37.ネカフェ卒業宣言
朝、衝撃的な起こし方をされてすっかり目が覚めると、顔を洗ってジネッタのベッドルームに声をかける。
結局夕食後もジネッタは端末いじりに精を出し、すっかりブラバス捜索をほっぽり出していた。こうしている間にもテロリストは逃げ続けている。早く動いた方がいいのだが、僕は僕でジネッタがなんとかしてくれると思って、一晩を空費してしまった。
……おのれジネッタ。任せろと言われて信じた僕が馬鹿だった。
ロイヤルスイートは確か二泊で取ったはずだから、今日は部屋を出なければならない。延長できなくもないだろうが、同じ所に留まり続けるのも危険な気がする。それともコロコロと場所を変える方が危険なのか。判断がつかないが、ひとまずロイヤルスイートは僕らには贅沢すぎだということは十分に分かった。
「おーい、ジネッタ。起きたか?」
僕が声をかけるのはこれで本日二度目。やはり反応がない。宵っ張りで端末を触っていたのだろう。寝かせてやりたくもあるが、部屋は出なきゃならないしブラバスも探さなければならない。
少し迷って、五十鈴にベッドルームを覗かせることにした。起きてないなら踏み込もう。
『ご主人様。ジネッタ様は現在、端末操作中のようです』
「あれ、起きてるのか」
どうやら聞こえてないだけだったらしい。朝から熱心なことだ。
僕はリビングと寝室の境界線を越え、ジネッタの肩を揺らす。
「おーい、ジネッタ。食事したら出よう。それか外でモーニングと洒落込むか?」
「うー? あれ、もう朝ぁ?」
…………。そっか。お前、寝てないのか。
果たして今日、ジネッタは使い物になるのだろうか。ため息を吐き、今日の予定に思いを馳せた。
◇
「太陽が痛いよー」
「まったく。徹夜なんかするからだ」
僕とジネッタは変装を済ませ、駅近くの喫茶店でモーニングを食べていた。コーヒーにトーストとサラダがついている。
「それで。端末の設定は終わったのか?」
「うー。終わった終わった。それはもう大丈夫でしぃ」
雑に受け答えすると、ジネッタはコーヒーを啜って目を細めた。おいおい、こんなとこで寝るなよ?
「じゃあブラバスの捜索はどうだ、なにかとっかかりとか、ありそうか?」
「うー……」
ガクリと頭が揺れ、しかし次の瞬間ジネッタの目がカッと開いた。
「起きてるよ!」
「聞いてねえよ」
ダメだ。これじゃ捜索とか言ってられん。
ジネッタも無理を悟ったのか、「昼まで寝させて」と言った。
「そうしとこうか。……そういや店はいいのか?」
「う? 店って?」
「店は店、ネカフェだよ。『フェアリーサークル』」
どうやらジネッタの異名でもあるらしい店だ。それともそういう異名があったからケーニッヒがつけたのか。鶏が先か卵が先かは僕には分からない。店長が「あとよろしく」で丸一日以上も姿を見せなければ、困ると思うのだが。
「あー店ね。もういいや」
「…………お、おう」
未練も責任感もなく、ジネッタはスッパリと縁を切った。「別に引き篭もらなくてもホテル生活でいいじゃん? ロイヤルスイート居心地よかったし」と言い放ち、挙句「どうせ困るのケーニッヒだし」と切り捨てる。年中無休24時間勤務かつ給料の出ないブラック店長の肩書とともに、ヤクザ資本によって成り立つ反社会的なネカフェはこうして潰えた。あれ、なんか潰えて良かった気がしてきたぞ。
しかしひどく軽いノリでジネッタはネカフェを卒業してしまった。そうするともうネカフェ妖精とは呼べなくなるな。今度からロイヤルスイート連泊妖精か。随分と出世したなあ。でもあずき色ジャージは変わらないという。
こうしてダラダラと午前中を過ごし、平穏ってこういうのを言うのかな、などと僕はどうでもいいことを思ったりしたのだが。果たしてこの光景、フェルが見たらブチ切れるんじゃないだろうか。
しかし結果としてフェルが刃物を持ってやって来るようなことはなく、僕らは別の店で昼食をとって捜索を始めるのだった。
◇
駅の真ん前に立っている大きめのビルには、カラオケボックスが入っている。僕らは昼過ぎのフリータイムに一室を借り、そこで逃亡中のテロリスト神学者ブラバスの捜索を行うことにした。
狭い室内。カラオケマシーンの画面にはこの世界の聞いたことのないポップスが流れている。イヌミミ三人組アイドルグループの新曲は『なでてなでて』というらしい。いやどうでもいいんだけど、可愛い。この世界、いろんな異種族がいるから絵面が派手だ。
ぼんやり見上げていたら、端末を三台並べて準備万端のジネッタが目を細めて「ああいうのが好き?」とか聞いてくる。慌てて首を振ったが、ジネッタは「ふーん」と全く信じてない顔でニヤニヤしている。五十鈴が垂れ気味のイヌミミカチューシャを装備する未来が見えた。歓迎するけど。
流れる映像が変わる度にからかわれたが、それはさておき。まず手を付けるのは声明の出処だ。研究施設を爆破して神である僕が企業に粛清の矢をどうこう言っていたアレである。確か新聞各社に送られたと、ニュースで見た。
実は昼にフェルからメールが届き、「昨日捕らえたテロリストからの証言では、声明を送ったのはブラバスの傍にいるメンバー」だと情報を受け取っていた。つまり声明を送った端末を特定できれば、ブラバスと一緒にいるだろうメンバーに辿り着くはずなのだ。
「まずメールの送信元を割り出そうか。〈ブート〉〈ライク・ア・バール〉、〈シーフ〉〈シーフ〉〈シーフ〉、三人いれば余裕かな」
ジネッタは軽く言って、大手新聞社のひとつに侵入する。内部ネットワークに入り込んで、メールサーバーはあっさりと妖精の手により陥落した。
「んんーあるね。これかな」
僕に見えるように〈ホロウィンドウ〉でメールのひとつを表示してくれた。確かに例の声明文だ。僕の映った画像ファイルも添付されている。
「おお、凄いな。送信元のアドレスが手掛かりになるんだな?」
「フリーアドレスだから誰でも取得できるものだね。でもまあ、そのアドレスを操作した履歴がドメインのサーバーにあるはず。このくらいは警察がもうやってるだろうけど、さすがに警察のサーバーに侵入すると後が怖いからね」
ジネッタにも怖いものがあるのか。危ない橋は渡らないに限るというのには同意なんだが、もう既にこの時点で犯罪してるんだよなあ。呟いている呪文も不穏だし。
「次はドメインのサーバーだね。DNSはリゾルバさんに聞けば余裕、と。よし、もっかい」
ジネッタはブツブツ言いながらどんどん進めていく。まあ既に僕にはどうにもならないので、結果だけ待つとしよう。ぼんやりアイドルグループが踊っているのを眺める。ヒューマンもシンプルでいいなあ。シンプルといっても髪の色や瞳の色が派手だから、僕にとっては十分に新鮮だ。
横で「ええんか、ここがええんか」とオヤジっぽい笑みを浮かべたジネッタが怖いが、十分もしないうちに「終わったよー」と顔を上げた。
「いや、早すぎないか?」
「まあまあ。ひとまずメールを送った場所が分かっただけで、こっから本人に辿り着けるかはまた別問題だよ」
端末を特定することもできたのだが、当然のようにGPSは切られていて現在地は不明らしい。
いまだにフェルが尻尾を掴めていない相手だ、そう簡単に僕らが辿り着けるわけはなかった。
「それって途切れたと言わないか?」
「それは現地に行ってみてから判断かな。防犯カメラとかがあれば、そこに送信した奴が映っているかもしれないし」
なるほど。しかしカラオケに来てまだ三十分も経ってないぞ。
端末操作中のジネッタは目立つし、無防備だ。変装している僕らを襲う奴がいるかどうかは微妙なところだが、それでも情報収集するには個室の方がいい。なんとなくもったいないが、そもそも歌える曲もないし、そして相手が逃亡中である以上、のんびりしていられない。
「あのアイドルの歌えばいいじゃない」
「いや、無理だから。覚えてないから」
僕らは声明文を送信したと思われる場所へ行く。……行くんだってば、ジネッタは曲を入れなくてよろしい!




