4.運転手はじめました
ヤクザのカバン持ち。
思わず頭に浮かんだ、今の僕の姿だった。
前世は高校生だった僕は、在学中に18歳になったので免許を取った。だから車の運転はできるのだが、うっかりこの世界の車と運転方法が違うのではないかということまで、気が回らなかった。
……そもそも僕は、車に撥ねられて死んだんだよな。
複雑な思いを抱えながらオッサンについていくと、車は路地裏から出てすぐのところにあった。黒塗りの高級車だ。完全にヤクザだな、このオッサン。
オッサンは鍵を僕に投げ渡すと、助手席に乗り込んでしまった。椅子の下に手をやり、座席を後ろに倒してくつろぐ気マンマンだ。ドワーフは低身長だが特に脚が短い。床に届いていないのが気にかかる。自分で運転する場合はどうするのだろうか。
……そんなことはどうでもいいか。
僕は運転席側に回って、ドアを開ける。車内は現代日本のそれと変わらないように見えるが、ここは魔法のある異世界だ。どんな違いがあるか分からない。
「クラッチはどこかな」
言い訳のように口に出しながら、運転席に乗り込む。
「ボケ。いまどきオートマ以外乗らんわ」
オッサンが窓の外を見ながら吐き捨てた。
返事があったことに意外感を覚える。
このオッサンは会話のついでに罵倒が混じるようだが、それを除くとちゃんと会話が通じているのではないか、と僕は思い始めた。
「はよ出さんかい。とろクサい」
いや錯覚か。どっちだ。
ハンドルとレバー、そしてアクセルとブレーキを確認する。うん、普通にオートマだな。裸足で踏むペダルに違和感あるが、贅沢は言ってられない。
僕は前世の車とほとんど同じであることを確認して、キーを回した。
◇
なるべく安全運転を心がけながら、言われた道を行く。完全にヤクザの運転手だ。異世界に転生してまでやることじゃない。
転生して初めて会ったのがオジサンで、次に黒尽くめの男たちに銃を向けられ、更にヤクザときた。交通事故から続けてツキが無い。そういえばこのオッサンの名前もまだ知らないな。
「あの、お名前を聞いてもいいですか」
「ひとに名前を尋ねるときは、まず自分が名乗らんかい」
「ですね。豊田ユウです」
「トヨダ・ユウ……ユウが名前か? わしの名はケーニッヒや。これからお前が世話になる男の名や、よう覚えとき」
「ケーニッヒさんですね。よろしくお願いします」
いや内心では早く逃げたいんだけど。
ドワーフのヤクザことケーニッヒはスーツの内ポケットから取り出したタバコに、指を擦り合わせて火をつけた。
……あ、魔法だ。
さらりと目の端に映る異世界の光景に息を呑む。どうでもいいが、ケーニッヒの左腕に巻かれたゴツい金無垢の腕時計も趣味が悪い。チラチラ光っているのはダイヤモンドだろうか。
気もそぞろで運転しながら助手席の様子を気にしていると、ケーニッヒがぽつりと言った。
「まずは……腹が減ったのう。どっか入るか」
「……あの。できれば服をなんとかしたいんですけど」
「あァ?」
ぷかりと口から煙を吐いて、ケーニッヒは僕を見た。手術着のような簡素な貫頭衣だけを身につけた僕。
ケーニッヒの視線が一瞬だけ僕の股間に移り、嫌そうに目線を逸らされた。こんなチラリズム、僕も望んでない。
「確かに、妙なカッコしとるなお前。仕方ないのう、先にコンビニ寄るか」
コンビニあるのか。
僕は何度目か分からないカルチャーショックに慄きながら、ケーニッヒの指示に従い車をコンビニに向けた。
◇
よく考えるまでもなく、コンビニに服はない。
僕はケーニッヒに男物の下着と室内履きのスリッパを買ってもらった。
ハミチンがパンチラに昇格して、文明人になった気分だ。
相変わらず手術着だが、金を払うのはケーニッヒだ。買ってもらえるのがパンツ一枚と安っぽいスリッパだとしても、文句のつけようがない。
僕はコンビニでトイレを借りてトランクスを穿いた。
そして車に戻る。既に助手席でくつろいでいたケーニッヒが、運転席に乗り込もうとしていた僕に言った。
「今日は肉の気分なんや。鉄板焼き行こか」
「はい」
もうどうにでもなれ。
ヤケクソ気味に肯定して、僕は車を発進させた。
(現実の)反社会的組織を肯定的に書く意図はありません。
あらかじめご了承ください。