25.神様は壁だった説
スイートルームは寝室とリビングが分かれている部屋のことを言う。更にロイヤルともなれば最上級の格式ある部屋になるわけだが。
部屋に入った僕は、思わず「広いな」と呟いた。
まず目につくのはグランドピアノだ。このような部屋に泊まる人々は、楽器のひとつやふたつは教養の内だと言わんばかりである。ソファの配置もピアノを見るのに視線を遮らないよう向きを意識して配置されているから、このピアノは飾りではなく実用品なのだろう。
ダイニングもオシャレだ。壁には色鮮やかに織られた布が掛けられ、六脚の椅子が木製テーブルを挟んで向かい合っている。部屋に対してキッチンは小さいが、ホテルの中ならこんなものだろう。ふたつあるトイレの床は大理石っぽい。
窓の外の景色もなかなかだ。高層階にあるだけあって、眺めが良い。ビルの立ち並ぶ都市部の外に、完全に人の手が入っていないような森や平原が広がっている。見下ろす景色の都市と自然の配分は、ちょうど半々くらいだろうか。
僕が初めてのロイヤルスイートに興奮して部屋中をひととおり見て回った頃、ベッドに転がって端末を弄っていたジネッタが顔を上げて言った。
「気は済んだ?」
「……うん」
僕の感動に水をささずにいてくれたことに感謝はするが、ジネッタまじクール。だってロイヤルだよ? メチャクチャ広いんだよ? 家具ひととおり揃っててピアノまで置いてあるのに、部屋スカスカなんだよ? なんでベッド直行してネットできるんだよ。
「なあ。なんでそんな落ち着いてられるんだ。この部屋、凄いぞ」
「そりゃ一番いい部屋とったからね。でもユウはハシャギすぎでしょ」
「そうかなー」
僕はひとまず気を鎮めるよう深呼吸し、せっかくなので〈映像記憶〉でリビングの映像を心に焼き付けておいた。
「さて。そろそろ話の続き、しよっか?」
「ああ。僕の……魔人の話だよな。聞かせてくれ」
ジネッタと僕はリビングのソファに向かい合わせになって座る。そしてジネッタは「順番に行くね」と前置きしてから、言った。
「ユウ。神聖魔術って知ってる?」
神聖魔術。この世界で古くからある魔術のひとつで、神々に祈りを捧げてその恩恵を授かろうという魔術だ。神ごとに得意な魔法があり、それゆえ信仰する宗派によって使える魔法が違うという特色がある。
もちろん例外はあるものの、どの神でも神聖魔術を行使する手順は変わらない。呪文を口ずさみ魔力を捧げることで、魔法を起こすというものだ。
そして呪文に登場する神々が登場する神話が作られ様々な宗教が乱立したが、昨今では神話の内容の巧拙ではなく宗派ごとのコミュニティこそが重要になっており、政治や社交に宗教はかかせないものとなっているらしい。
以上、脳内百科事典より。
「まあ知識だけはあるよ」
「そっか。じゃあ神様が実は世界の端っこにある壁だったって話も知ってる?」
「……はあ?」
ジネッタはいたずらっぽく笑うと、説明してくれた。
現代では神聖魔術の原理解明が進んでおり、術者が呪文により形式を整えて送信した魔力が、世界の果てにある壁にぶつかって反射され、それが術者の元に届いて魔法になるという学説が有力なのだそうだ。
「神様は壁だったのか……」
「そんな理屈は知らんとばかりに信仰してる人は世界中にいるけどね。まだ壁の向こうには神々の住まう世界があるに違いない、とか考えている人は多いみたい」
「なるほど。……あれ、世界の果ては壁になっているのか?」
僕の宇宙知識ではビッグバン以降、宇宙は膨張しているのだが。果てが壁になっているとは想像もつかない。
「そうだね。宇宙の果てを観測した結果、文字通りの壁にぶち当たったってのは有名な話だね」
「へえ」
「……で、この話がユウの話にどう繋がるかというと」
一拍おいてから、ジネッタは言った。
「ミホの研究施設には、その壁の外側にいる存在を連れてこようとするプロジェクトがあった」
「それって――」
「オカルトだよね。本気で壁の向こう側に神を望んだ人たちが、研究に研究を重ねちゃった。その結果がユウなの。魔人は神様をこの世界に降誕して留めておく入れ物で、つまりユウは神様なんだよ」
僕が、神様。
「……ないわー」
ジネッタも「ないねー」と言って、ふたりして笑った。
僕が神様? そんなわけないだろう。
「でもま、研究チームはそのつもりで研究してたし、何の間違いなのか成功しちゃったんだよね」
そう。僕がここにいるのがその証拠に。
「壁の向こう側から高度情報体を召喚できちゃったのよ。それが魂なのか生命体なのか分からなかったけど、入れ物を作ってそれに収める実験を繰り返したの。何度も失敗しててさ。人造人間もどきを誕生させては破棄して。いちいち名前つけるのが面倒になるくらい失敗して」
コードネームは『ボーイ』。面倒になって番号をつけるのすら怠るほどに、失敗して破棄された命たちの名前。
「そしてとうとう先日、入れ物に高度情報体を定着させるとこまで成功してしまったの。ねえ? テロリストが研究施設を爆破したり、企業群がやっきになって非合法工作員を追っ手にやったり、街中で銃撃戦してみたり、軍属の宮廷魔術師が出てくるくらいの大騒動になるでしょ? ケーニッヒじゃ役不足だよね。だって、神様がこの地上に誕生したんだもの」
そりゃそうだ。でも僕は前世、ただの高校生だ。神様だなんてとんでもない。
「いや、そもそも僕は実験兵器だったんじゃないのか」
「皇国はそのつもりだと思うよ。なんたって神様だもの。戦争に投入したらひとりで勝っちゃいそうじゃない」
「そんな無茶な。僕が神様だっていうなら、もっと丁寧に扱えよ!」
「たぶん偉い人からすれば、神様って便利な道具でしかないんじゃないかな」
ひどい扱いだ。
「その証拠に、ユウには自己の存在を思い通りに変化させられる『スペック』が備わっている。壁の外側から来た神様が不自由しないように、この世界にない新しい魔法や知識をもたらすことができるように、ってね」
「ああ。そのスペックについてもっと知りたいんだ」
僕はスペックをまだまだ使いこなせていない。そもそもコミュニケーションできる代物らしいのに、スペックの言葉を聞くことができていない。
さあ核心に迫ろうという時になって、ジネッタが真剣な表情で言った。
「その前に、ルームサービスとっていいかな?」
「…………。うん、僕も実はお腹すいてるんだ」
早めにお開きになったバーでは軽食しか食べていなかったし、日が落ちてから走り回ったせいか割りと空腹だったのだ。ジネッタもネカフェでお菓子を摘んでいたものの食事はまだだったようである。
夜はまだ長い。僕らは室内に合わせたのか優美な装丁のメニューを開き、一旦休憩することにした。




