51.精霊魔術
こちらから攻めなければならない。後手に回れば、苦境に陥るのは目に見えている。
【〈単分子ワイヤー〉を使用しました】
【〈短距離加速〉と〈縮地〉を連続使用します】
気付かれないよう大きく迂回させながら、ワイヤーを飛ばす。絡めてしまえば身体強化の魔法もろとも奴を倒せるはず。だが先端の錘がフェルの横を通りすぎようとした瞬間、
「――!?」
ものすごい勢いで飛び退かれた。フェルは僕の爪を見てから、視線を素早く周囲に走らせる。躱されたワイヤーを素早く巻き取ったが、最終的に奴の目は僕の爪に注がれた。
「妙な武器を仕込んでいるようね」
「…………」
……見えるというのか。確かに先端は目視できるものだが、蚊が飛んでいるようなものだぞ?
つくづく初撃の失敗が痛い。先手を取るつもりが、完全に手玉に取られたのはマズかった。とはいえ分かっていても奴の速度に対応できたかどうかは怪しいのだが。
ええい、ままよ!
ワイヤーを再び伸ばし、今度はフェルと僕との間に壁を作るようにジグザグに交差させる。どうせバレるなら、回避できないように逃げ場を塞いでやればいい。戦場がワイヤーだらけになれば、自然と僕が有利になるはずだ。
そんな浅知恵を嘲笑うかのごとく、フェルは口元を歪めて言った。
「出なさい――〈ガスト〉」
フェルから吹き出した突風が、宙に渡されただけのワイヤーを吹き飛ばす。目に見えない糸の遊びの部分は、ふわりと流されて僕の方に押し戻された。
僕は舌打ちして、しかしそのまま先端を飛ばし続ける。まだだ。たかが風が吹いたくらいじゃ極小の錘を退けることはできない。
だが連続して加速させ続ける錘は、何度も吹き付ける突風に邪魔されて思うように制御できない。呪文を唱えもせずに連続して風を出し続けるのは、なんだ?
『ご主人様、あれは精霊魔術です!』
精霊魔術とは、その名の通り精霊という存在を用いる魔術で、エルフの生得の魔法でもある。
六歳になったエルフの子女は、洗礼の儀式にて一体の精霊を授かる。精霊とはエルフから分離した魂の一部であり、儀式にて契約を結ばれたエルフの魔力を糧に生きる魔法生命体だ。精霊はエルフの生涯の友となり、常に傍らにあり続けるという。
この精霊という生物は、特定の事象を操る魔法に長けている。すなわち風の精霊や土の精霊、火の精霊など、エルフ自身の資質に応じた個体が生まれるのだ。それゆえに命じるだけで魔法を放てる相棒として、重宝する。
精霊にも死はあるが、大抵はエルフの方が先に死ぬ。エルフという伴侶を失った精霊は糧を得られなくなるが、それでも水や食料を必要とする生物よりも致命的ではないようで、数年ほどは生き続ける。そして餓死しようとしている精霊を拾い、エルフの代わりに魔力を差し出し続けることができれば、その精霊を飼うことができるのだ。このことから、エルフだけが使える魔法ではなく精霊魔術と呼ばれているのである。
五十鈴の説明を待たず脳内百科事典の知識を参照する。そうか、エルフにも生得の魔法があったのか。
『五十鈴、そういうのはもっと早く教えてくれ』
『申し訳ありません。ですが最近は精霊を使えるエルフの方が珍しいそうで……』
近年、エルフの伝統的な洗礼の儀式は失われつつある。多種族との混血が増え、精霊を生み出せるエルフが激減したのだ。
元は混血を忌み嫌うエルフだったが、近代化が進み次第に異種族を排斥するような風潮は古いのではないかと考える者達が増えたせいらしい。
だがそれは種族としての特徴を薄め、気がつけば純血種が希少になっていた。エルフの血が薄まると精霊が生み出せなくなると判明したのが、数世代を経て薄まった後のことであったのも悪い。そもそもいわゆるハーフエルフに対して洗礼の儀式を拒否してきた一部の里の文化も重なり、代替の魔術も発展していたため、精霊魔術は急速に廃れていったのである。
つまり精霊魔術を使えるような高貴ともいえる血筋のエルフが、――まさか全身を機械に置き換えてるとか思わなかったわけだ。
なんという規格外。もうやだコイツ。
吹き付ける突風をくぐり抜け、僕のワイヤーが軍服姿のエルフに遂に届く。だが同時にフェルも魔術を放ってきた。
「薙ぎ払いなさい――〈エアリアル・ブレイド〉」
腰の位置を見えない風の刃が両断した。ジャージの腹の部分がパックリと割れ、しかしそれだけだ。
【ヒットポイントが1減りました】
僕に〈身代わり羊〉がある限り、ただの攻撃魔術は怖くない。だが奴はお構いなしに連続で放ってきた。
「〈エアリアル〉、〈シリアル・ブレイド〉〈ミニマム〉」
「う、おお!?」
ガガガガガ、と断続的に小さな風の刃が僕を切り刻む。威力は低い。小さなカミソリで斬りつける程度の攻撃魔術の連打。だがやばい。どんなに小さな傷でも、〈身代わり羊〉はひとつずつ消えていく。
……だがこちらもワイヤーが一周した。悪いなフェル、お前の時間切れだ!!
巻き上げる。
身体強化の薄緑色の発光が霧散し、傍目には人間の肌と見紛う義体の身体にワイヤーが食い込む。その不可視の糸は妖刀の如く、――
斬れなかった。ぶわり、とフェルの身体から何かが広がってワイヤーを押しのける。見えない空気の壁。濃厚な魔法の気配。
「――やはり、魔法を無効化するかしないかの判断はちゃんと行っているようね」
……何をした?
明らかに魔法による妨害。ワイヤーが見えない何かを巻きつけ、しかしどんなに引き絞っても斬れない。なんだこれは。
『ご主人様、あれは精霊です!』
『精霊? 魔法……生命体だったか。なんで無効化できないんだ?』
『魔法そのものである生命、つまりご主人様の魔人の構造に、精霊の生命を司る魔法が参考にされているんです。あの魔法はご主人様が無効化してはならない魔法、そのものです!』
それは、僕が触れた魔法を〈魔の申し子〉で自己の一部として認識し、〈浄化免疫〉で無効化するというプロセスの数少ない欠点のひとつ。〈浄化免疫〉の効果は、『意に沿わない不利な魔法の影響を魔力に還元し、体外に排出する』だ。精霊の存在を維持構成する魔法は、僕自身の肉体と変わらないものらしい。ならば不利な魔法などとは認識できない。つまり精霊とは、僕自身が懸念していた自分の存在を傷つけない魔法無効化手段の内側にある存在なのだ。
「見境なく魔法を無効化するようでは、自分の存在を脅かすものね」
なおも小さな風の刃が僕に傷をつけ続けている。ジリジリと減り続けるHPが死へのカウントダウンのよう。
【ヒットポイントが50減りました、52、55……】
まずい。どんなに小さな傷でも無視できない。痛みと出血が重なれば、荒事の素人である僕は戦意をくじかれるはずだ。第一どの程度の傷なら〈身代わり羊〉を発動しない、などと決めることができる? 小さな傷でもそれが頸動脈につけられたものなら死ぬのだ。眼球が傷つけば戦闘に致命的な影響がある。手足も駄目だ、接近戦になったら勝ち目がなくなる。
【ヒットポイントが70減りました、71、73……】
このままでは駄目だ。防御にせよ攻撃にせよ、何か打開策がなければ殺される。
『五十鈴、精霊はどうやったら殺せるんだ!?』
『精霊は魔力の枯渇による餓死以外では死にません』
ということは魔力を削るスペックがあればいい。
――魔力とは、あらゆる魔術の燃料となるものである。これを適切な手順と共に消費することで魔法を発生させることを、魔術と呼ぶ――
チラリと脳内百科事典を覗き、魔力を削るということがどんな意味を持つのか確かめる。精霊を倒し、フェルの魔力を削ることができれば有利に戦えそうだ。悪くないんじゃないかこれは。
『精霊を倒すために、〈鉤爪〉と〈単分子ワイヤー〉を介して、相手の魔力を削るようなスペックは実現可能か?』
『はい、それならば』
【〈破魔の霊撃〉を会得しました】
〈破魔の霊撃〉:〈鉤爪〉と〈単分子ワイヤー〉に使用することで、接触する魔力を破壊する。また魔力により死体や霊魂が動くアンデッドには絶大な効果を発揮する。
『もちろん、精霊にも有効です、ご主人様!』
よくやった五十鈴。さあ喰らえ〈破魔の霊撃〉を!
【〈破魔の霊撃〉を使用しました】
フェルを取り囲む不可視の生命体がごっそりとその身を削られる。HPの減少が100点を越えたというアナウンスを聞きながら、僕はワイヤーを巻き上げた。
「――!?」
精霊が急速にしぼみ、フェルが目を剥いて飛び退き――しかし逃げ切れない。僕が逃がさない。まずその右腕をワイヤーが断ち切った。
ゴトリ、とフェルの右腕が地面に落ちる。肘を残して前腕を失った断面からベチャベチャと何かが垂れた。血ではなく擬似体液か、オイルなのか僕には分からない。
続いて胴体を輪切りにしようとしたところで、フェルの身体から見えない何かが、爆発するように溢れ出た。




