43.攻撃用スペックお披露目
ゴブリンは小さな角のある人型の魔物である。衣服を着たり簡単な道具を使う程度の知能はあるのだが、それもサル以上人類未満といったところだ。人類共通語を持たず、ゴブリン語という語彙の少ない荒々しい言語で意思疎通を図っているのだが、僕にプリインストールされた言語の中にはない。
……何を言っているのか分からないのは助かるけど。
悲鳴はともかく、命乞いなど聞いたら殺せる気がしない。最期に家族の名前とかもやめて欲しい。
僕は『ニンゲン至上主義』のメンバーに囲まれながら、迷宮を歩いていた。緊張に高鳴る心臓。僕はこれからゴブリンを殺すのだ。
この辺りには他にも魔物がいるのだが、繁殖力が高く数が多いゴブリンとはやたら遭遇する。ゴブリンは雑食性で他の魔物を食べるし、冒険者の持ち物を奪って使うので積極的に襲い掛かってくるのだ。
だからまたゴブリンの集団がこちらに向かって走ってくるのを見て、僕は両手を前に差し出して構えた。周囲の四人は僕が仕留め切れなかったゴブリンを倒すため、武器を構えているものの使う気配はない。パノスら三人は背後を警戒しているはずだ。
僕は思考発声で五十鈴に呼びかけた。
『……さあ、ようやく実戦だ。いくぞ五十鈴』
『はい、ご主人様』
【〈鉤爪〉を使用しました】
僕の両手指の先が白く硬化していく。身体の変化を目の当たりにしたモーガンたちが眉を上げるが、このくらいの変化は人類の中でも珍しい方ではない。
そしてこの武器の威力は見た目通り心もとない。だからもう一段階、先を作った。
【〈単分子ワイヤー〉を使用しました】
〈単分子ワイヤー〉:〈鉤爪〉から単分子で構成された極細のワイヤーを射出することができる。先端に錘がある以外は視認が困難なほど細く、強靭で切断力が高い。巻き取ることも可能。
指の先端から極細のワイヤーが射出され、ゴブリン目掛けて飛ぶ。五十鈴のサポートもあって僕の身体の一部であるワイヤーがどこにあるのかは把握できる。そうこれは僕の身体の一部。ならばこのスペックが有効だ。
【〈短距離加速〉を連続使用します】
ワイヤーの錘が僕の思い通りの方向に加速する。向かい来るゴブリンたちの背後に飛ばし、ぐるりと集団を迂回して巻き付け、
――巻き取れ!!
ゴブリンたちは何が起こったのか把握できていないだろう。突然、走る身体が何かに引っかかって止まり、そしてバラバラに切断されたのだ。血を吹き出して輪切りにされたゴブリンたちは、そのまま「ギャー……」と喚き、すぐに静かになった。
僕は十体ほどのゴブリンをまとめて殺したことを確認し、指先からワイヤーを切り離す。
【〈単分子ワイヤー〉を解除しました】
僕にはもう見えていないから確かめることはできないが、魔法により編まれた存在であるワイヤーは、スペックの解除とともに空気中に溶けるように消えたはずだ。
『上手くいきましたね、ご主人様』
『ああ。まだ扱い慣れていないけど、思い通りに動くのはいいな』
初めはもっと扱いやすい武器か、触れるだけで相手を溶かすようなスペックにしようかと五十鈴と相談していた。その過程で竜の鱗を切り裂ける武装はなにか、という解答のひとつである単分子ワイヤーに目をつけたのだ。
カーボンナノチューブを思い浮かべて欲しい。炭素分子を格子状に並べて作った筒は、アルミニウムより軽く、鉄やダイヤモンドよりも硬い素材だ。特にこれを編んで作られるロープは軌道エレベーターなどというSF設備を現実にするような可能性すらある。このカーボンナノチューブを編んでワイヤーとしたものが、単分子ワイヤーである。
この武器が優秀な点は、なんといってもその細さだ。先端の錘以外は全くと言っていいほど見えないのだから、こっそり相手に巻きつけられれば殺したも同然といえる。正統派の武器ではなく暗器としての活躍が見込めるのだ。
そして重要なのが、僕の身体の一部から生えるというスペックのデザインだ。〈短距離加速〉で先端の錘を自在に動かし、更には〈魔の申し子〉と〈浄化免疫〉で触れた相手の防御魔法を解除する。僕の考えた最強の武器ってわけなのだが。
本当はもう一工夫ある予定で、触れた相手に分子運動の増減のような『物理法則に直接干渉する』スペックで追撃できるようにしたかったんだけど。でもリソースが足りなくて、そこまでは実現できなかったんだよなあ。
とはいえ現状での威力は見ての通り、ゴブリン程度なら瞬殺できる。近距離では〈鉤爪〉を振るい、距離のある場面では〈単分子ワイヤー〉を使えばいい。あとは銃を持って遠距離にも対応できるようにすると完璧じゃないかなこれ。
僕は満足して〈鉤爪〉も解除した。
◇
「今のはワイヤーか何かかい?」
視認こそ出来ないが、それでも熟練の冒険者なら何が行われたか察しがつくのだろう。モーガンは機械の手を顎にやり、興味深そうに聞いてきた。
「そうです。やっぱり分かりますか」
「まあ斬れ方とか見たしね。アタシでも、もしかしたら初見じゃ気づけないかもしれないね。そういう意味じゃいい武器だと思うよ」
『Rank B』冒険者パーティの脳筋担当であるモーガンのお墨付きをもらえた。だが次に呟くようにして発せられた一言にドキリとする。
「でもまだ未完成かね」
やっぱりそう見えるのか。僕としてもまだスペックを追加しなければならないと考えている武器だ。何より扱うのに気を使うという明確なマイナスポイントがある。
銃を練習した方が戦力になったかもしれない、ということに気づいたのが少し前のこと。五十鈴は武器や魔法の知識は増えたが、それらを組み合わせて新しいものを作り出す発想力に関してはいまひとつだ。元が管理AIだからなのかもしれないが、僕の命を守るために最適なスペックを作ることはできても、彼女の方から普段使いのスペックを提案されることはない。考えるのは僕の担当だし、僕が自由かつ快適に使うのを補佐するのが五十鈴のそもそもの存在意義らしい。
しかしモーガンが言いたかったのはそのような工夫の話ではなく、もっと基本的なことだった。
「いいかいユウ。武器ってのは相棒なんだ。馴染まなきゃ使えないし、使えてようやく技術として上達もある。アンタのはまだ手に持ってみましたって段階だろう」
「ええ、初めて使いましたし」
モーガンは「初めてかい。そりゃ末恐ろしいね」と笑って言った。
「なら後は使い込んで上達させな。『Rank E』の武器としちゃ上出来だけど、アタシくらいのが相手だと対応されるよ」
確かにこの武器だけでモーガンを倒せるかと言われると自信がない。単純に拳で全部ブチのめす戦い方だ。接近されて殴り殺されておしまいだろう。
「その腕、凄いですよね」
「ああ。これがアタシの相棒だ。昔、『Rank D』だったころに片腕を失ってね。どっちの腕だったか忘れたけど」
そんな大怪我、忘れるようなものではない。ダッジが小声で「左腕です」と助け舟を出している。
「そう左腕だ。アタシは冒険者続けるために戦闘に耐えられる義腕に変えたんだが、これが生身より具合がいい。ソッコーで右腕も切り落として義腕に変えてやったよ」
「…………えぇ」
いい話とかじゃないのかよ。機械化狂いってこういうのを言うんだな。ひとつ賢くなったぞ。
その後モーガンはいかに機械の腕が生身の腕より素晴らしいかを語り、僕は微妙な表情で頷き続けた。




