31.スタンディングオベーション
銃を構えて雪崩れ込むテロリストたち。茜色の腕章が『激情の秋』のトレードマークなのだろうか。
「なぜ連中はここに来たんだ?」
僕とジネッタはフェルを呼び出すために、細心の注意を払ってメッセージを送った。僕らの位置情報がバレるはずはない。フェルの側が罠を張るのは目に見えていたけど、ここでテロリストたちが現れるのは理解し難い。
僕を泳がせてテロリストをあぶり出すというフェルの目論見は分かる。だがこの場に呼んでは、フェルの身も安全ではすまないはずだ。
だが宮廷魔術師第六席は余裕を崩さず、笑みを浮かべたままで言った。
「魔人捜索の指揮をとっている私が単独で動いているのよ? 注目を集めないはずがないじゃない」
この反応。こいつ絶対、こうなるって分かってたな。
確かにフェルは強い。額に銃弾を食らって平気な顔しているくらいだ。この程度のテロリスト、物の数ではないということか。だからと言ってテロリストが来るに任せるとは豪胆にも程がある。
危険なのはジネッタだ。この妖精、戦えるとはとても思えない。
横を見ると案の定。ジネッタはメニューを頭の上に持ち上げてテーブルに突っ伏していた。いや、それじゃ銃弾は防げないから。
「……お前が第六席だな?」
男のひとりが銃の筒先を向けて、こちらのテーブルに歩いてくる。
男は僕とジネッタのことも見るが、目を瞬かせて顔をしかめる。思っていた顔と違うので、アテが外れたのだろう。光学魔術と情報魔術による変装の効果だ。フェルほどにもなれば感付かれるようだが、十把一絡げのテロリストでは見破ることはできないらしい。
だが僕に銃口を向けると、男は言った。
「お前、……いや貴方が神ですか?」
おい、お前って言っただろう今。こいつら絶対、僕のこと心の底から信仰する気ないよね。
僕もこの世界で神様を名乗るつもりはないので、丁度いいんだけど。
射線を避けたい気持ちで一杯だが、下手な動きをしてジネッタに流れ弾が当たったら危ない。僕はいざというときのために、ジネッタのジャージの裾を掴んでおく。
さてどうやって切り抜けようかと思っていると、フェルがおもむろに皿に乗っていたフォークを手に取り、振った。
「――ショーダウン」
その行儀の悪い合図に応え、喫茶店の客たちが一斉に立ち上がり人差し指をテロリストに向ける。
「……は?」
「「「〈エアリアル・スティング〉」」」
一斉に唱えた。ビュオ、と空気を切り裂く音が鳴ると同時、唖然とするテロリストたちに鋭利な錐となった圧縮空気の弾丸が叩き込まれる。
常時展開していた防護魔法があったものは運よく即死を免れたが、そうでなかった者は悲惨だ。着弾した部分からごっそりと削り取られ、血を吹き出して倒れていく。この分だと防げなかった者たちは即死だろう。
空気を武器とする風属性の魔術だが、その威力は術者の練度により高められる。一撃で人体を吹き飛ばす威力を見る限り、この客たちは全員が手練の魔術師のようだ。
泡を食ったテロリストのひとりが声を上げる。
「こいつら、軍人か……!?」
そう、宮廷魔術師第六席の弟子にして部下。陸軍情報部の軍人たち。どこかに伏せているだろうと思っていたが、こんなに近くに潜んでいたとは僕も計算外だった。どうみても有閑マダムにしか見えないが、これ全部が変装なのだとしたら徹底している。
混乱するテロリストたちを尻目に、僕はジネッタの腕を掴んで走りだす。
「ジネッタ、いったん逃げるぞ!」
「う? ……うん!」
状況が悪い。乱戦になったら僕はともかく、ジネッタが危険だ。なによりフェルの手中に収まっている状況がマズい。交渉をひっくり返されても文句がいえない。一旦この場を離脱して、もう少しフェアな状況に持ち込まなければ。
だが勝手は許されない。案の定、フェルが立ち上がってそれを妨害しようとする。
「待ちなさい! 〈ウィンド・ジェイル〉!」
緑色に光る風が格子模様を描いて、僕らの四方八方を阻んだ。
チラリとフェルに視線を向け、言った。
「悪いが仕切り直しにしよう」
【〈鉤爪〉を使用しました】
僕はジネッタをしっかりと抱きかかえ、白く硬化した鉤爪を風の牢に突き入れた。するとフェルの魔法は僕が触れた端から緑色のモヤとなって霧散していく。
僕とて無策でやってきたわけではない。この交渉で戦いになっても、逃げるか勝つかできるだけの準備を整えて臨んでいるのだ。
「魔法が……消えていく?」
フェルが戸惑いを隠さずに呟いた。
僕が得た新しいスペックは次のようなものだった。
〈魔の申し子〉:触れた魔法を自己の延長として扱う。
僕の身体は魔法でできている。だから単純に魔法を打ち消すような効果は自分を傷つけかねない。それは五十鈴と会話をするための解呪スペックを提案するときに気をつけなければならなかった点と同じだ。
だが戦闘において、相手の魔法の無効化は必要になるはずだと考えた。自分を傷つけずに都合よく相手の魔法だけを破壊することはできないだろうか。そう考え、思いついたのが〈魔の申し子〉だった。
僕の身体とそうでない他者の魔法とは、なにが違うのか? 結論としては、発揮される効果が違うだけであって魔法は魔法なのである。ならば全ての魔法は僕の身体と同等に扱えるはずだ。もし敵の放った魔法が僕の身体の一部であるならば、〈浄化免疫〉が不都合な魔法だけを除去してくれる。
〈浄化免疫〉:意に沿わない不利な魔法の影響を魔力に還元し、体外に排出する。
スペックが思った通りの効果を発揮しているのを確認し、僕は爪で風の牢獄を薙ぎ払った。五本の刃がフェルの魔法を綻ばせる。ジネッタを抱えた僕が十分に通れる穴が出来上がると、逃すまいと今度はテロリストたちの銃撃が僕らに牙を向いた。
「おい、そいつらを逃すな! 撃て、撃て!」
さすがに見逃してはくれないか。だが彼らも冷静さを欠いているのだろう、もしこの銃撃で僕を殺してしまったら、どうするつもりなんだ。
射線の数が多い。僕ひとりなら避けられるかもしれないが、ジネッタを抱えているいまは無理だ。やはりこの交渉のために備えた新しいスペックを使用することにしよう。
【〈自己犠牲〉を使用しました】
〈自己犠牲〉:接触している他者の物理的な損傷を代わりに受ける。指定した対象以外には効果を発揮しない。
戦闘手段に乏しいジネッタを守るためのスペック。触れていなければ使えないのがネックだが、触れてさえいれば確実に僕がダメージを引き受けることができる。
アサルトライフルから放たれた無数の弾丸が僕とジネッタに突き刺さる。だが僕らをズタズタに引き裂くはずの鉛弾は、仕事をせずに当たった端から消えていった。
【ヒットポイントが17減りました】
銃撃で喫茶店の窓が砕け散る。破壊する手間が省けて好都合だ。ガラスの破片が舞う中に、僕らは飛び出した。
ライフゲージをヒットポイントに名称変更しました。スペックの詳細は次回です。




