49.そうは問屋がおろさないけど
アツタ重機械工房の多脚戦車が現れたという報告が軍人たちの危機感に火をつけたようで、引き渡したブラバスの死体と三人のテロリストを慌ただしく地上へ連行して行った。
フェルは部下に指示を出してから、ダッジと話をし始める。多分、細かい報告を求めているのだろう。
僕は歩き疲れて、もしかしたら精神的な疲弊も加えて、コンクリートの壁にもたれて座り込んだ。ここはドーム状施設の真下だ。スロープを登って何重かになった鉄扉をくぐれば、外に出られる。あと少しで地上というわけだ。
だがそんな僕の様子に目もくれず、ダッジと話し終えたフェルは僕の方に向けて言った。
「なにをへたり込んでいるの。まだ貴方との話は終わっていないのよ」
「はあ? 僕と話すことなんて、何もないだろ」
しぶしぶ立ち上がって首を傾げた。何かあったか? あ、ちゃんと仕事が終わったって話をしたいってことか?
「これで僕のお役は御免ってことでいいんだよな?」
「いいわけないじゃない。交渉の前提がまだ満たされていないわ」
「……はあ?」
何を言っている。僕はちゃんとブラバスを見つけて死体になったが連れてきたじゃないか。生死不問という話だったし、一体これのどこに不満があるというのか。
「活躍をしてくるのが前提でしょう。聞けば、多脚戦車を壊したのは『Rank B』冒険者だというじゃない」
「いやいやいやいや、ちょっと待て!!」
酷い難癖をつける奴だ。あれは『Rank A』でも倒せるか微妙だという話じゃないか。
僕が懇切丁寧に多脚戦車の強さを説明してやると、フェルは蔑むような目で僕を見て言った。
「だから何? 『Rank B』と『Rank C』と一緒に倒しました、じゃあ上が納得しないわ。貴方がどれだけ戦闘に貢献したかはこの際、関係ないの。ひとりで倒したくらいのインパクトがなければ、お話にならないのよ」
「そんな馬鹿な……」
冒険者達が気の毒そうな目でこっちを見ている。ホントなんなのコイツ。あの死闘を繰り広げた戦車を相手に、僕ひとりで勝つのが当たり前みたいな言い方なんなの。
段々イライラしてきたぞ。まさか最初から交渉なんてする気がなかったんじゃないだろうな。
「それで、僕にどうしろと?」
「……そうね。貴方を自由にさせるのに、誰もが納得する理由が必要なのよ」
フェルは胸のポケットから白い手袋を取り出し、僕に投げつけた。
「貴方の世界にもこういうのはあるかしら? ――決闘にしましょう。貴方が勝てば私に勝ったことを材料に交渉できるわ。私が勝ったら、この世から面倒ごとがひとつ減るって寸法よ。分かりやすいでしょう?」
あまりにもフェアで何のメリットもない取引に、僕は冷水を浴びせられたような気分でフェルを見た。
……なんでコイツは、こんなに僕を助けるための提案をしてくるんだ?
おかしいだろう。さっきまで回りにいた部下はどうした。なぜ全員で僕を撃たない。冒険者はどうした、雇えばいいじゃないか。彼らの強さは僕も知っているぞ。モーガンは僕のワイヤーに対応できると豪語していたくらいだ、とても頼りになる連中なんだぜ。
そもそも最初からコイツはおかしい。あの夜、なぜ僕を逃した? テロリストをあぶりだす餌にするだって? なら僕を捕まえて檻にでも入れておけば、奴らは面白いように群がってくるんじゃないのか。なぜそうしない。
一対一で戦うことに何のメリットがあるんだ。フェルの目的は? テロリストは一網打尽にした。逃亡していたブラバスも死体になったが、後顧の憂いは断った。国営企業群の内部で不穏な動きがあるとはいえ、軍に露見した以上は僕の出る幕はないだろう。あとは僕を捕まえるか殺すかするのが、コイツにとっての最大の目的じゃないのか。なぜ真逆を行く必要がある?
『分からない。フェルが何を目的にしているのか、僕には全く分からない』
『ご主人様……道理に合わないならば、それが理由だからではないでしょうか』
『どういう意味だ?』
『ご主人様を始末することが目的で、テロリストを捕らえることが目的で。そしてご主人様を解放するのが目的なのです』
『……はあ?』
最初と最後が見事に食い違っている。それは矛盾しているじゃないか。
『無理だ。というか理屈に合わないぞ』
『だから、叶わない目的のために彼女は板挟みになっているのでは?』
板挟み。何と? 決まってる。そんなもの組織と私情くらいしかない。この場合は組織は軍で、私情は……父親フォーデンか?
――せやったせやった。お嬢ちゃんはフォーデンの娘やったわ。そんな奴でも親父は親父や、見捨てられんかったんやな。
――人情話に持ち込もうとしたお手並みは面白かったわ。ヤクザの芸もたまには観賞してみるものね。
あれは、図星だったんじゃないか? あの夜、ケーニッヒが踏み込んだ瞬間、彼女は即座に否定してみせた。不自然なくらいに。まるであの場で話されては困ると言わんばかりじゃなかったか。
そう。借り物の部下の手前、彼女は否定しなくてはならなかった。私情を優先しているのだと、思われてはならなかった。それは今も同じこと。部下がいなくとも冒険者たちの目がある。だからあくまで交渉の体を崩さない。
……ああでも、分からない。だからどうして。フォーデンを助けるために、僕を開放する必要があるんだ?
あのタブレット端末の中に閉じ込められた父親を、彼女はどういう道筋で救おうというのか?
最後の最後でパズルのピースが噛み合わない。僕はこの手の絵解きは苦手だ。この世界にきてから当たった試しがない。全部ハズレ。勘違いだらけ。
だから、
「分かった。……ただしフェル、僕が勝ったらあのバーでフォーデンと話をさせろ。お前もちゃんと来るんだぞ?」
解答は本人に聞くことにする。




