47.やっちゃった後
結局、シンジュク区の地下迷宮に潜んでいたテロリストは九人だった。
それぞれ清浄な土地にある休憩所で休んでいた四人、多脚戦車に乗っていた一人、ブラバス、付近に隠れていた三人という内訳で、最後の三人以外は死体だ。
休憩所の四人は多脚戦車との戦いに巻き込まれて死んだ。多脚戦車に乗っていた奴はモーガンの派手な一撃で吹き飛んでバラバラになった。ブラバスは僕のワイヤーで内蔵を損傷していたらしく、出血もひどかったため、多脚戦車を倒した後で戻ってみると事切れていた。
僕は初めて人を殺したことになるのだが、どうにも実感が湧かない。後悔も忌避感もないのだ。この世界での命の軽さに慣れたわけでもないのだが、ただ殺人を経験した感覚だけがある。感情が動いたという点でいえば、ゴブリンを殺す前の方がいろいろと考えていたはずだ。ゴブリンを殺すのも人間を殺すのも、とどのつまり僕の中では変わらないのだろう。何かを殺した、それだけで十分に心が麻痺しているというわけだ。
随分とバイオレンスな結果になったが、元々生死は問わずだったわけだから問題ないだろう。というか戦車が悪い。なんだったんだあれは。
冒険者たちに犠牲はでなかったものの、ズィマーとパノスの怪我は酷い。アルピナが神聖魔術で〈ヒール〉をズィマーにかけ、マーキュリーも水属性の治癒魔術である〈ウォーター・エイド〉をパノスにかけている。他の三人は元気そうで、生きて捕らえたテロリスト三人の捕縛と装備の点検を行っていた。
僕は治療の邪魔をしないように、捕縛の方を見学中だ。ハマーが銃と予備弾倉、短剣と短杖を捕らえたテロリストたちから抜き取って並べている。
「ダッジさん。テロリストの中に魔法を使う奴がいる場合、どうやって無力化するんですか」
「ん? ああ、それはこれを使うんだよ」
懐からガシャリと音を立てて出てきたのは、手錠だった。日本の警察が使うようなアルミ製のものではなく、黒く塗られた鋼鉄製の重厚感あるものだ。手錠の輪に沿って青く細かい文字が彫られている。
見れば既にテロリストたちは後ろ手に手錠をされていた。
「これを嵌められると、魔術が使えなくなるんだ。人魚族の生得の魔法なんかも使えなくなるよ」
「へえ。便利なものがあるんですね」
魔術を封じることが出来なかった時代は割りと長く、その間の犯罪者は極刑に処されるのが普通だったそうだ。その頃から治安維持を担ってきた者や統治者にとっては心待ちにされた発明品であり、これを研究する過程でこの世界の魔法技術はかなり進んだと言われている。
『五十鈴。僕にこれが嵌められたら、どうなるんだ?』
『この手錠は嵌められた者が魔法を行う際、それに反応して妨害する機能を持っています。ご主人様に嵌められた場合、その状態で新たにスペックを使用することはできないでしょう。ですが既に発動している魔法を打ち消すようなものではありませんから、魔法そのものであるご主人様がこれで致命的なダメージを受けることはありません』
だがもしこの手錠を嵌められると、〈身代わり羊〉は発動しなくなる。危険だ。
『……いえ、そもそもご主人様には〈魔の申し子〉と〈浄化免疫〉があります。この手錠の効果は魔法ですから、ご主人様が触れると数秒もかからず無力化できるのではないでしょうか』
あれ、そうなのか。じゃあ大丈夫かな。
しかし数秒間、大きな隙が生じるのは避けられない。戦いの最中にこれを嵌められるような状況がないとは言えない。待てよ、ということは……
「ダッジさん、これを戦いに使うことはできないんですか」
「はは、よく気づいたね。手錠じゃないけど、そういう戦い方もあるよ」
警棒に手錠と同じような文字を刻んだ魔術具、カウンタースペルロッドというものがあるらしい。これで叩き続ければ相手は思うように魔術を行使することが出来ず、白兵戦を強要できるそうだ。
「ただCSRを使うと自分の魔術も妨害するから、工夫が必要だね。例えばパノスの槍はCSRだよ」
「え、そうなんですか?」
聞けば石突きがCSRになっているそうで、普段はCSRを解除し普通の槍として魔術を併用して戦うが、相手の魔法が脅威である場合はCSRを起動して石突き側で突く戦法に切り替えられるらしい。もちろんCSRを使っている間は魔術を使えないので、それはそれで危険になる場面も多いそうだ。パーティで戦う冒険者だからこそできる戦法なのだとか。
『五十鈴は気づいていたのか?』
『いえ。CSRはリサーチしたデータにありますが、パノスさんの変態武器は初めて聞くものです。オーダーメイドではないでしょうか』
変態呼ばわりとは、よほど悔しかったのだろう。主である僕が命じて情報収集させた分野だ、そこに不備があったと考えているのかもしれない。この辺の責任感の強さは五十鈴らしい。
申し訳ない質問をしてしまった。お詫びにどうやって甘やかしてやろうかと考えていると、
『……赤ちゃんプレイとは。ご主人様、大丈夫ですか?』
『い、いや、違う! 違うって!』
甘やかす、という言葉から連想されたのが赤ん坊だったのが悪かった。忘れがちだが、僕の思考は筒抜けなのだ。しかも五十鈴の声が珍しく引き気味で困る。
『いいでしょう。明日はネコミミで罵倒する予定ですので、明後日は前掛けにおしゃぶりを咥えてバブバブ言いながら、……ジネッタ様の前で起こしましょう』
やめてくれ。ジネッタは五十鈴が僕の趣味を反映してからかっていることを知っている。五十鈴にそんな格好をされたら、僕の株価が大暴落すること間違いなしだ。挙句あの妖精のことだからノリノリで「ユウくん、ジネッタおねえちゃんは十七歳でちゅよ~」とか赤ちゃん言葉で追撃してくるに違いない。でも待って、ちょっとそれ見たいかも。
あとネコミミは罵倒ではなくプリプリ怒る、くらいのニュアンスで頼みたいのだが。
そんなアホなことを考えていると、どうやらズィマーとパノスの治療が終わったようで、こちらに歩いてくるところだった。
ダッジがアルピナに声を掛ける。
「ズィマーとパノスの怪我はどうです?」
「はい、ふたりとも動けるようにはなりました。テロリストは捕えましたし、早めに地上に戻りましょう」
杖を持ち丈の長いジャケットを羽織った魔法使いルックのアルピナが、疲れた顔で答えた。ガトリングガンやレーザーを防ぐために障壁を飛ばしまくった上、治療までこなしたのだから疲労困憊だろう。それでも仕事をやり終えたところは流石『Rank B』冒険者だ。プロである。
その言葉に頷いて、ダッジはケータイを取り出して地上に連絡を取り始める。え、ここってケータイ通じるの?
『どうやら休憩地点に電波を中継する設備があるようですね。ラグが大きいですが、〈電脳の探索者〉も使用できます』
ふむ。じゃあジネッタにメールしておこうか。「仕事終わりました。いまから地上に戻ります」、と。これでよし。
『……なんだか仕事帰りの旦那さんみたいですね、ご主人様』
『ええい、からかうな』
業務に関係ないやりとりが多い。ということはつまり、五十鈴が僕のストレスを軽減しようとしているということだ。実感はないが、やはり人を殺したのが効いているのかもしれない。
それに地上が恋しい。単純に洞窟の中というのは、閉塞感があって長くいたい場所ではない。ブラバスもちょっとおかしくなっていたし、ダンジョンにも慣れが必要であることを知った。




