55.平穏の到来
『ご主人様、朝ですニャン♪』
「……お、おう。おはよう五十鈴」
ネコミミカチューシャに尻尾オプション付きの五十鈴は、招き猫のように握った手をクイクイと揺らして僕の顔の横に立っていた。
あれから数日。無事に赤ちゃんプレイを消化してネコミミとイヌミミを行ったり来たりしていた五十鈴の今日の献立はネコミミのようだ。どういう基準で決まるのか分からない。もしかしたら昨日、冒険者ギルドに行ってきたせいかも知れないな。アスカリと喋ったからなあ。
『ねえねえご主人様~ぁ、私のスポンサーになってカジノのチップを買って、買って~ぇ』
「ええい起きてるっつの」
変な小芝居を始めた五十鈴にデコピンしてから、ベッドにしていたソファから起き上がる。なんだその媚びた演技は。昨日のアスカリはもっと堂々とタカってきたぞ。
どうしてこんな子に育ってしまったのだろう。僕の煩悩のせいだとは思うが、日に日に酷くなっていく。
「朝からお盛んだねえ……」
「げえ、お前はジネッタ。……起きてたのか。珍しいな」
ダイニングの椅子に腰掛けるジネッタは、足をもう一脚に乗せてだらしない格好で端末を弄っていた。冗談めかした言葉をかけてくる割に、真顔だ。やめろ、そんな目で見るな。
しかし本当に珍しい。このロイヤルスイート連泊妖精が僕より先に起きているときは、そもそも徹夜で端末いじってた時くらいなのだが。大抵は僕が声をかけるまで爆睡してるのに。
「どうした。徹夜でもしてたのか?」
「ユウはわたしを何だと思ってるのかなあ」
ネット依存症のあずきジャージ女だろう。他にも有能でお金持ちで、個人情報に厳しいとか色々あるぞ。
とはいえ完全にお世話になっているので、口に出しては言わないが。
ちなみに僕の今の格好は、やはりジャージだったので人のことは言えない。銃撃戦やフェルとの戦いでボロボロになったので、新しく買ったものである。もう少し稼げるようになったら、普段着もちゃんと買いたい。
「お腹が空いたんだよ。ルームサービス取るか、外に食べに行くかどうしよっかなーってね。ユウの今日の予定は?」
「あー……。どうしようかな。何もなければ冒険者ギルドに行くけど」
「働き者だねえ」
流石に何から何までジネッタに買ってもらうわけにはいかない。強面ギルドマスターのエッティンガーに確かめたが、僕の冒険者登録証が取り上げられるようなことはないそうだ。第六席を相手に勝利できるような新人ならば、出自は問わず大歓迎だと言われた。
あの戦いの顛末をモーガンが言いふらした結果、僕には『Rank Z』などという恥ずかしいアダ名が付けられてしまった。モーガンを援護して多脚戦車を倒し、悪名高き宮廷魔術師第六席を倒したというのは、大きすぎる戦果だったらしい。冒険者ギルド内ではそれなりに有名になってしまったのである。
なお冒険者ギルドの外ではどうかというと、そこはジネッタが上手くやってくれたお陰で変装が必要なくなった。テロリストの声明文に添付された僕の顔写真を、似てるけど微妙に別人のものに加工した写真に差し替えてくれたのだ。声明文を直接送付された人や、僕を直接知っている人を誤魔化せるものではないが、街中で知らない人に声をかけられるような事態は避ける事ができるというわけだ。
そんなわけで僕の異世界での生活は、冒険者という魔物を倒して金銭を得るというバイオレンスな職業に落ち着いたのである。いや別に魔物を倒す以外の仕事も一杯あるんだけど、今のところ討伐系しか受けていない。僕のスペック、戦闘系以外は未だに手薄なのだ。
「じゃ、ルームサービスでいっか。わたし、今日は部屋でウェブ覗いてるから」
「今日も、だろ。たまには外に出ようぜ……」
この妖精、外食の手間すら面倒がるくらいにホテルに引き篭もっている。清掃やベッドメイクも断るという徹底ぶりで、「どうせ二泊ならベッドひとつずつ使えばいいじゃない」とか言いながらふたつあるベッドを一晩ずつ使うという横着ぶりである。なお僕は二晩ともソファ寝だ。二泊した後はどうするかというと、別のホテルに移るのである。そしてやはりロイヤルスイートを取るのだ。
……というかロイヤルスイートにばかり泊まる富豪って、メチャクチャ目立つだろ。そのうち個人情報に足がつくぞ。
ただでさえ街中じゃ珍しい妖精族だ。そろそろホテル業界で噂になっているのではないだろうか。
僕がそう指摘すると、
「大丈夫、大丈夫。この市民登録証の位置情報に、周辺の観光地めぐりさせてるから」
などという高度なんだか雑なんだか判断に困る偽装を教えてくれた。
ふとポケットの端末が着信を告げていたので、開いて確認する。メールだ、差出人は第六席。僕の勝利で終わった決闘の後、部下に運びだされてから音沙汰なしだったが、ちゃんと生きているようだ。胴体真っ二つだったんだけどしぶといなあ。殺してしまうと交渉も何もないから、これでいいんだけど。
「なあジネッタ。今日、フェルがバーに来いってさ。ジネッタも来るか?」
「うー? ……ああ、例のフォーデン博士を連れてくるって奴ね。うん行く」
ジネッタも随分と僕の事情に関わらせてしまった。事の真相を知る権利はあるだろう。いざというときは僕の〈自己犠牲〉で守れるし。
つい最近まで逃げまわっていたとは思えないほど、平穏な一日が始まった。




