのなら信頼を築くのは重要だ。俺はまだどこの誰かも知れない子供なんだから。……アキにお世話になりっぱなしは、男としても大人としても情けないし。

 でも、滑車、リヤカー、一輪車位はランドさんにやってもらおう。少しは楽したいしね!




 夕食前には、結果を知りたいと村長宅い えに飛び込んできたアキにも記憶のことを伝えた。


「えっ? それでヒロが誰かに変わったりするの? ヒロはヒロなんでしょ? 変わらないなら別にいいじゃん。そんなことより、明日から楽しみだね!!」


 で、済んでしまう。

 意を決して伝えるまでの緊張を返して欲しいくらい簡単に……。




 さあ、明日はアキの家へ引越しだ。

 必要な生活道具は、アキがリリーに頼んで揃えてくれた。

 昨日村に戻った直後に別れたのは頼んでいた道具を取りに行く為だったのだ。


(ランドさんやユキさん、そしてアキには、いつかこの恩を返すことができるんだろうか?)


 将来村を出ることになっても、せめて貰った恩だけは返すと心に刻んだ。




 明日からは新しい生活のスタートだ!

 覚える事は沢山ある。

 何が待ち受けるかは分からないが、一つ一つこなして行こう……受け入れてくれた人達と。

 ヒロの顔は晴れ渡る晴天のようだった。


 電気もガスも無い、この先どうなるか想像もつかない異世界生活が始まる。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

第一章完結となります。


07話は今表現できる精一杯の力で書きました。

どんな状況であれ、極限の中で無償の情を掛けられると、考えるよりも先に感じてしまうのですが、表現できたでしょうか?

楽しんでいただけたらとても嬉しいです。


この後は、閑話を入れて第二章となり色々動き始めます。

ここ最近は時間が取り難いので投稿が遅れてしまうかもしれませんが、

引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。


最後になりますが、初投稿から20日程でトータル1万PVとユニーク2500オーバー

沢山の方々に読んでいただけたこと感謝です。

そして、ブックマークや評価をいただけた方々、投稿の励みになります。

まだまだ続きますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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