57.フォーデンの述懐
「私は、いや私たちはずっと研究に疑問を抱き続けていた。壁の向こう側からすくい取った高度情報体が魂に近似した存在であることが判明し、それに仮初の肉体を作り上げて封入するまでは良かった。熱に浮かされたように、神の降誕を目指して研究を続けられたんだ」
「でも、ようやく定着させかけた個体が崩壊前に発した『お母さん』という言葉に、我々は予感してしまったんだ。壁の向こう側に神などいなくて、また別の世界が広がっているだけなのではないか、とね。我々が拾い上げている高度情報体とは、別の世界の知的生命体ではないかと疑い始めたんだよ」
「それからは酷いものだった。造り上げる個体が死ぬ前に何か言うのではないかと、不安にかられながら研究に取り組んだんだ。哀れなことに、私たちには研究しか取り柄がなかったから、誰も手を止めることなんてできやしなかった。失敗する度に死んでいく実験体が可哀想になってきて、これからは『ガール』を造らないようにしよう、なんて馬鹿げた会議を開いたりしてね。なんでか娘持ちばっかりだったんだけど、大の大人が顔を突き合わせて話し合ってそんな結論しか出せなかったんだ」
「結果が出なければそれまでの研究への投資は全て無駄になる。研究自体は順調に進んでしまっていたから、上は誰も止めようなんて思わない。もちろん全て企業のせいにするつもりはないよ。私たちには法外な年俸が支払われていたし、世界を見渡しても最先端の研究ができる環境は貴重だからね。だから誰も万魔殿から出ようなんて思わなかった」
「そうして君が完成してしまった。恐らく偶然の塊だよ、君という結果は。どう考えても、再現性のない一度限りの成功作だ。保証するよ、私たちは誰も二人目の魔人を完成させられないだろうってことをね」
「そうして一週間ほどかな。君の経過観察をしながら、目覚めさせるかどうか何度もディスカッションしているところだった。さっさと目覚めさせればいいのに、誰もがやたら慎重でね。正直なところ、研究メンバーは全員が君がひどい扱いを受けるのではないかと心配していたんだ。密かに逃す手はないものかと、無理に決まっているにも関わらず、そんなことばかり考えていた。みんな気持ちはひとつだったと思っていたんだけど、でもどうも違ったらしい。御存知の通り、万魔殿が襲撃されたんだよ。私たちは慌てたね。テロリストだというどこからの情報だか分からない話を信じて、私はブラバスと一緒に君の保存カプセルを運び出してしまったんだ。君を逃す好機だと思ったのもあったけど、正直なところ浮き足立っていたというのが真相だね」
「車を飛ばして、どのくらい走っただろう。もう大丈夫だろうというところで、ブラバスは私に銃を向けたんだ。でも私はこれでも割りと強いんだよ。とっくに追い抜かれているけど、娘に魔術を教えたのは誰だと思う? 障壁で銃弾を防ぎながら反撃してやったのさ。そのときにハンドルを離して事故ってしまったけど、ブラバスの奴はほうほうの体で逃げていった。……後は君の知っての通りかな。私は仮死状態で回収され、尋問のために電子化されてこの身体ってわけだ。実際、君のことを逃がそうとしていたから、嘘もつけず言い訳もできない状態で非常に気まずい思いをしたわけだが。幸いなことに親孝行者の娘が助けに来てくれたおかげで、この通り。自由とは程遠いけど、第二の人生が始まったわけだね」
「そうそう。君の懸念材料をひとつ、晴らしておこう。君のバックアップは正常だが、世界の法則が二人目の魂の活動を許容しないんだ。だから、君が生きている間は二人目の君が動き出すことはないよ。これを魔法で無視しようとすれば、常に矛盾存在を許容させ続ける鳥かごを用意しなければならないはずだ。その中で君を動かすメリットは、少なくとも経済的に皆無だね。学術的には意味がないでもないけど、すぐにスペックで鳥かごを壊されて二人目の君は自壊してしまうだろう。ろくに観察もできやしないだろうね。そういう理由で、君の知らないところで君の複製が沢山死ぬかもしれないけど、……おや、懸念を晴らそうと思ったけどあまり気分のいい話にならなかったね?」
◇
「あら、少し話しすぎじゃないかしら」
フェルが端末の側面をいじり、ブツリ、とディスプレイに映るフォーデンが消えた。
「…………」
「…………」
僕とジネッタは神妙な顔つきで真っ暗になったディスプレイを見つめていた。随分といいテンションで喋っていたが、もう少し頻繁に起動してやれよ娘。きっと尋問以外の会話は久しぶりってやつじゃないのか。
というか、アレだけ喋っておきながら大した新情報がないってのはどうなんだ。
「なあ。結局、お前はなんで僕をあんなに助けようとしたんだ?」
フェルが露骨に僕を見逃して、決闘などという行き過ぎたフェアな提案をした理由。これだけが僕にはよく分からない。
だがフェルは首を傾げて言った。
「私がパパの望みを叶えるのは、当たり前じゃない」
この世の摂理であると言わんばかりに、不思議そうな顔をされてしまった。
え。じゃあなに、こいつ。ただ愚直に「僕を逃したい」っていうフォーデンの望みを叶えようとしていただけ? 軍の命令をギリギリでかわしながら? んな馬鹿な。どんだけ父親優先なんだよ。それって極度のファザコンって言わないか?
隣の妖精が声に出さずに「信じられない」と口を動かした。おう、僕も同じ気持だよジネッタ。奇遇だな。
うわぁってジネッタっと二人して仰け反っていると、フェルはタブレット端末をトートバッグに仕舞った。ふと気になって僕は問う。
「……なあ、その。フォーデンはこれからどうなるんだ?」
「どうって? 私が管理するに決っているじゃない」
話は終わったと言わんばかりに立ち上がって、バッグを肩に掛ける。
「パパは優秀な研究者だから、失われるのは国家的な損失よね。貴方の処遇については軍は監視に留めると決まったし、この件におけるパパの役目は終わりなの。だから後は、身内が引き取るのが筋でしょう?」
つまりフェルは、一番欲しいものを手に入れたわけだ。自分の許しがなければ他人と会話することすらできない、父親の入った端末。
怖っ! なにコイツ。ほんとなんなの第六席って。
「ジネッタ、奴は一体どれほどの闇を抱えているんだ」
「わ、分からないよユウ。この世界を代表して言うけど、あれは変態ランク『Z』だから!」
やめろ。『Rank Z』が僕のアダ名だって知ってて言いやがったなこの妖精。すかさず五十鈴を繰り出してチョップさせる。
僕らがじゃれあっているのを見て、フェルが呆れたように「仲がいいのね」と言った。
「そういえば、もうひとつ報告があったのを忘れていたわ」
「……うん? なんだ?」
「ケーニッヒが退院したわよ」
フェルの言葉に、じゃれあっていたのをピタリとやめて僕とジネッタは顔を見合わせた。
軍病院に収監されていたドワーフのヤクザ、ケーニッヒ。そうか。事件も一段落したし、奴がシャバに出てきてしまったのか。いやそもそも、僕の出した交渉のひとつがケーニッヒの解放だったから、フェルが約束を守ったなら当然のことなんだけど。
僕とジネッタは「別に会う必要ないよね」と視線だけで会話した。僕は奴に銃を向けられた恨みもあるし、ジネッタは店をほっぽり出してしまった。今更、どの面下げて会おうというのか。むしろ全力で遭遇を回避せねばならない。
僕らが静かになったのを見て満足したのか、フェルはそのまま店を出て行く。出来れば二度と会いたくないな、と思いながら僕は第六席の背中を見送った。




