45.ぶっ飛んだ先で
宙を飛ぶ。ワイヤーを多脚戦車の脚に絡めたはいいが、その大質力が動けばどうなるか。考えが甘かったらしい。
慌てた五十鈴が空中で〈単分子ワイヤー〉を解除したため、僕は戦場から離れた位置に放り出された。地面に叩きつけられた衝撃で肺の空気を吐き出してしまい、咳き込む。
【ヒットポイントが1減りました】
『申し訳ありません、ご主人様。つい――』
『いや、大丈夫だ』
目の端に涙が浮かぶが、幸い〈身代わり羊〉のおかげで骨が折れたりするような怪我はない。ただ負傷を肩代わりするという効果は、完全に衝撃などを消すわけではないということだ。
例えば銃弾。あれが僕の身体に当たった瞬間はまだ僕は傷ついていない。その先端が熱と衝撃で僕の身体に傷をつけてようやく〈身代わり羊〉が発動するのだ。その怪我と痛みを銃弾ごと羊の人形が引き受けてくれるのだが、僕には火傷をしない程度の熱と鉛弾に触れた感触は残る。
今回、地面に落下したのも同様だ。怪我はぬいぐるみが引き受けてくれるが、怪我をしない程度の衝撃は僕に与えられるままなのだ。
実際に戦ってみて初めて分かるスペックの使い勝手。まだまだ改良が必要らしい。
……いや、今はそんなことより、多脚戦車をなんとかしなきゃ。
戦場からは、ガァン、ガァン、と金属を打つ重い音が響いている。何事かと見れば、哄笑するモーガンが障壁の薄くなった戦車の脚を義腕で殴っている音だった。あ、無事だったんだ。お元気そうで何よりです。
『これ僕もう行かなくて大丈夫かな?』
『まだ障壁も残っていますし、補強などの魔法も打ち消した方がよろしいかと思われます』
それはそうだ。浄化した障壁もかけ直せば復活する。
戦場に向けて走りだそうとしたところで、横から無数の射線を浴びて思わずつんのめった。
ダァン、と一発。鳴ったのは紛れも無く銃声。放射状に広がる射線を完全に避けきることはできずに、数発の銃弾を受けた。
【ヒットポイントが4減りました】
射線の元を見れば、銀縁眼鏡を掛けたワイシャツ姿の男がこちらにショットガンを向けて立っていた。見覚えのある顔。〈映像記憶〉で保存した画像と一致する。逃亡中の神学者ブラバスだ。
「はは、よく避けたな」
男の口元がだらしなく緩む。目は僕を見ているようで、いまひとつ焦点があっていない。なんとなく鬼気迫るものを感じ、僕は身構えた。
「……ブラバスだな?」
「ご明察! 私が『高度情報体解析』研究チーム、ブラバスだ。君のせいで、この通り不自由な生活を送らせてもらっているよ」
路地裏で僕が目覚めてから逃げまわっていたのだろう。黄ばんだワイシャツが汚らしい。
「しばし私に付き合ってもらおうか。――〈カースド・バインド〉」
ブラバスが呪文を呟くと、黒い影が僕にまとわりつく。
『ご主人様、呪いによって動きを縛る魔法です。しかし……』
そう、呪いなら対処できる。僕にとって不都合な魔法は浄化されるのだから。
手指の感覚がなくなり、動きがぎこちなくなったのは数秒のこと。すぐに呪いは黒い霧となって僕の身体から排出された。
「僕に呪いは効かないぞ、ブラバス」
「なんだと? まさか私の呪いを無効化しただけで勝ったつもりになっているのではないだろうな」
ニタリと気味悪く笑ってから、ブラバスはまたショットガンを僕に向けて撃った。
【〈短距離加速〉を使用しました】
射線から逃れるようにして加速する。だが全てを避けきることはできない。銃口が大雑把に僕に向いているだけで、吐き出される大量の銃弾の幾つかが僕に当たる。
【ヒットポイントが6減りました】
散弾は相性が悪い。身代わりの魔術が廃れたのは、間違いなくこの手の「大量に撃ってどれかが当たればいい」とうような思想の武器や戦術の発達が原因だ。同時の負傷ならば複数の銃弾を処理できるが、それが少しでもズレると二つ、三つと身代わりが必要になる。
撃った瞬間、銃身についた平たい円筒形のパーツがガチリと回ったのが見えた。リボルバーの弾倉のようなものだろうか。弾丸は十発以上が装填されているようだ。
……連射できるショットガンか。厄介だな。
『ミネルヴァ製のフルオート可能なセレクティブ・ファイア・ショットガン、MnrvAA-12です。ドラムマガジンの場合、装弾数は20発です』
『随分と詳しくなったなあ』
フルオートってことはマガジン内の弾丸を一度に撃ち尽くせるってことか。そんな大量の散弾が当たれば、ごっそりとHPをもっていかれる。冗談じゃない。
「ブラバス。悪いがお前に付き合っている暇はないんだ。大人しく銃を捨てろ」
「はあ? ……聞くわけないだろう、この化け物め。お前はここで死ぬんだ!!」
口角泡を飛ばしながらブラバスは撃った。
【ヒットポイントが9減りました】
ダメだ、話にならない。こんな奴を生かして捕らえようなんて思った僕が馬鹿だった。テロリストに手加減なんて出来ないって、この話を受けた時に思ったじゃないか。
【〈単分子ワイヤー〉を使用しました】
【〈短距離加速〉と〈縮地〉を連続使用します】
「お前なんか、神でも何でもない。化け物め、この――ぶぇ」
ブラバスには見えなかったのだろう。極細のワイヤーもその先端の錘でさえも。両手両指から伸びる十の線刃が交錯し、ボンレスハムのように男を締め上げた。
ショットガンの銃身が持つ腕ごと輪切りになり、身体の各所から赤い血を吹き出して学者は倒れる。
……殺してしまったか?
血だまりの中にうつ伏せになった男の背中を見て、思わず頬が引きつった。軽く巻き上げるだけにしたつもりだが、しかしやってしまったものは仕方ない。
ひとまず動かなくなったブラバスは置いておいて、多脚戦車の方に行かなければ。向こうでは相変わらずモーガンが殴りつける音が定期的に鳴らされている。他にも剣や刀で斬りつけるような金属音も。まだ戦闘が続いているのだ。
僕は戦場に向けて走りだそうとし、戦車の上面が強い光を放つのを見た。




