56.交渉の成果
僕とジネッタは駅裏の繁華街にあるバーにやって来た。光学による変装魔術でジネッタはおしゃれコーディネートされている。白のブラウスに赤のカーディガンという華やかな装いだ。隣の僕もジャージしか持っていないので、服装だけシャツとジャケットに変えてもらっている。
変装魔術を便利に使っているが、ジネッタがいないと常にジャージというのは問題がある。街ゆく人々の格好がまちまちなので、もしかしたら誰も気にしていないかもしれないけど。早くまっとうなファッションに返り咲かないといけない。
開店時間には明らかに早い午前11時。『CLOSED』の札が掛かっているのを無視して扉をくぐると、長髪を後ろでくくったバーテンが眠そうな顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「おはようございます。フェルは……いますね」
前に座った奥まった席に奴が座っている。バーテンが肩をすくめて言った。
「勘弁して欲しいね、まったく。ウチは軍のミーティングルームじゃないってのに」
ぼやくバーテンに曖昧に頷く。というか、ここを指定したの僕なんだよな。申し訳ないことをした。しかしこの時間を指定したのはフェルなので、やっぱり半分以上は第六席が悪いはずだ。
軽く会釈してカウンターを通り過ぎ、奥に向かう。
「どうぞ。座りなさいな」
今日のフェルは休日のOL風ファッションだ。大きな華柄のヒラヒラした上着に、紺色のフレアスカートを履いている。生足にパンプスだが、全身義体だと思うと特に注目に値しない気がするのが不思議だ。
早速、僕らは向かいの席に座った。すかさずジネッタは置いてあったピスタチオに手を伸ばすが、コイツの警戒心がどうなっているのか疑問でならない。妖精族は基本的にユルい種族だけど、個人情報の絡まないジネッタは輪をかけてユルいのではなかろうか。
僕らがバーテンにソフトドリンクを頼むのを待ってから、フェルは話を始めた。
「さて……まず先に交渉の結果について、話しておきましょうか」
「ああ。聞かせてもらおうか」
フェルは笑顔を浮かべて言った。
「おめでとう。貴方は今後、軍の監視下に置かれることになったわ」
「な、ちょっと待て! 話が違うぞ!?」
狼狽しながら僕が立ち上がりかけると、横のジネッタが「まあまあ、落ち着いてユウ」と裾を引っ張った。
「監視だけってことだよ。多分」
「……ん?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ続けるフェルを見て、僕は渋面をつくった。どうやら早合点だったらしい。というかコイツ、絶対に僕の反応を分かってて変な言い方しやがったに違いない。
決闘に負けたのが悔しかったのだろうけど、こんな意趣返しをしてくるとは。まあ第六席を相手にこのくらいなら、むしろ安く済んだとも言えるが。
「あー……つまりなんだ。僕は今後、監視され続けるけど、殺そうとか捕まえようとかいう軍の動きはなくなったと考えていいんだな?」
「平たく言えば、その通りね」
とりあえず一安心、ということか。いや待てよ。まだ色々ときな臭いことがあった気がする。
「じゃあテロリストはどうなったんだ? あと国営企業群も」
「『激情の秋』はまだくすぶっているけど、今回の一連の事件でかなりの打撃を与えられたわ。まあほとんど自滅といっていいものだけど」
テロリストどもは僕を神様扱いして祭り上げようとし、国営企業群に対する攻撃の口実にしていた。だが連中にとっては口実なんて何でも良かったし、僕を手に入れるのが難しくなれば自然と手を引くことになる。損害を出してまで僕を捕らえるメリットは皆無だ。そもそも僕に拘る理由を持っていたのはブラバスだったわけで、その張本人ももういない。僕が殺してしまった。
「国営企業群の方は、今まさに膿を出している真っ最中ね。ニュースは見ているかしら?」
「ああ。トップニュースになってる奴だな」
ホテルでテレビを付けているときは、大抵はニュースを見ている。時事情報は冒険者にとって必須だし、なによりこの世界について疎い僕が世間勉強をするのにも役立つからだ。とはいえ多くの事柄や固有名詞は僕にとって馴染みのないもので、ほとんどは実感の湧かない政治や事件の話である。
そのなかで数少ない関心を寄せられるニュースが、国営企業群イセの内部抗争問題だ。
都市伝説として語られてきたミホ・マギテクノロジーの非人道的研究機関である万魔殿の実在。テロリストへ兵器を供給したことが明るみになり経営陣が一掃されたアツタ重機械工房。
これらニ事件を皮切りに、恐らくは軍や警察が査察に乗り出したのだろう。次々と政治家との金のやりとりや不正な会計処理、食品衛生問題や劣悪な労働環境に置かれた末端社員の実情などがマスコミに取り沙汰されている。そして現在は内部を二分して血で血を洗う抗争に発展しているのだ。本当に重要な事件を隠すためにわざとやっていることなのか、もしくは見過ごされてきた問題を一気に解決するためなのか。傍目から見ると分からないけど。
もっとも国営企業群であるから、問題のある部分を都合のいいように再編するだけだろう。実際に「何も変わらないのではないか」というコメンテーターの危惧が印象に残っている。
「貴方を企業がどうこうすることはないわ。そもそも研究に出資しているが、皇国自体なのだもの。そこに私が話をつけた以上、物分かりのいい議員や官僚は動かないでしょうね」
逆に言えば、それでも僕を利用しようと考える者が出た場合、自衛しろということだろう。できれば何事もなければいいのだが、危険が皆無になるとまでは僕も思っていない。
「こんなところかしら。貴方の望みは、これで叶ったと思うけど」
「……ああ。ひとまず安全に暮らせそうな目処が立ったような気がするよ」
「じゃあ、後は勝者への景品ね」
フェルは白いトートバッグからタブレット端末を取り出し、テーブルに置いた。そして、
「こんにちは、ユウ。また会えて嬉しいよ」
フォーデンが起動した。




