24.ホテルはリバーサイド
駅までの道のりに段々と人が増えていく。街並みも通り沿いに店舗が増えていき、徐々に看板の数がうるさくなり始めた頃、ジネッタが言った。
「話は後にしようか」
「ああ。そうしよう」
誰も僕らの話に耳を傾けていないだろうとは思うが、しかし周囲に人がいる状況で魔人の話をするのは落ち着かない。
だから僕とジネッタは先にホテルに入ることにした。
ジネッタが右手をポケットの中に手を入れると、彼女の右側に仮想ディスプレイが現れた。
「〈ブート〉〈セクレタリ〉。……ホテルをリストアップして。外資系がいいな」
呟く呪文に応えるように、仮想ディスプレイに女性のモデルが映った。
すると女性が地図の表示されたフリップを画面外からフレームインさせて、ホテルのある位置にピンを落とし始める。
「これは?」
「自作の秘書AIだよ」
そういえば僕が前世で持っていたスマホにも音声認識ソフトがあった。言葉で命令してスマホのアプリなどを起動できるものだ。
キーボードやタッチパッドと違って操作に場所を取らないので、この世界のケータイには有用そうに思える。
「自作ってことは、普通のケータイにはないのか?」
「うーん。ないでもないんだけど、精度がイマイチで人気ないの。精度高いのは軍用ならあるかもね」
「それで。ジネッタの自作秘書はどうなんだ」
「感度バッチリよ」
ニヤリと笑って卑猥な言い方をするジネッタ。自分で言うのも何だが、純情な男子高校生をからかうのはやめなさい。
「さっき言ってたネカフェ経営ソフトとか、その秘書ソフトとか。そういうの、売れば商売になるんじゃないのか?」
「なるよ。実を言うとわたし、お金には困ってない」
「……給料、もらってなくても平気だもんな」
ネカフェ店長は完全に道楽だったわけだ。
それからジネッタは一言二言、秘書ソフトと会話して行き先を決めたようだ。
「決めた。外資だし一番大きいし、川沿いで眺め良しだし。高級なとこにしよ」
「外資ってのは重要なとこなのか」
「重要だよ? まかり間違っても国営企業群のホテルはアウトだよ」
「おお、それは確かに。……あれ、でも『激情の秋』は大丈夫なのか」
「あのねユウ。確かに『激情の秋』はアンチ・イセだけど、犯罪組織なの。外資系だからってテロリストが高級ホテルには泊まらないでしょ。多分」
多分かよ。
宮廷魔術師フェルの顔を思い浮かべる。陸軍情報部の機械化狂いが僕の行き先をどうやって掴むのかは想像もつかない。しかしイセの系列ホテルを避けるのはともかく、そこから外資系の高級ホテルに泊まるとは思うまい。
秘書に道案内を任せながら、僕らは今夜の宿に向かった。
◇
ホテルにはほどなく到着した。白いホテルは高級感あふれる外観で、見るからに未成年の男女が入るにはグレードが高すぎる。
更にロビーに入るとふかふかの絨毯が敷き詰められており、耳障りにならない程度の音量でクラシックが流れていた。
「……なあジネッタ。ほんとにここにするのか?」
「え? なんか不満ある?」
「いや。そういえば僕、2万ちょっとしか持ってない」
「大丈夫。わたし、お金には困ってないって言ったでしょ」
僕は落ち着かない気分で、まっすぐフロントに向かうジネッタの後を追った。高級ホテルでも物怖じしないジネッタが格好いい。
ジネッタは、フロントに立っている隙のない風格を漂わせた支配人らしき男の前に立って言った。
「ロイヤルスイート空いてる?」
……おおいジネッタ。僕ら逃亡中なんですけど。
何を目立つことをしているんだ、と抗議の意味を込めて肘を引っ張る。ジネッタは僕の手を邪魔だと言わんばかりに払いのけ、そのまま話を進めた。
「恐れ入りますが市民登録証かパスポートをお持ちでしょうか」
「空いてるね? じゃ二泊よろしく。支払いはこれで」
ジネッタがカードを差し出した。冒険者登録証に似ているが、そのカードが市民登録証なのだろうか。
それを恭しく受け取った支配人は、カードを見て目を瞬かせてから改めて背筋を伸ばした。
「当ホテルにようこそ。こちらにご記帳をお願いします」
支配人の態度が一変したことに僕が驚いたのを見て、ジネッタは口の端に笑みを浮かべた。
◇
さて無事に部屋はとれたが、予約もせずに来たものだから部屋の準備ができるまでロビーで待たなければならないらしい。恐縮する支配人に「30分ほどかかるかもしれない」と言われたので、「じゃあ喫茶店でコーヒー飲んで待ってよう」というジネッタの提案に乗ることになった。
「なあ。さっき見せたカードが市民登録証なのか?」
「そうだよ。見る?」
冒険者登録証と同じくプラスチック製のカードで、キャッシュカードに似ている。これを提示して支払いを済ませられるらしいのでクレジットカードに例えたいところだが、僕は前世でクレジットカードを持ってなかったので分からない。表面に『CLDサージェン皇国 市民登録証』とあり、続けて『プラチナム』と箔押しで印字されている。
「プラチナムってのはなんだ?」
「この国の市民は納める税金や身分・爵位によってランク分けされてるんだよ」
「へえ。金持ちは優遇されるのか」
「そ。上からプラチナム、ゴールド、シルバーで、一番下はグリーンだね。でもグリーンなんて呼ばずにカッパーって呼んだりすることもあるけど」
「なんで白金、金、銀ときて緑なんだよ」
「あ、あと犯罪者はレッドになるよ。これは刑期を終えたらグリーンに戻るから、保釈中とか逃走中とかにならないと見れないからレアだね」
「そんな希少価値は要らん」
だが今の僕らはまさにそれじゃないだろうか。
「で、ジネッタのはプラチナムは一番上ってことか」
「うん。名前みたら分かる通り、架空の人物だけど」
「……は?」
よく見るとカードのどこにもジネッタの名前がない。というか名前欄に全く知らない別人の名前が印字されている。
「偽造ってことか?」
「違うよ。れっきとした本物。そもそも市民登録なんて総務省のデータベースにあるかないかだもん。そこに実在しない人物を付け加えてフラグいっこ立てるだけで、プラチナム市民なんだよ」
「なるほど……ちなみにどうやって手に入れるんだ?」
僕の市民登録証はケーニッヒが用意してくれるという話だったが、今となっては無効だろう。本当に用意するつもりだったかすら怪しい。
「INSERT文かな」
「……魔法か?」
僕の言葉にクスリと笑って、ジネッタは「そうだよ」と言った。




