41.魔物との戦闘
話はあっさりまとまった。フェルの「テロリストが地下迷宮に潜伏しているから、そこの彼を連れて捕まえてきてもらいたい」という言葉に、モーガンは二つ返事で依頼を受けた。彼女の仲間たち『ニンゲン至上主義』の面々もリーダーの受けた依頼に否やはないようで、パノスも「後輩が困ってるなら、先輩が面倒みなきゃならんだろう」と言ってくれた。
なので慌ただしく準備が始まった。逃亡中のテロリストが相手なら、行動は迅速でなければならない。
準備と言っても、浅い階層なら特別な装備は必要ないらしい。また明るい内から飲んでいたパノスたち三人の酔いをアルピナの神聖魔術でさまし、ビル内にある武器・防具屋にメンテナンスに出していた装備を受け取りに行ったくらいだ。『ニンゲン至上主義』の四人はトレーニングジムで各自、鍛錬に励んでいたというから、その辺の意識の差が『Rank B』と『Rank C』の違いじゃないだろうか。
フェルは一旦戻ると言うので、ここでお別れだ。次に会うのは僕がブラバスを捕まえるか殺すかして地上に戻ったときだろう。もしくはここにいる冒険者たちが全部やってくれるのを少し期待している。
「『ボーイ』、忘れないようになさいね。貴方は活躍をしに迷宮に潜るということを」
「ぐ、分かってるよ」
だがそんな僕の甘い考えを見透かしたかのように、フェルに釘を差された。交渉の前提になるとはいえ、厄介な話を受けてしまったなあ。この世界、人に平気で銃を向けたりするから、葛藤とかしてる場合じゃないのは確かなんだけど。
僕の浮かない気持ちを察したのか、ジネッタがぽんぽんと背中を叩いてくれた。おお、慰めてくれるか同士ジネッタよ――
「ユウ、わたしダンジョンには潜らないから、テキトーにどっかのホテルのロイヤルに入って待ってるよ。終わったら連絡してねー」
そんなにロイヤルスイートが気に入ったのか。あとせめて見送りくらいして欲しい。
◇
シンジュク区の地下迷宮の入り口のひとつ。僕は先輩冒険者たちと一緒にドーム状の施設にやって来ていた。
冒険者登録証を持っていると図書館などの公共施設を利用できるのだが、迷宮の入り口もそれにあたる。冒険者登録証がなければ入れないのだ。持っててよかった冒険者登録証。まあ無くても今回のような場合では入れてくれるだろうけど。
車に乗ったまま、運転手のパノスがゲートに登録証を差し出した。先輩冒険者たちは普段から自動車で移動することが多いらしく、今回もパーティごとに一台ずつで移動している。僕はパノスの車に乗せてもらった。これが分厚い装甲のついたオフロード車で、前世なら自衛隊とかに配備されているような明らかに軍事用のものだ。一般乗用車ではないのである。冒険者は街の外など危険な場所に赴ことも多く、普通の車両ではいざというときに壊れてしまうらしい。
僕を狙った一連の事件が収束したら、この世界で生きていかねばならない。そのときは冒険者で稼ごうとか思っていたが、大丈夫だろうか。銃が乱れ飛ぶ戦場を経験したが、そこまでの文明を築き上げた人類が未だ制圧できない土地へ行って魔物と戦わなければならないのだ。
ハードなお仕事だ。生きていくって大変だな。
駐車場に車を停め、ドーム屋根の施設に入る。幾重もある分厚い鉄扉をくぐり、地下へのスロープを降りていく。コンクリートの壁を照らす剥き出しの照明が眩しい。空調もないようで、少し蒸し暑かった。
スロープを降りきったところで、先輩冒険者たちは武器と防具の点検を始めた。点検といっても灯りの準備以外には忘れ物がないか確認するくらいだったが。
ちなみに灯りはアルピナの〈ブライト〉という魔術で、彼女の周囲30mほどが均等に明るくなるというものだった。多くの冒険者は迷宮に潜る際、光源を作る〈ライト〉という魔術を使うそうだ。しかし光源を作るということは目にしたら眩しいわけで、そのような欠点のない〈ブライト〉が使えるまで光属性の魔術を鍛えるべきだと、先輩たちは口をそろえて言った。ちなみに『Rank C』の三人はパノスが〈ブライト〉を習得しているらしい。
「この先がいよいよ、地下迷宮ですか」
「もうここはダンジョンだぜユウ」
問うた僕に、ハマーが苦笑しながら答えた。
ここは魔物が絶対に湧かないし入り込まない、ダンジョンの中にある清浄な土地のひとつらしい。その土地の上に入り口を作って整備したのだから、確かにここは既に迷宮の中だ。
準備を終えたのか、パノスが槍を手にして言った。
「魔物が出るのは少し歩いてからだが、出るときはすぐに出くわす。ユウ、武器とかは結局、どうしたんだ?」
「いや、結局あんまり見る時間もなかったですし」
冒険者ギルドの中に武器・防具屋があると聞いて、装備を受け取りに行った彼らについて僕も見に行ってみた。そこには剣や斧などの原始的な武器から銃や手榴弾などの近代兵器まで、個人で扱えるあらゆる武器が揃っており、防具も下着からフルプレートまでいろいろあった。どちらもあまり見る時間がなかったのが残念だが。
「……でも戦えますよ。そういう能力があるんです、僕」
「ほう。そんじゃま、道中に見せてもらおうか」
僕としてもテロリストに遭遇する前に試しておきたい。「その時はよろしくお願いします」と軽く頭を下げた。
◇
その時はすぐに訪れた。
「あれ、丁度よさそうじゃないか」
「え、なんです?」
パノスが顎でしゃくる先、暗闇の中からクシャクシャの顔をした小柄な鬼がこちらに向かって走ってきていた。手に鉄パイプや鉈など思い思いの凶器を携えて。
『ご主人様、あれはゴブリンだと思われます』
脳内で五十鈴が教えてくれた。ファンタジーではポピュラーな雑魚だが、
……怖い怖い! なんだあれ!?
鬼気迫る表情と汚らしい布を纏っただけの姿は、文明に慣れた僕にとって忌避すべき原始的な畏怖を呼び起こすものだった。
思えば銃を向ける黒服たちは皆、ただ引き金を引くだけで僕を殺せた。ケーニッヒは怒り任せだったとはいえ、交渉が失敗して途方に暮れていた。だから、このような剥き出しの殺意にさらされたことはない。初めて知った。手に武器を持って殺すという行為には、合わせて明確かつ鮮烈な殺意が伴うのだ。
固まる僕を見て、戦う意思なしと判断したのだろう。パノスは槍を構え、ハマーは前に出た。マーキュリーは背後にいるが、きっと魔法を使う準備を終えているだろう。
だがそんな『Rank C』の戦闘態勢なぞ知るものかと『Rank B』たちが吠えた。
「オラオラオラ――ッ! 道塞いでんじゃねえぞクソ雑魚どもがッ!!」
実際に吠えたのはモーガンだけ。振るう拳が容易く音速を越え、バァンと派手な音を立てて空気の壁ごとゴブリンの頭を粉砕した。腐りかけのトマトを潰したように、脳漿がバシャバシャと地面にぶちまけられる。
同時にふたつの線がゴブリンの眉間を照準していた。〈射線予測〉で見える射線だ。その元をたどると、ここまで物静かだったズィマーが、いつの間にか両手に拳銃を握っていた。
なにやら拳銃とこめかみとは光る線で結ばれている。モーガンの振るう拳の音に紛れるようにして、銃弾が放たれた。二体のゴブリンが額を撃ち抜かれて、やはり頭部の内容物をまき散らしながら倒れる。
更に一陣の風が吹いて、残るゴブリンが上半身から崩れ落ちた。ゴブリンを一太刀で両断したのは、長剣を振りぬいた格好で止まっているダッジ。真面目そうな雰囲気でなんとなく魔法使いかと思っていたが、剣士だったらしい。いやきっと魔術も使っているのだろうけど。
「オラ、どうした!? もっとかかってこい!!」
吠えるモーガンに「いや。この依頼だと来なくていいし」とこっそり背後で突っ込んだのはアルピナかマーキュリーか。
かくして僕と魔物とのファーストコンタクトは、先輩冒険者が一蹴して終わったのであった。




