59.夜空を見上げながら
無事にグリフォンを倒してホテルに戻った僕は、渋るジネッタを連れ出してちょっと良いレストランで夕食をとった。
グリフォンは単独で討伐難易度『Rank C』なので、コカトリスと同じ危険度だ。猛禽の頭にライオンの胴体を持ち、やはり猛禽の翼が生えているグリフォンは、高速で空を駆ける難敵だった。鶏がベースだからか飛ぶのが上手くないコカトリスに比べ、グリフォンの飛行能力は段違いで、しかし石化のブレスはないため同程度の相手とされている。僕の場合は、ワイヤーが当たりづらい分だけグリフォンの方が手間取った。とはいえ苦戦するほどでもなく、またもや20万YENをゲットしたのである。
そういうわけで連日の高収入に気を良くした僕は、ジネッタに食事を奢ることにしたのだ。
さすがに変装魔術でレストランに入るのは気が引けたので、服もついでに買った。僕は黒いジャケットとグレーのシャツ、そしてジーンズにカジュアルな革靴を選び、ジネッタには黒のハイネックにピンクのスカート、ラメの入った白いミュールをプレゼントした。ジネッタは「ジャージ以外を着るの何年ぶりだろ」とか凄いこと言ってたが。
ジネッタはちゃんとした格好をすると、アゲハチョウのような羽根も相まって非常に見目麗しい。これからも是非、ジャージ以外の服装を見せて欲しいものだ。
◇
食後の腹ごなしに散歩しながら帰ることにした。川沿いにある遊歩道を歩きながら、木々の切れ目から空を見上げる。都市が明るいため、夜空に見える星は少ない。
この世界の夜空も深い藍色のような色をしている。成層圏を抜ければ宇宙が広がっているわけだが、しかし宇宙の端まで到達すれば壁があるという。魔法のある世界のこととはいえ、壁とはいったいなんなのか。
僕のスペックは実現可能ならば宇宙の端に瞬間移動することができるのではないだろうか。そして壁とやらに穴を空けて、向こう側に到達することも。つまり地球のある宇宙に行くことができるのではないだろうか。
元の世界に帰りたいか、と言われれば帰りたいと思う。だが向こうで僕が死んでいることを思うと、本当に帰って大丈夫かという心配が首をもたげる。
この世界で目覚める直前、前世の僕は車に轢かれたはずだ。そして魂だけがこの世界に吸い込まれるようにして、魔人の肉体に収められた。ならば向こうでの僕は、きっと死体だ。それとも魂の抜け落ちた身体だけが植物状態となって生きているのかもしれないが、どちらにせよ無事では済まない状態だ。きっとお父さんとお母さんは悲しい思いをしているだろうと思うと、胸が痛む。先立つ不幸をお許し下さい。
『いえ、ご主人様。そもそも壁は魔法でも破壊できないとされています』
『……あれ、そうなの?』
『はい。壁は魔力を照射することで魔法を発生させる世界の理です。その壁にはあらゆる魔法を受け付けないという性質を持っているのです』
そう旨い話はないってことか。あれ、でもそれだと少しおかしい。
『じゃあ万魔殿はどうやって僕をこの世界に招き入れたんだ。壁の向こう側に魔法で影響を及ぼしたんじゃないのか?』
『いえ。正確には、魔力を捧げて壁の向こう側の情報を取得したに過ぎません』
五十鈴が言うにはこうだ。壁から入手した魂と似た書式の情報を、魂を加工した人工精霊に書き出して、生命活動を模倣させる。それが魔人の仕組みである、と。
『じゃあ僕は……』
『連れて来られたのではなく、……再現されたというべきでしょうか』
僕の設計図から組み上げられた僕。
『いい機会ですので魂についても解説しておきます』
『うん?』
なんだ急に。
『あらゆる生命に存在し構成要素の中核をなす魂は、未だに解明されていない部分の多いブラックボックスです。この魂には実は使用できる魔法の権限が設定されていると言われており、種族ごとの得意魔法や生得の魔法はこの情報が元で決っているのではないかという見方が有力です』
そして五十鈴は、僕の場合はその権限情報が存在しないのだと言った。つまり無制限。あらゆる魔法を可能にする万能のスペックとは、魔法の存在しない壁の向こう側から来た僕の特権なのだと。
『権限に縛られないということは、この世界における最高の権限保持者でもあるということです。そしてそのような存在を、ヒトは神と呼ぶのです』
もしくは神の御使いか。僕自身は神だなんて自覚は持ちようもないけど、そんなこと関わりなく僕は神たりうる資格があるのだと、五十鈴は言った。そして、
『だから魔人の作成過程などという瑣末な事実を、気にする必要はないのです。ご主人様は人類史上から見て、比肩するものなどないほど偉大なのですから』
『壮大な慰め方だな!?』
『帰れるか分からない元の世界のこともお忘れください。この世界で神として君臨してしまえば、万事は思うがまま。そこの妖精などもはべらせて、第二の人生をエンジョイしましょう』
『それで僕のホームシックを癒せると、本気で思ってるのかお前は……?』
「ちょっとユウ、さっきからボーっとしてどうしたの? もしかして脳内で五十鈴ちゃんとお花畑してる?」
「お、おう。悪い悪い」
気がつけば横のジネッタが半眼でこちらを睨んでいた。ていうか、お花畑してる、ってどんな状態だよ。ギリギリで意味が分かるような分からないような。
「どんな話をしてたの、ユウ? お姉さんに正直に言ってみなよ。…………猥談でしょう?」
「僕をなんだと思ってるんだお前は。いやな、神についての考察というか」
「テツガク?」
周囲に人が少なければ五十鈴を出すのだが、どうも夜の公園はデートスポットとしてメジャーすぎたようで、割りと人通りがある。カップルたちはふたりの世界に没頭して回りが見えてないかもしれないけど。それでも肩にメイドフィギュアを乗せた男が妖精族とデートしているというのは、流石に変な目立ち方をしそうだ。
「ちょっとちょっと。ユウさ、横にこんなに可愛いわたしがいるのに、脳内のメイドとテツガクに浸るってどんな病気なの? あ、分かった。14歳くらいの青少年がかかるアレだ」
「自分で自分を可愛いとか言うかよ」
いや実際には可愛いよ、お前? でもな、ぶっちゃけ外見年齢が12歳くらいだから可愛いというより可愛らしいというか。まあ可愛いのは確かだよ、うん。僕が悪かった。
『ご主人様。それ口に出さないと意味がないですよ』
言えるか。
「そういえばジネッタ。浮いてて歩いてないけど、それ散歩になるのか?」
「えー、なるよ? 別にどんだけ食べても妖精、太らないし」
「へえ。便利な体質だな」
「食べないと体積が減っていくけど。あと人生に飽きると萎むって話したっけか。大きくなることはないんだけどねー」
人生に飽きる、か。僕に出来る事なら、ジネッタをできるだけ楽しませてやろう。




