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9.ふたりでショッピング

 ネカフェの外に出るときに改めて看板を見た。店名は『フェアリーサークル』というらしく、手を繋ぐ小さな妖精たちと花やキノコのイラストがあしらわれている。


 ……でもこの店にいる妖精は、引き篭もりでジャージ姿の残念な妖精族(フェイ)しかいないぞ。


 なんとなくズルい気がしたが、ネカフェに妖精を求めてやってくる客はいないのだから、これでいいのだ。

 看板を見上げていた僕を「なにボサっと突っ立っとるんじゃボケ」とケーニッヒが怒鳴りつける。慌てて僕は足を早めて階段を下った。


 ネカフェの入っている雑居ビルの前に路上駐車されていた黒塗りの高級車に乗り込む。鍵を渡されたので運転席だ。今日もヤクザの運転手を務めさせられるらしい。

 素早く乗り込んだケーニッヒは、昨日から弄っていないのだろう、座席の調整をせずに助手席でふんぞり返っていた。

 車を発進させてすぐ、ケーニッヒは僕の方を見て顔をしかめた。


「それだと格好がつかんな」

「服ですか。お金がないんですよ」

「チ。仕方ないのう。手持ちも無しじゃ聞き込みもできんわ。小遣いくれたる」


 ケーニッヒはしぶしぶといった様子で懐から札入れを取り出し、数えもせずに数枚の紙幣を僕に寄越した。


 ……おお。ヤクザに小遣いを貰ってしまった。


 僕の社会的経験値がぐんぐん上昇している気がする。ダメな方向に。

 受け取った紙幣を見ると、1万YEN札が6枚もある。こんなに貰っていいのか。ヤクザの金銭感覚に戦慄しながら、僕ははたと気づいた。


 ……手術着にポケットがない。


 仕方なく紙幣をパンツのウェストに挟む。それを見たケーニッヒが嫌そうな顔をして「それはもうお前のもんじゃ。絶対に返すなよ」と当たり前のことを言った。返しませんとも。

 かくて無事に軍資金を手に入れた僕は、服屋がどこにあるのか知らないのであった。


「ケーニッヒさん。服屋ってどこにあるんですか」

「どこでもええやろ。そこの通りにないか。――お、あれはどないや」


 ケーニッヒが顎で指した先には、スポーツ用品店があった。ショーウィンドウにジャージが飾られている。


「ジネッタとお揃いやんけ」ケーニッヒがゲラゲラと笑った。

「ジャージですか……」


 この世界の物価は分からない。1万YEN札があれば少なくともネカフェに3泊ほどできるのは知っているのだが。

 とはいえ服にお金をかけても仕方ない。着替えに2着は欲しいし、換えの下着も買わなければならないのだ。聞き込みにもお金がかかるような言い方だったのも気になる。

 僕はスポーツ用品店の前に車を停めた。ケーニッヒが「お、ジネッタとお揃いにするんか」としつこい。


 僕は紺色のジャージを2着と白のスポーツシューズ、ボクサータイプのトランクスを1枚、Tシャツ2枚を肌着用に買った。

 更にリュックサックも目に留まったので購入を決める。これが服屋ならなかったかもしれない必需品だ。不本意ながらスポーツ用品店を勧めたケーニッヒの慧眼に感謝するしかない。


 しめて3万YEN超、早くも小遣いを半分使ってしまった。


 精算を済ませていると、横からケーニッヒが「なんや。あずき色にせんのか」とからかってくる。本当にしつこい。

 試着室を借り、手術着を脱いで肌着を身につけ、紺ジャージに着替えた。手術着はビニール素材の丈夫なものなので、何かに使えるかもと貧乏根性でリュックサックに畳んで入れた。


 僕が着替え終わって店を出ると、ケーニッヒは車の助手席でタバコをふかしていた。この世界のタバコにもニコチンは含まれているのだろうか。

 どうでもいいことを考えながら運転席に乗り込むと、「さっき思い出したんやが、ケータイがないと不便やろ。買うちゃるわ」と言われるがままにケータイショップに寄ることになった。


     ◇


 ケータイショップ。そうこの世界にもケータイはある。しかも日本にいたときに持っていたスマホより便利そうなものが。


 物理法則を無視するという点で、魔法を用いた技術全般が便利なものににるのは必然である。

 ケータイもそのひとつだ。

 一種の永久機関を簡単に実現できるため、まずバッテリではなく発電能力を自前で備えている。更に仮想ディスプレイも実用化されており、液晶画面が必要ない。

 入力装置もネカフェで見たような仮想キーボードと仮想タッチパッドを出現させれば、いつでもどこでも据置型の端末と同様の操作性を再現できる。

 さすがにCPUやメモリは物理的な大きさに依る部分が多いものの、それでも空間に情報を格納するという荒業でハイスペックを実現している。


 結果として、パソコンとの垣根すらなく、ケータイは恐ろしく高度な情報端末に成り果てているのだ。同時にかなり高価でもある。

 また値段以外にもうひとつ弊害ができた。高機能すぎて歩きながら使うのに向いていないことだ。そのためこの世界で歩きスマホを見ることはまずない。立ち止まって落ち着いた状態でしか展開できないし、しないのがマナーになっている。


「最近の流行りは二つ折りやな」

「二つ折り、ですか」


 僕の感覚では片面全部がディスプレイで覆われたスマホが一般的で、二つ折りのケータイは一昔前、という感覚がある。

 だがこの世界ではディスプレイの面積をやっきになって増やす必要がないため、ストレートタイプのケータイはプラスチックの板にしか見えない。

 そのプラスチックの板が2枚、縦に連なってヒンジで折り曲がるようになっているものが二つ折りタイプだ。

 さらに店頭にはそれ以外にもスライド式というのもあった。これはプラスチックの板が2枚重なっているが、上の板が下の板に対して縦に半分ほどズレるというものだった。


「あの、ストレートタイプじゃ何か不都合があるんでしょうか。僕にはどれも同じように……いや無駄にすら見えるんですが」

「なに言うとるんじゃ。ほれよう見い」


 言われるままに実物大模型(モック)を手に取ってみると、仮想入力装置だけでなく物理ボタンもあるのが分かった。

 これは電話だけを簡易に起動、操作するためのもので、据置型端末との数少ない違いでもある、とのことだ。

 だがケーニッヒによると、鞄などの中に入れたストレートタイプが物理ボタンの誤入力で起動することがあるらしい。実際、ケーニッヒもポケットに入れたケータイが意図せずに組長に繋がってしまい、無言通話を怒鳴られたことがあるらしい。


 ……なにそれ怖い。ケーニッヒの番号、アドレス帳に登録したくない。


 でもそういうわけにもいかない。なんせ買ってくれるのはケーニッヒだ。

 さきほど言った通りケータイは据置型端末と同等の性能を誇り、値段も同等だ。だからジャージを買う前の小遣い全額でも買うことができないのである。


「じゃあこれで」

「それでええんか。ならわしの名義で契約してきたるから、ちょっと待っとれ」

「はい。よろしくお願いします」


 メタリックシルバーの二つ折りケータイを選ぶと、ケーニッヒがカウンターに向かった。恐らく通信契約にも市民登録証が必要なのだろう。その点でも僕が単独で手に入れるのは難しいわけだ。


 数分後、無事に僕のものになったまっさらな新品ケータイに、ケーニッヒの電話番号とメールアドレスを登録させられた。

 最初に登録するのがヤクザのオッサンの番号とは。分かっていたが、嬉しくない。

 そうだ、後でジネッタの番号を教えてもらおう。いやでもジネッタ、ケータイ持ってるのかな。


 僕はケータイをジャージの上着のポケットにしまい、運転席に乗り込んだ。横の強面(こわもて)ヤクザを放って弄っている暇など無い。

 ようやく準備が整った。さあ冒険者ギルドに向かうぞ。

 次回は二人目の女性(ヒロイン)が登場! 潤いのない現状に、救世主となるか?

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