32.ヒットポイント
前回最後のライフゲージはヒットポイントに名称変更しました。
僕はジネッタを抱えたまま走った。〈縮地〉と〈短距離加速〉を駆使して喫茶店から距離を取る。
しかしまさか喫茶店の客がすべてフェルの仕込みとまでは思わなかった。こちらの指定した店に予め部下を配置するとは、さすがは第六席。厄介な相手だ。
だが彼女との交渉は必須である。僕から手を引かせ、ジネッタの安全を確保し、ついでにケーニッヒを解放できるような交渉相手は他に知らない。
走り続けたところ、自然公園に辿り着いた。腕の中で目を回しているジネッタをベンチに座らせて、僕は自販機で飲み物を買う。さっき紅茶を飲んだばかりなので、お茶という気分ではない。ジュースを二本買った。
「ジネッタ。どっちがいい?」
「うー? オレンジジュースちょうだい」
僕はオレンジジュースをジネッタに渡し、隣に腰掛けた。僕のはリンゴジュース。一汗かいた後だけあって、あっという間に飲み干した。
「周囲の景色が目まぐるしく吹き飛んで、変な加速するもんだから、すっかり酔っちゃったよ」
「悪い悪い。やっぱ僕ひとりの方が良かったかな」
そういうプランもあったが、別行動した挙句に片方が危機に陥る方が面倒だという結論になったのだ。そのために〈自己犠牲〉を準備していたが、どうやら正解だったらしい。
「ユウはひとりでもいいけど、わたしは別行動してたら危なかったかも」
「そうなのか?」
「うん。第六席ともなると、光学魔術と情報魔術の変装も感付かれるんだね。初めて知った」
なるほどジネッタも想定外だったわけか。つくづく厄介な相手だ第六席。あいつひとりに苦戦しているようなものだな。いや部下の魔術師たちの使っていた魔術も強そうだったけど。
僕がそうごちると、ジネッタが言った。
「あの部下たち全員、全身義体だったよ。しかも変装用だね。骨格ごと体型を変化させる潜入工作用のなんて、初めて見たよ」
「あの上司にしてあの部下あり、か」
連中は魔術もなしに自在に変装できる。どうやって警戒したらいいのやら。感知系のスペックが必要になりそうだ。
「あれ、ジネッタ。どうやって連中が全身義体だって分かったんだ?」
見た目は完全にちょっと贅沢なおやつの時間を過ごすマダムだったはずだ。なにか傍から見て分かる特徴でもあるのだろうか。
「机に顔を伏せている間に〈サーチ・メタル〉を使ったんだよ。大抵の武器は金属だからね。そうしたらビックリ、回りの客みんな身体の各部に金属パーツが入ってたから。それで全身義体だと分かったんだよ」
なるほどな。僕も探知系のスペックは欲しいのだがなかなかいいものが思い浮かばない。常に視界を遮るようなものでは不便だし、かといって使わずに奇襲を防げないようでは意味がない。
周辺の警戒を五十鈴に任せるようなスペックでもいいのだが、五十鈴は五十鈴でやってもらいたい仕事が他にある。
僕は自分の身体を見下ろした。ジャージは銃弾のせいで、いくつか穴が空いている。だがその下の身体は無傷だった。
交渉の前に準備したスペックのひとつで、〈身代わり羊〉のお陰だ。
〈身代わり羊〉:物理的な損傷を身代わりである羊の人形に引き受けさせる。人形は小分けに仕切られた空間に格納されている。
この世界の防御魔法は大別すれば幾つかに分けられる。
障壁を作る、自身や武装の強度を上げる、回避する、あたりがポピュラーなところで、変わったものになると、負傷を即座に再生する、なんて魔法もあった。しいて分類するなら〈射線予測〉は回避する、に当たるだろうか。
いろいろあるがどれも一長一短だ。傷を負うと痛みで動きが鈍るため、それを避けるためにもダメージそのものを無くすような魔法が良い。だが全ての攻撃に対して障壁を張るのも回避するのも、現実的ではない。自分自身をどんなに硬くしても限度がある。再生も論外だ。脳や心臓が破壊されたら再生する前に即死するだろう。
そんななかで目に留まったのが、切り札として予め作った魔術具に負傷を移し替える〈スケープゴート〉という魔術だった。魔術具である人形の作成も手間なら、魔力を注ぐのも手間という使い勝手が良いとは言い難い魔術である。
だがその部分さえクリアしてしまえば、これほど理想的な防御魔術は他にない。僕はこれを参考にして〈身代わり羊〉を提案した。
仕組みは簡単だ。そもそもこの手の移し替えの魔術は、一人につき一つしか効果を発揮しないのが基本なのだが、そこを無視する。魔法は法則を簡単に覆す。魔術として形にするなら具体的な理屈と手順が必要になるが、多くの場合、僕のスペックは必要がなければ具体性を問わない。
予め小さく仕切った空間を大量に用意しておく。そこに魔術具の人形を入れておき、あとは負傷したら順番にダメージを移し替えさせるというだけのものだ。
これをヒットポイントなどと名づけてまさにRPGでHPを管理するような形にしたのは五十鈴だが、これは非常に使い勝手のいいスペックに仕上がった。最大HPはジネッタ曰く「キリの良い数字」である1024である。僕には半端にしか思えない数字だが、ピッタリ1000も落ち着かないので採用した。
「五十鈴、HPの回復はどうだ?」
『順調です、ご主人様。既に八体は複製が完了しています』
肩にメイドが立ち、腰を折り曲げてお辞儀をした。ますますメイドらしさに磨きがかかるが、基本的に小さいので僕の世話をするようなことはない。せいぜい朝起こしてくれるくらいだろうか。
五十鈴には魔術具である人形の複製を任せているのだが、元々の魔術では術者が手ずから丁寧に作らなければならなかった。それでは不便で仕方ないので、ひとつだけ自分で作って、あとは全く同じものを複製するスペックを五十鈴に管理させている。名づけて〈無限の縫製〉。アンリミテッドでソーイングなワークスである。
〈無限の縫製〉:〈身代わり羊〉のための羊の人形を余白の空間に複製する。複製できるのは羊の人形だけであり、このスペックは五十鈴が管理・使用する。
片っ端から再生するという防御方法を結局は採用した形になったが、これにも限度はある。
まず僕の容量に限界があるということ。いかに特定の人形だけに対象を限定しているとはいえ、物質の完全コピーは難度の高い技術であるらしい。よってこれを稼働させている間は他のスペックは使用できないし、解除しなければ稼働もできない。
とはいえ防御用のスペックを解除するのは怖いので、そこは〈無限の縫製〉の速度を犠牲にしてでもリソースを確保している。
……立ち止まっている間にだけHPが自動回復するとか、ほんとRPGじみてきたなあ。
「すごいねユウ。そのスペックがあれば無敵じゃない?」
「まあね。でも僕自身が丈夫になるわけじゃないから、調子に乗ると酷い目にあいそうだ」
実際、フェルの作った〈ウィンド・ジェイル〉に〈鉤爪〉を使わずに素手で触れたら、指が切り飛ばされる代わりにHPが減っていたはずだ。迂闊な行動でHPを減らすのはもったいない。
あと実は僕の身体能力は、既にかなり強化されているそうなのだ。常時〈フィジカルブースト〉状態に等しいらしい。それでも人並みの腕力しかないのは、今の身体の筋力が弱すぎるからなのだそうだ。
……フォーデンも成長が必要とか言ってたもんな。
あとは個別にスペックを提案して補うしかないのだが、今回の用意でかなりリソースを食ってしまったのでひとまず保留だ。生命の危機が迫ったときに五十鈴がひねり出すスペックは有用なものが多いだけに、リソースを使い切るわけにはいかない。
このリソースも成長により徐々に増えるらしいので、時間をおけば僕はどんどん強くなるはずだ。寝ているだけで経験値がたまるようなものだが、実のあるスペックを提案するようにしないと無駄に容量を食ってしまうから気をつけなければならない。
次の行動をどうするか三人で相談しながら、HPが全快するのを待った。




