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7.午後のネカフェ

 厨房と呼ぶには狭く、電子レンジと冷蔵庫とガスコンロのみの一般的なキッチン。それがこのネカフェの調理スペースの全てだった。

 僕とジネッタは、隅にある小さなテーブルに向かい合って座った。ジネッタは背中に身長ほどの大きさの羽根があるため、背もたれのない椅子に座っている。

 僕はカレーライスを食べた。甘口で食べやすかったが、中辛に慣れた口には物足りなく感じたが。


 ジネッタもペペロンチーノを食べ終えトマトジュースを飲んでいる。僕はいい機会なので聞いてみた。


「ジネッタさん。ケーニッヒさんとは、どういう知り合いなんですか」


 あのヤクザドワーフとネカフェ妖精がどうしても繋がらないのである。ジネッタは残念美人だが、だからといってヤクザと付き合いのある人物にも見えない。

 ジネッタは「うーん」と顎に指をあてて言った。


「わたしね。この店に引き篭もってたの。そうしたら、ケーニッヒがここで店長やれって」

「……あれ、じゃあここの店長ってジネッタさん?」

「うん」


 はにかみながら笑顔で頷かれた。名前以外は空欄だらけで会員カードを作ったことを思い出し、納得した。そうか、あれは店長権限だったのか。

 ブースのひとつに引き篭もっていたら、ケーニッヒに「どうせ一日中いるなら丁度いいやんけ」と無理やり店長にされてしまったらしい。酷い、のか?


「おかげで24時間、タダでブースが借りれるの」

「さいですか」


 当人が嬉しそうだからいいか。

 あれ、じゃあネカフェの店長を指名できるケーニッヒは何者なんだ?


「あの。ケーニッヒさんって、何をしているひとなんですか」

「ヤクザだよ」


 確定してしまった。

 どうしよう。実はいいひとだったというオチを期待していたのだが。完膚なきまでにアウトローだった。

 ジネッタは僕の様子を見て、軽く引きながら言った。


「あれ。もしかして知らずに世話になってるの?」

「……いや。薄々そうじゃないか、とは」

「馬鹿なの?」

「返す言葉もありません」


 ジネッタは「仕方ないなー」と言いながら行儀悪く肘をつき、綺麗に舐め取られたフォークで虚空を指した。

 すると何もないところにうっすらと光る長方形が現れ、ずらずらと文字が並びはじめたではないか。


「……ジネッタさん。それは?」

「うん? 魔法だけど。情報魔術、見たこと無い?」


 情報魔術。脳内百科事典によると、文字や数字を術者の固有空間に格納・参照することができる魔術、らしい。

 これは魔術において単に「火をつける」のと同様、何の工夫もない基本的な魔法に相当する。

 情報魔術を応用的に使えば、例えばブースにあったようなコンピュータの自動操作や、暗号解読などができるようになる、らしい。近代的な魔術だ。


 いまジネッタが見せているのは、光属性の魔術と情報魔術の複合技で、情報を整理して他者に見えるようにする〈ホロウィンドウ〉という魔術だ。

 魔法を見るのはケーニッヒがタバコに火を付けているのと合わせて二度目、いや〈使い魔〉(ファミリア)を見たから三度目になるのか。僕は〈使い魔〉(ファミリア)がただのコウモリにしか見えなかったから、どうも印象が薄く忘れがちだ。


 ちなみに脳内百科事典によると、魔法とは科学的な法則を無視した現象のことを指し、その魔法を発生させる技術を魔術と呼び分けている。

 火を出すのはライターでもできるが、火種も燃料も酸素も必要なく何もないところから火を出すのが魔法である。手順を踏み魔力を消費する必要があるものの、魔力さえ足りればどのような無茶でも実現を可能にする。

 物理法則をたやすく超越するから、魔の法則、すなわち魔法と呼ぶのだ。そのためこの世界の科学の発達には、多くの学説が入り乱れて相当な苦労があったらしい。


 さてジネッタの〈ホロウィンドウ〉に映されているのは、組織図だった。組織名を四角で囲い、それらを線で繋いで関係性を表している。


「ケーニッヒは『ハルトゲ会』傘下の『シュタインメッツ組』の組員よ。『ハルトゲ会』は広域指定暴力団ね」

「広域? 指定?」

「CLDサージェン皇国は23の行政区分に分かれているでしょ。元々個別の国だったけど、サージェンがひとつの国にまとめあげたからね。広域指定暴力団っていうのは、複数の行政区分にまたがって暴対法で指定されている団体って意味ね」


 よどみなく説明を続けながら、ジネッタは新しい〈ホロウィンドウ〉にCLDサージェン皇国の地図を表示した。便利すぎるぞ情報魔術。


「ケーニッヒのジノギは地上げね。たくさん稼いでるから、色々もってるの。あ、この店もケーニッヒが実質的なオーナーよ。そもそも名義上のオーナーには会ったこともないけど」


 一軒家が並ぶ住宅地を大きなマンションに建て替えようとすると、一軒家の持ち主と個別に交渉して土地と建物を買い取らなければならない。地上げ屋は、この個別の交渉をまとめるのが仕事である。そしてまとめた複数の小さな土地はひとつの大きな土地となり、それを多くの敷地面積を必要とするマンションや工場などを建てたい業者に売るのだ。個別の小さな土地よりもまとまった広さの土地の方が利用価値は高く、値段も釣り上がるというわけだ。

 ケーニッヒの場合、暴力を始めとした迷惑行為をタテにして地上げを行う。時には土地の価値が下がるような無法を行い、安く土地を買い上げ、まとまった土地を高く売る。

 このように利益を得る仕組みをヤクザの世界ではシノギと呼ぶ。利益の一部は組に上納し、税金など支払わない。いざというときは国の保証に頼らず組で助け合う。それがヤクザだ。

 もっとも国の整備したインフラは使うし、自分たちに有利なルールは積極的に都合よく使うのがヤクザだ。


 ジネッタの説明は〈ホロウィンドウ〉で文字と画像を使った分かりやすいもので、僕でもヤクザの恐ろしさが十二分に理解できた。

 どうしよう。ケーニッヒにどんどん会いたくなくなっていく。


 コーヒーをすすりながらジネッタと話していると、カウンターの店員がジネッタと僕を呼んだ。

 カウンターの向こうに立っているのは、相も変わらずド派手なスーツを着てニタニタ笑っているケーニッヒ(ヤクザ)


 ……会いたくないと思った途端に現れるんだから。


 僕はため息を付き、すぐさま立ち上がった。

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