44.黒くて大きいアレ
ブラバスが映った街頭カメラの画像を時系列順に並べ、それにシンジュク区の地下迷宮の出入口となるポイントを重ねあわせたマップを用意したのはジネッタだった。
そこに清浄な土地にある休憩地点を重ねあわせた結果、テロリストの潜伏地点の候補は六箇所までに絞られる。
その候補となる土地を回るのが僕らの今回の仕事なのだが……
「いるね」
「いますね」
一箇所目で当たりを引いたかもしれない。休憩地点となる清浄な土地はそれと分かるように石畳が敷かれており、座るためなのか枕にするためなのか駐車場にあるようなブロックが並べられている。そこで休憩中と思しき冒険者が四人、しかしこんな浅い階層にいるにしてはテントまで準備して野営する気まんまんだ。怪しすぎる。
彼らとの間に遮るようなものはない。そのため、向こうもこちらに気づいているはずだ。果たしてやり過ごすか、それとも僕の顔に気づいて何かしてくるか。緊張で自然と浅くなる呼吸に、僕はいつでもスペックを使えるように五十鈴に準備させる。
しかしそんなの関係ねーと言わんばかりのモーガンがずかずかと距離を縮め、言った。
「ようお前ら、テロリストだな?」
「――っ!?」
堂々とした物言いに彼らはギョッとしたが、すぐに手元に準備していた銃を取り上げモーガンに向けた。射線がハリウッド女優ばりの美人冒険者に注がれる。
「〈マルチプル・プロテクション〉」
アルピナの呟くような声と同時に、テロリストたちの銃が火を吹いた。〈ブライト〉で明るくなった迷宮にマズルフラッシュが影を濃くする。
だが銃弾はことごとくモーガンの手前に張られた障壁にぶつかって、全ての運動エネルギーを消失してその場に落ちていく。ジャラジャラと地面を弾丸が跳ねるばかりで、モーガンには一発たりとも届かなかった。
だからモーガンは無造作に距離を詰め、右腕を振るった。
拳は寸止め。だが空気の壁を叩き、テロリストがひとりぶっ飛んだ。
……こりゃ僕の出番、ないかな。
剣を抜いたダッジも、銃を構えたズィマーも、援護のために障壁を飛ばし続けるアルピナも、同じように思っただろう。だから、すぐに異変に気づいたのはパノスたちだった。
「向こう、なにかいるぞ!」
清浄な土地を挟んで僕らとは逆側に、岩のような影がそびえ立っていた。のそりと動いたその影は、成人男性の身長ほどもある脚を八本も生やし、まん丸い胴体には回転式の多銃身機関銃が下方に向けて備え付けられていた。全てが金属製、すなわち人工物。その異形は、
「多脚戦車だッ!!」
それは僕がこの世界で初めて見る、個人が携行するレベルを越えた軍事兵器だった。
◇
多脚戦車の八本脚のうち、前足に相当する二本は他の脚に比べてひときわ大きく、振るうと同時に伸びた。建設重機もかくやと言わんばかりの巨大な杭がモーガンに突き込まれる。ドオン、という腹に響く轟音とともに石畳が砕けながらまくれ上がった。
それをモーガンが防げたかどうか、まきあがった土煙のせいで僕は見えていない。
「「「〈フィジカル・ブースト〉!!」」」
何人かの声が重なる。ダッジは多脚戦車に向けて走り、ズィマーも側面に回りこむように距離を置いて銃撃してそれを援護する。ハマーは刀を抜き下段に構えたままダッジの後を追い、パノスは槍を構えてアルピナとマーキュリー、そして僕のことを背後にかばうようにして前に立った。
「三人とも下がってろ、〈マテリアル・リフレクション〉!」
パノスは槍に障壁を張り、長柄の盾にする。槍にぶつかった武器や銃弾を弾き返す魔術だろう、このまま僕らを守るつもりのようだ。
アルピナは〈プロテクション〉のバリエーションを仲間に飛ばし続けている。マーキュリーはいくつもの水弾を作り出し、前を走る戦士たちに当たらないよう放物線を描いて巨大兵器にぶつけはじめた。
だが水弾は多脚戦車の手前にある障壁にぶつかって届かない。そして多脚戦車の前面に、放射状に広がる無数の射線。ガトリングガンが近づく戦士たちを掃射した。
「……くっ!?」
アルピナが小さく呻く。魔力を対価に障壁を飛ばし続けるが、秒間数十発は吐き出される銃弾に端から食い尽くされる。見る間に青ざめていく表情が、この戦いの厳しさを物語っていた。
ダッジが多脚戦車の脚を狙って斬りつける。剣閃は障壁に弾かれ、白い光を散らすのみ。ハマーの刀も弾かれている。
接近戦を考慮していないはずもなく、多脚戦車は全身に光る筋を走らせ、めまぐるしい速度で脚を振るい始めた。機械版の〈フィジカル・ブースト〉ではないが、出力の強化と間接の補強、素材の硬化などの魔術が一斉に発動したのだ。
『照合完了しました! 国営企業群のひとつ、アツタ重機械工房の八脚式戦車ヤタノカガミの最新式です!』
……なんだよ。国営企業群の武器を使ったら噴飯物とかギルドマスターも言ってたじゃないか。なんでこんなもんが出てきた。
僕は呆然としながら、戦場を見る。絶望的だった。こちらの攻撃は全く通じず、戦士たちは一方的に振るわれる大質量の脚を避けるので必死だ。マーキュリーの水弾も効果はない。今は足元に水を這わせて動きを妨害しようとしているが、それも届かずわだかまっている。
――見ているだけじゃダメだ。
状況を打破するのに必要なのは、戦車の防御魔法を打ち消す僕の〈魔の申し子〉。そうだ、僕には〈身代わり羊〉もあるから即死はない。恐れる必要などどこにもないんだ。戦えるはずだ。
「援護します!」
「あ、おい!?」
パノスの守りから離れ、ズィマーのいる方向とは逆に走り始める。このままワイヤーを伸ばせば前衛たちに当たる。動き回る戦士が足を引っ掛けて回避しそこねるようなことがあれば最悪だ。だから回りこむ必要があった。
【〈鉤爪〉と〈単分子ワイヤー〉を使用します】
走りながら両手を前に突き出し、ワイヤーを飛ばす。――行け!
【〈短距離加速〉を連続使用します】
先端の錘が加速し、多脚戦車に向かっていく。だが遠い。届くまでがもどかしい。もっと速く飛ばせなければダメだ。
【〈縮地〉を連続使用します】
先端の錘が空中を滑るように走る。ワイヤーが多脚戦車の脚をくぐり抜け、ジグザグに絡まり始めた。障壁に阻まれるが、徐々にそれを僕の魔法と同一視して浄化を始める。
全ての脚を絡めたので巻き上げると、やがてギシギシと手応えが返ってくるようになった。よし、いいぞこのまま――
ぐん、と僕の身体が引っ張られた。
……え、なんだ?
見れば多脚戦車が絡まった何かを振りほどこうと強引に動き、
『ご主人様!!』
腕が持ち上がり、宙に引っ張られて僕は飛んだ。




