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8.金の匂いがぷんぷんする

 バックヤードには応接セットがある。低いテーブルを挟んで、硬いふたり掛けのソファがふたつ向かい合わせになっていた。

 片方にケーニッヒがひとりで座り、僕とジネッタはもう片方にふたりで腰掛けた。


「よう眠れたんか。元気そうやないけ」


 ケーニッヒは僕の顔を見て、ニヤリと笑った。悪相がより酷くなる。


「はい。ジネッタさんにお世話になりました」

「ちょ、……」


 ジネッタが慌てて僕を遮ろうとしたが、何がマズかったか分からない。首を傾げてジネッタを見るが、彼女は既にケーニッヒの方を向いていた。

 ケーニッヒは何が面白かったのか、僕とジネッタを順番に見て吹き出しながら言った。


「ジネッタに世話になったんか。おもろいやんけ、お前。やっぱ拾いもんやったわ」

「う~……」


 僕は会話についていけない。ケーニッヒが何を面白がっているのか分からなかった。

 ケーニッヒは懐からタバコと数枚のコピー用紙を取り出した。タバコは持ったまま、コピー用紙は机に放る。

 コピー用紙には何か印刷されているようだ。ジネッタがそれを拾い上げて読み始める。ケーニッヒはやはり魔法でタバコに火をつけ、吸いだした。


「それは今朝のウェブにあった三面記事のコピーや」

「ブンキョー区の路地裏で銃撃事件、目撃者なし、被害者の有無と犯人不明、という奴ですね」


 ジネッタが読み上げた内容に、ドキリとした。

 地名は分からないが、路地裏で銃撃事件といえば、心当たりがひとつあった。昨晩の黒尽くめのテロリストたちだ。

 派手に発砲していたから、騒ぎにならないはずがない。


「せや。だが人の口に戸は立てられへん。昨日の深夜23時前後、揃いの黒スーツを着た男たちを見た奴がおる」


 逆算すれば時間もそのくらいだ。黒いスーツの男たち、というキーワードからして、僕の追っ手たちの話だ。

 内心で動揺するのを悟られないよう、できるだけ表情をそのままに聞く。


「でな。そいつらの素性は調べたらすぐ分かったわ。その黒スーツどもは国営企業群イセの犬っころ、――つまり特殊工作員やった」


 ……え?


 僕の意外感が顔に出たらしい。だがケーニッヒはそれを別の意味に捉えた。


「どや。金儲けの匂いがするやろ?」

「え、ええ」


 どういうことだ。あの黒尽くめ達はテロリストじゃないのか。

 テロリスト、とだけ言われてなんとなく納得した僕が馬鹿だった。テロって何か目的があってするものだろ。何が目的のテロだかも聞いてないじゃないか。

 そういえば奴らの服装はメン・イン・ブラックばりに整っていた。揃いの黒スーツにミラーシェード。銃も同じ形の拳銃だった。

 テロリスト、というにはお行儀が良すぎる。それも異世界のことだから、そういうものだと思っていた。テロリストでも組織の秩序が整っていれば、服装や武装も揃っているものだと。

 違うのか。国営企業群イセの工作員? 僕を造ったのはそのイセの研究所だったはずだ。自分の研究成果を奪い合っているのか?


 ……いや。国営企業群イセは企業()、つまり複数の企業を指してそう呼ぶ。その企業群が一枚岩であるとは限らないんじゃないのか。


 僕はとんでもない思い違いをしていたらしい。あれはテロリストじゃなかったのかもしれない。

 じゃあ、オジサンは? あの名前を聞く前に撃たれて死んだ、オジサンは対立する企業の工作員に撃たれたのか。

 いや、そもそもオジサンは本当にイセの研究者だったのか?


 ……目的といえば僕は、魔人(ヒューマノイド)はどうして造られたんだ? 国営企業群イセの目的は? 僕は何も知らなさ過ぎる。


 ぐるぐる回る思考を他所に、ケーニッヒとジネッタは三面記事のコピーを挟んで話を続けている。


「イセの特殊工作員というと、本社の非合法部門ですか」

「いや。どっちかっちゅうと枝葉の企業のどれかやろ。というのもな、こういう情報もあるんや」


 新しくコピー用紙を取り出すケーニッヒ。何をもったいつけて隠していたのか、それをテーブルに置いた。

 身を乗り出すジネッタにならって僕もそれを覗き込む。

 そこには『ミホ・マギテクノロジーの敷地内で爆発事故。記者会見いまだ開かれず』という見出しと、記者の怒りをはらんだ記事が印刷されていた。


「こんなニュース、ありましたっけ」ジネッタが小首を傾げた。

「それな。記事になる直前で差し止められたんや。今もまだメディアで流れとらんやろ」

「そんな馬鹿な、大事故じゃないですか!」


 口角泡を飛ばしジネッタが顔を上げた。それを見て満足そうに頷いたケーニッヒは、タバコを灰皿に押し付け、親指と人差し指で円を作って上に向けた。


「な? ごっつ金の匂いがするやろ。こないな案件、見逃したら大間抜けや」


 そのヤクザは、獲物を見つけた獣の顔をしていた。


     ◇


 その場をしばしの沈黙が支配した。

 髭もじゃドワーフのケーニッヒの顔が怖かったのは僕だけじゃないようで、ジネッタも押し黙っている。


 僕は自分の置かれている状況に見通しが立たず、頭が真っ白になってしまっていた。

 どうしよう。どうしたらいいの。

 追っ手がテロリストじゃなくなっても命の危険に変わりはない。何か自分を守る方法を考えなければ。どう立ち回ればいいのか情報を手に入れなければ。


 思えば。このように強烈なプレッシャーを与え、相手の思考力を奪い都合よく突き動かすのが、ヤクザの交渉術なのだったが。そのことを、僕はまだ知らない。

 だから「どうしたらいいのか」分からない僕は、「こうしたらいい」と言うケーニッヒの言葉を疑いもせずに聞くことになった。


「ユウ。お前はまず冒険者ギルドに登録せなあかん」

「冒険者ギルド?」

「せや。ギルドに登録すると、実力や適正に合った仕事を回してくれるんやが、それはいい。ギルドに登録しとけば、冒険者ギルドの身分証が発行されるのと、それを使って幾つかの公共施設に入れるのが重要や」

「身分証は大事ですね」

「おうよ。ギルドに登録するのに市民登録証がいるが、お前の市民登録証はまだ用意しとらん。だから窓口の奴にちょいと頼まなあかんが……まあそれはわしがいれば大丈夫や」


 つまり市民登録証がなければ発行できない冒険者ギルドの身分証を、市民登録証なしで手に入れるというわけだ。間接的に僕は市民登録証を持っているかのように振る舞えるし、それ自体も身分を証明するものだ。社会的な不安定さを少しは解消できる。


「ギルドに登録したら、ユウは冒険者ギルドで聞き込みや。銃撃事件と爆発事故のな。わしは窓口にズルさせることはできるが、冒険者から話を聞くには向かんからの」

「分かりました」


 知らないひとに話しかけるのは得意ではないが、やるしかないだろう。嫌です、と言って放り出されても困るし、身分証は欲しい。

 記事のコピーをしつこく眺めていたジネッタにも、ケーニッヒは仕事を命じた。


「ジネッタ。お前はミホ・マギテクノロジーを徹底的に洗え」

「う? うん」


 コピー用紙をテーブルに置き、ジネッタは立ち上がる。そしてそのままバックヤードを立ち去ってしまった。眠そうな顔をしながら行動が早い。

 僕が少しだけネカフェ妖精のことを見なおしていると、ケーニッヒも立ち上がって言った。


「お前も立つんじゃボケ。ぼんやりしとるとガンガン鮮度が落ちるでえ」

「は、はい。 ……鮮度?」


 僕が首を傾げてケーニッヒを見ると、「事件の鮮度やアホ。言わすな」と今日みた中で一番の悪い笑顔を浮かべた。

 ユウはケーニッヒに引っ張り回されているおかげで、なかなか自分のことを検証する時間がとれません。インターネットしちゃったしね。

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