26.万能の魔法
テーブルの中央に盛られたフライドポテトの皿が、せっかくのロイヤルスイートだというのにファストフード店にいるような弛緩した空気を醸し出している。チーズの盛り合わせとかもっとこう、部屋の雰囲気にあったおつまみがあったはずなのだが、なぜそれを選んだのか。ネカフェに平気で引きこもれるジネッタの味覚は、ジャンクフードに慣れきっているのだろうか。
「なあ。なんでフライドポテト?」
「え? フライドポテト美味しいよ。ユウも食べていいよ」
先程ルームサービスで食事を終えたばかりだが、よくこんな油っぽいものを頼んだものだ。話しながらだと口寂しいから、というのは分からなくもないのだが。
よくよく見ればジネッタは子供っぽい。身長1メートル程度だから、見た感じは小学生くらいだ。だからと言って見た目通りの年齢ではないし、僕よりも大人びた発言をすることも多い。
「ジネッタって何歳なんだ?」
「女性に年齢を聞くー?」
これだ。どんな見た目でも女性は女性。やはり年齢の話題は鬼門なのか。
「いや妖精系って年取らないっていう情報が僕の中にはあるんだけど。それでも年齢聞かれるのは嫌なのか?」
「ううーん。そりゃ女性はいつまでも若くありたいものよ」
ケチャップとマスタードをいったりきたりしながら、細長いポテトで皿に絵を描くジネッタ。食べ物で遊ぶのはやめなさい。
「とはいえ。わたしたち妖精族は寿命がないのは確かだね」
「へえ。じゃあ永遠に若いままで生きていけるのか」
「それは微妙だね。わたしたち妖精族には寿命がないけど、この世に飽きたら徐々に小さく萎んでいって、消滅するから」
死ぬ理由が斬新すぎる。
「細く長く楽しむ妖精族は何百年も生きるけど、逆にパパーっと楽しんだ後、急に『あ、もういいかな』って思ったら消滅する妖精族も少なくないんだよ。生まれてから30分くらいで死んだ子とかいるし」
「極端だな。それでジネッタの場合は?」
絵筆にしていたポテトがヘタったようで、それをかじって新しいポテトを手に取る。ジネッタは言った。
「妖精族って時間の間隔が薄いの。2秒だろうが10分だろうが1年だろうが、楽しい時間かそうでない時間かの二択しかないの。生まれながらにして社会不適合な種族なんだよね」
「それは……大変だな」
「わたしは今も楽しい時間の中にいると思うよ。まだ飽きるには早いかなあ」
フライドポテトは半分以上をジネッタが食べ、皿の空いたスペースには赤と黄色で描かれた幾何学的な太陽の絵が出来上がっていた。
「ねえ。ユウは何歳?」
「僕? 僕は18だよ」
ジネッタは「ふうん」と気のない返事をした後、「じゃあわたしはじゅうはち……いや17歳にしとこっかな」と言った。
「なんでひとつ下げたんだ」
「なんでだと思う?」
ニンマリと笑みを浮かべるジネッタ。
なんだろう。僕より年下でなければならない理由。いやそれとももしかして……。
ロイヤルスイートは広い。だがどんなに広くても同じひとつの部屋であることは変わらない。わざわざ別の部屋をとるより、廊下に人通りを感知する魔術を仕掛けて同じ部屋にいた方が、いざといいうときに対応しやすいという理由からだ。
でも男女が同じ部屋に泊まる、というキーワードに何も思わなかったわけではない。そんなことを気にしている場合ではない、これは非常事態なのだ、と自分に言い聞かせて、何も意識していない風を装っていた。
ジネッタが年齢を下げた理由は、もしかすると『18歳未満の青少年の育成に不適切な何か』を警戒してのポーズではないだろうか。暗ににそういうのはなし、という遠回しなメッセージ。
僕の耳が熱を持つ。そう自覚して顔を上げると、ジネッタはけろりとした表情で言った。
「17が素数だったから」
…………なら19でもいいじゃないか。僕がそう指摘すると、ジネッタは「若いほうがいいじゃない」と言いながらペロリと舌を出して笑った。
◇
食後の雑談が一区切りついたところで、僕らは本題に入った。
「なあジネッタ。スペックってのはどういう仕組みなんだ?」
「魔法だよ」
「その魔法が僕の元いた世界にはなくてね……」
「そうだったね」
ジネッタは「どう説明したものか」と首を傾げながら言う。
「魔法というのは物理法則のように規則正しいものじゃなく――」
「いや。そういう話はいいんだ。僕が困っているのは、僕とスペックとが会話できない部分なんだ」
「う?」
僕は「相談しろ、具体的に提案しろ」というフォーデンの言葉をジネッタに伝える。スペックの項目が増えるときに聞こえる意味の分からないアナウンスもだ。
「ああ。さすがのわたしも、ハードウェアの機能障害に口出せるほどには詳しくないよ」
「え、そうなのか?」
「うん。高度情報体を定着させるために魔人が造られたんだけど、これは魔法に魔法を重ねて動かすような代物みたいでね。複雑すぎて何がなんやら。わたしから見てもユウは魔法の塊っていうか、魔法そのものなんだよ」
「魔法の塊で、魔法そのもの……」
つまり僕はこの世界の法則を超越した存在であるということだ。しかも常時、無視しっぱなし。そうでもしないと壁の外側から来た僕の存在を維持できないのだ。
僕以前のあまた生まれた失敗作たちは、自己の存在に矛盾をきたして崩壊してしまったのだとジネッタは言った。
だが魔人の仕組みの究明を諦めるわけにはいかない。なんとかひとつでも多くのヒントを掴みたい。
「なあジネッタ。僕を見て魔法の塊だと分かるのは、どうやってだ?」
「妖精の勘かな。わたしたち妖精族は妖精系の種族の中でも特に魔法寄りだから、なんとなく分かるんだよ」
「ううむ。そういう勘もスペックに提案したら手に入るかな」
「あ、それストップ」
呟いた僕をジネッタは手のひらで制止した。そして言った。
「ユウの身体は、ユウ自身の存在の維持やスペックというユウの願望を反映した魔法の塊だと言ったよね。魔術が魔力を代償にするように、ユウの身体にも実現できる容量が決まっているの」
「リソース?」
「そう。ユウが望めばどんな無茶なことも可能にするはずだけど、強力なスペックはそれだけ多くのリソースを必要とするはず。だから思いつく端から能力を手に入れると、いざというときに新しいスペックを増やせなくなるかもしれないよ」
つまり荒唐無稽な能力をスペックに要求しても、都合よく実現できないということなのか。
だがジネッタは「それも少し違う」と言った。
「やり方次第だと思うんだよ。例えば指先にライターみたいな火を灯すスペックを手に入れるとするね?」
「うん。そんなスペックはライター買うからいらんけどな」
「だから例えだって。で、その能力の火力を増やしていくと、車を吹き飛ばすようなスペックくらいまでは多分可能だと思うんだ」
「逆にそれ以上のことはできない、と?」
「ただ炎を出すだけならね」
なるほど。ジネッタの言いたいことがなんとなく分かった。
「どうせスペックで物理法則を無視するなら、大きな炎を出すよりも原子核でもいじった方が早いってことか」
「ご名答。ユウは対象を限定して具体的な手順を指定できるなら、どんな現象も実現させるはずだよ。ついでに言えば空間を歪めたり、物理法則自体に干渉するようなスペックを入手できるなら、それが効率的かもしれないね」
ありがたいアドバイスだった。つまり僕は万能ではあるが、炎を出すだけのようなスペックを得てはいけないのだ。やるなら対象の熱エネルギーを増減させるような能力をスペックに要求した方が効果的なのだ。
この世界の魔法は物理法則を無視するという点で、どんな無茶でも可能にする。だがそれでも、影響範囲が大きくなればなるほど消費する魔力が増えて効率が悪くなる。ピンポイントに作用して結果として広範囲に影響するような、連鎖反応を狙うような発想が重要になるというわけだ。
だがそれを踏まえれば、実際には制限はないも同然。提案が具体的でさえあれば、空間を歪めろという無茶な要求にも関わらず〈縮地〉というスペックを入手できたように。
……なんだ。僕、無敵じゃないか?
今なら第六席にも勝てるかな、などと思ってスペックを見て気づいた。やけに自分とその周辺に影響をおよぼすスペックが多い。
「なあ。僕の身体が魔法でできていて、その魔法が僕の望みを汲み取って変化するんだよな」
「そうだよ」
「それってつまり、僕の魔法は射程が短いってことか?」
「それはあるかもね」
ジネッタは顎に手をやり、少し考えて言った。
「ユウが魔法だけで銃を撃とうとするなら、銃弾の生成とそれを飛ばすための仕組みまでスペックに要求しなきゃならないだろうね」
「なるほど。ちなみに魔術だとどういう仕組で実現するんだ?」
ジネッタは〈ストーンバレット〉という石を飛ばす地属性の魔術を例にとって教えてくれた。
弾丸になる石の作成、対象の指定、弾丸が対象に到達するために必要なエネルギーを与えるという手順らしい。
「あれ、それって僕も真似ようと思えば真似られるんじゃないか?」
「やろうと思えばなんでもできるんだから、〈ストーンバレット〉くらいは余裕でしょ。でも覚えておいて。自分から遠くにあるものに直接、影響を及ぼそうとすればするほど、必要なリソースは跳ね上がるはずだから」
影響範囲を大きくすれば効率が下がる。影響を及ぼす対象が遠ければ遠いほど効率が下がる。同じだけのリソースを費やすならできるだけ世界の根幹をなす法則に干渉した方がいい。
スペックに関する注意事項をまとめればこうなる。
そうしてみると〈縮地〉は理想的なスペックだったことが分かるだろう。自分の目の前にある空間を縮め、あとは自分の足で走るのだから。
とここで、僕はひとつ重大な思いつきをした。話しながらだと自分の思考が整理されるのか、〈高伝導神経〉の恩恵で頭のめぐりが良くなったのか。いずれにせよ現状を打破する考えだ。
「スペックと会話ができないなら、スペックと会話ができるスペックを提案すればいいじゃないか」
「……でもそれ、提案してないわけないよね?」
ううむ、それもそうか。もしかしたら行けるかも、と思ったんだが。
「でもおかしいよね。たかが意思疎通するだけの要求や提案なら、とっくに問題解決してそうなものだけど」
「うん?」
「ちょっと見てみようか。――〈アナライズ〉」
呟いたジネッタが「うっ!?」と呻いて口を抑えると、半眼で僕を見て言った。
「なにこれ気持ち悪い」
「やめてくれ。僕を見て気持ち悪いとか言うなよ……」
「ごめんごめん、ついね。なんというか、魔法が魔法によって動いている感じの重層さが……あ、でもこれOSの仮想化だと思えば……イケるかも」
ジネッタは自分の得意分野と照らし合わせながら、じっと僕を見て観察を続ける。
「〈ペイント〉〈マナ・フロー〉〈ブルー〉……〈カリキュレイト〉……〈アナライズ〉〈アナライズ〉」
ぶつぶつと念仏を唱えるように呪文を紡ぐジネッタ。複数の魔術を大量に持ち寄って、僕という魔法を解析する。
そして一分ほども僕を睨んだ後、言った。
「うん。分からないや」
「そ、そうか……」
「魔人の仕組みはさっぱり。でもスペックと会話できないっていう原因らしきものは見つけたよ」
「おお。それって十分な成果じゃないか!」
さすがはジネッタ、やればできる子である。見た目は子供、頭脳はジネッタ!
「うん。なんかユウの中でわたしに対する点数が上がってるのか下がってるのか分からない」
「え? うなぎのぼりだぞ?」
なんせネカフェに引き篭もってるとか残念なこと言われたからな。最初の方の印象が悪すぎた感は否めない。
だからこそ僕の中でのジネッタは随分と評価を上げた。いまや凄腕ハッカーのジネッタ様だ。
「それで? どんな理由で僕とスペックは会話が通じていないんだ?」
「う? ああそれね。ユウのなかに呪いがわだかまってるの」
僕は眉をひそめて「呪い?」と聞き直した。
「うん。わたしが分析できるのはユウのなかに呪いとしか分類できない魔法があるとこまでだよ。ユウともうひとつの魂との間で相互の連結を妨害してるのは見えてるから、間違いないはずだけど」
「……もうひとつの魂?」
初耳だ。この身体に僕以外の誰かの魂があるというのか。
「ああ、そうじゃなくてね。ユウの身体を制御するためにAIが使われているの。その制御AIの魂だよ」
「え? AIに魂?」
ジネッタはさも当然と言わんばかりに「細部に宿るものだからね」と頷いた。
「人格を持つまでに至ったAIっていうのは、もはやひとつの生命体でもあるんだよ。そこまでいくと魂を備えるのは当たり前というか、逆にいえば魂くらい吹き込めないと人格を持ったAIには育たないんだよね」
つまりスペックは魂と人格を持つに至ったAIであるということか。
そしてそれと僕との間を阻害する呪いが存在している。
問題はハッキリした。あとは呪いを解くスペックを提案すればいい。そうすればスペックと相談できるようになる。僕自身の身体については、スペックが一番詳しいはずだ。
希望が見えてきたような気がした。まだまだ暗いトンネルは続いているが、出口に向かうための道しるべがようやく手に入る。
僕は呪いを解く手立てを提案するため、どんな方法があるかを考え始めた。




