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高度に発達した異世界では転生しても無双できないか  作者: イ尹口欠


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23/60

23.テロリストふたたび

 都市部の夜は明るい。

 小さく(またた)く星々より、煌々(こうこう)と輝く月より、点々とアスファルトを照らす街灯の明かりの方が人を安心させから、文明人はやっきになって灯りを増やしてきた。


 雑居ビルを出ると、ジネッタが「このままじゃ目立つね」と呟く。

 若い男女のジャージ二人組、ましてや女性の方は妖精族(フェイ)とくれば目立たないわけがない。


「どうする。服でも買うか? ジネッタの羽根は隠せそうにないけど……」

「いいえ、大丈夫。わたしに任せなさい」


 ジネッタは平たい胸板をドンと叩いき、唱えた。


「〈ヴィジョン〉〈エレガンスカバー〉〈ワン〉〈ツー〉、〈ノーフェイス〉」


 すると円筒形の光のカーテンが僕とジネッタを隠し、次の瞬間、別人の様相に変わっていた。

 ジネッタは目立つアゲハチョウの羽根が見えなくなり、髪は綺麗に梳かしてシュシュでひとつにまとめられていた。モノクロチェック柄のブラウスにクリーム色のカーディガンを羽織り、濃いグレーのミニスカートを身につけ、宙に浮く足を誤魔化すためだろうか、ヒールの高い赤いパンプスも履いている。一見するとオシャレな中学生くらいのお嬢様。あずき色のジャージは見る影もない。

 僕はといえば、紺のジャージが白いカジュアルシャツに黒のジャケット、濃紺のズボンに変化し、足元は革靴になっていた。ただし見た目だけだ、着心地は完全にジャージにスニーカーである。


「光属性の魔術で外見を誤魔化したの。触られればバレるけど、大丈夫でしょ。第三者が見てもわたしたちが印象に残らないように、情報魔術で誤魔化してもいるし」

「へえ。そんなこともできるのか」


 魔法の属性は古くから地・水・火・風・光・闇などに大別されてきたが、近年になって光と闇は光学・神聖・邪悪・精神・エネルギー与奪など一部を統合しつつ細分化された。

 ジネッタが使った光属性の魔術は恐らく光学的に見た目を変化させるものだと想像がつく。


「印象が残らないようにする情報魔術ってのはどんな理屈なんだ?」

「わたしたちを見た第三者が取得する情報量を意図的に下げているの。わたしたちの顔を知っていても同一人物だと気づけないし、後でわたしたちの顔も思い出せない。そんな風に情報を薄めてるの。正確には薄めすぎると違和感があるから、そこを補正するゴミ情報を混ぜたりもしているね」


 ジネッタは得意がって説明してくれる。例えば追っ手が僕の顔を見ても僕だと気づかないし、目撃情報を募っても誰も僕らの顔を覚えていないから集まらない。写真を見ながらでもスルーされるくらい、僕らの情報はフィルターを通して薄まって相手に伝わるのだ。


「凄いな。情報魔術ってそんなこともできたのか。てっきり端末を操作したりプレゼン資料を表示したりするくらいにしか、使えないと思ってた」

「普通の人はそういう認識かな。でもわたしは情報魔術のエキスパートなので、もっといろいろできるのです」


 ジネッタは胸を張ってそう言った。


     ◇


 公共交通機関を使うとカメラに映った画像から特定される恐れがある、ということで徒歩で駅の近くにあるホテルに向かうことになった。

 情報魔術で僕らの印象は薄まっているが、カメラで撮影されると僕らの顔がのっぺらぼうのようになって映ったりするのだそうだ。


 ならば情報魔術は解いて光属性の魔術で顔を変えればどうか、と僕は言ってみたが、ジネッタ曰く光学による変装はそれだけだと違和感があって気づかれるかもしれないとのことだった。あっちを立てればこちらが立たず。両方使ってカメラを避けて移動する方が確実なのだそうだ。

 じっくり時間が取れれば僕個人に合わせて変装の魔術を改良することができるらしい。今夜はそのための時間をとるためにも、ゆっくり休める場所に辿り着かなければならない。


 雑居ビル周辺は夜ということもあってか人通りは少なめだった。先ほどまで銃弾飛び交う戦場にいたとは思えない静けさで、夜風が気持ちいい。

 横を見ればジネッタのスカートが風に揺れている。僕の視線に気づくと、ジネッタに「風で揺れているように見せかけて実はランダムに揺らしている」と言われた。芸が細かい。


 歩きながら、僕はこれまでのことを余すことなく語った。

 ジネッタはそれに耳を傾けながら、いちいち驚いてみたり、笑ってみたり、頷いてみたりとオーバーなアクションを返してくれる。


 ……これも一種の聞き上手なのかと思わなくもないが、これ単にジネッタが面白がって聞いているだけだよな。


 ひと通り話すと、ジネッタは「うーん」と腕を組んで唸った。


「いろいろと言いたいことはあるんだけど、よく第六席と戦って死ななかったね?」

「ああ。それは僕もほんとにそう思うよ」


 どうやら宮廷魔術師フェルのことはジネッタも知っていたようだ。


「その筋じゃ有名だよ。風の魔術が得意で1km先の話し声を聞き取るとか、ひとりで他国のスパイを相手取って大立ち回りしたとか、皇国の正騎士を魔術なしでも秒殺できるとか。変な逸話おおいのなんの」

「最後のはケーニッヒも言ってたな」

「……でもあからさまに手加減されてた、か。まあ理由はなんとなく分かるよ」

「え?」


 僕は驚いてジネッタを見た。苦い顔だ。


「分かるんなら教えてくれ、ジネッタ。僕は分からないことだらけで、割りと困っているんだ」

「……うん。順番にね」


 もごもごと言いにくそうに口を動かし、ジネッタは言った。


「まずはっきりさせておくね。ケーニッヒは金儲けでユウを拾って手元においておいたっていうのは正解」

「……ああ」

「わたしは雇われ店長でしかなかったから、ヤクザとしてのケーニッヒは知識でしか知らないの。金に汚くて儲けのためにはなりふり構わない、ヤクザの(かがみ)みたいな奴だと、同じ組のヤクザからも日常的にネットで陰口叩かれるくらいに人望がないってことくらいしか」

「……お、おう。ずいぶんと詳しいじゃないか」


 少しケーニッヒに同情する。そういえばケーニッヒには舎弟みたいなのがいなかったな。ジネッタくらいだ。


「ジネッタはケーニッヒとは、その。どういう付き合いなんだ」

「だから雇われ店長だよ。ネカフェのブースをタダで使わせてもらえる代わりに、店長の仕事してたの」

「ミホにしたみたいな、ハッキングは?」

「調子に乗ってクラッキングになってたけど、ああいう情報収集も店長の仕事のうちでしょ?」

「いや絶対違うだろ」


 ペロリと舌を出しておどけるジネッタ。


「まあ。わたしが何をしても咎めないところは、悪くなかったよ。でもケーニッヒのことはそれ以上でもそれ以下でもないかな」

「ドライだな。ジネッタはケーニッヒと付き合い長そうだし、もう少し心配とかするのかと思ってた」

「だってケーニッヒ。わたしに給料払ったこと無いんだよ?」


 24時間勤務の末に給料未払い。ブラックすぎる。いやそれとも。


「ジネッタ、店長の仕事はちゃんとしてたのか?」

「わたしをなんだと思ってるのかな……」


 半笑いで睨まれる。


「これでも毎月の売上つけたり備品発注したり、バイトのシフト表も作るし、決算業務も全部できる、AI(人工知能)を自作して準備してあるから。完璧だよ」

「つまり24時間ネットし放題だったわけか」


 いやそれはそれで凄いが。

 ジネッタは「バイトの面接くらいはしたよ?」と笑いながら言った。


「ま。ケーニッヒのことはこれくらいでいいでしょ。それで第六席がユウに手加減してた件ね」

「ああ」

「テロリストをあぶり出すためだよ」

「……は?」


 テロリスト? なにを言っているんだジネッタ。僕を追っていたのは企業の黒服だったはずだ。


「ジネッタ、テロリストだって? だってそれはフォーデンが……」

「うん。ユウが目覚めた後にやってきた黒服たちはミホの追っ手だと思う」

「じゃあ」

「でもミホの研究施設を爆破したのは、テロリストなんだよ」


 なんだって。


「ユウはブンキョー区の銃撃事件の話を聞いて、追っ手の黒服が国営企業群イセの特殊工作員だと知った。それはいいの。でも、そもそも研究施設を爆破したのはテロリスト『激情の秋』たちの仕業なのは変わらない」

「そんな……」


 てっきり僕はフォーデンに騙されたのだとばかり思っていた。彼は僕に真実を隠し、都合のいい嘘を言って駆り立てたのだと。

 だが違った。そうだ、よく思い出せばタブレット端末に入ったフォーデンは僕に実のあるアドバイスを沢山くれたじゃないか。

 彼が僕に嘘をつく理由なんて何ひとつなかったんだ。


「『激情の秋』っていうのはどういう組織なんだ?」


 ジネッタは面倒くさそうに「聞きたい?」と僕に問う。もちろん聞きたい。


 国家資本を後ろ盾に海外展開する国営企業群イセに対し、現地企業に務める社員とその家族が始めたアンチ・イセ運動が契機であると言われている。

 元はただの不買運動だったが、国営企業群イセを憎悪し攻撃するという利害の一致を見た犯罪組織『激情の赤』と宗派法人『晩秋』が合流、その運動をテロに昇華した『激情の秋』事件が勃発した。その事件で犯罪組織と宗教法人は解体されたが、生き残った双方の人員たちは生涯をかけてイセへ報復することを決意し、『激情の秋』は結成された。

 つまり『激情の秋』の理念や思想は国営企業群イセへの攻撃そのものであり、それ以外にはないのだ。


「そもそもの国営企業群イセと犯罪組織『激情の赤』、宗教法人『晩秋』との確執は省略するけど。どうやっても解きほぐせなくなっちゃったと思っとけば正解だよ」

「……無茶苦茶だ」

「わたしも無茶苦茶だとは思うけど。そんな連中でも支援者がいて武器が手に入れば、テロリストになれるんだよ」


 この世界で武器を手に入れるのは難しくない。その点でも暴力に訴えようと思えば実行できてしまうのだろう。


「それで。その『激情の秋』ってのはなんで研究施設を狙ったんだ?」

「さあ。そこまでは知らないけど。でもわたしはそいつらをあぶり出すために、第六席はユウを泳がせているんだと思う」


 また僕を餌にして釣りか。ケーニッヒといいフェルといい、どうしてそうも僕を(おとり)にするのか。勘弁してください。

 げんなりしている僕に、ジネッタは言った。


「そしてユウの話でひとつ、腑に落ちないことがあるの」


 まだ何かあるのか。


「ユウの話にはフォーデン博士しか出てこなかった。でも研究施設からユウのカプセルを運び出したのは、フォーデン博士とブラバス研究員のふたりだったはずなの」


 ……ふたり? ブラバス? 誰だそれは。


 パズルの枠の外にピースがひとつ、浮いている感覚。僕はなんとなくひっかかりを覚えて、新しい人物がどこに(はま)るのか考えてみる。

 僕が目覚めたときにいたのはフォーデンひとりだった。もうひとりの研究者は関わっていないのか。


 ……いや待て。何かおかしいぞ。


 暗い路地裏。血溜まりを作ってこちらを見ていたエルフのオジサン。


 ……そうだ。あのとき既にフォーデンは撃たれていたじゃないか。


 そう。追っ手の黒服たちがとどめを刺す前に、歩けないほどの重傷を負っていた。あの怪我で車を運転してきたとは思えない。

 とすると、銃で撃たれたのはあの路地裏でのことだ。いったい誰に。


 ……もうひとりの研究者ブラバスの存在。そいつの仕業だとしたら、どうだろう。


 もしかしたらフォーデンは僕を連れてひとりで逃げていたんじゃなくて、もうひとり仲間がいたんじゃないのか。それで何があったかは分からないが、仲間割れして撃たれた。

 僕はその思いつきをジネッタに語った。おしゃれな少女にしか見えない妖精は、小さく頷く。


「わたしもそんなとこだと思う」

「そうか。……それで、ブラバスっていうのはどういう人物なんだ?」

「『高度情報解析』研究チームの研究員、としか」

「『高度情報解析』? 『高位人型』研究チームとは違うのか」

「違うというか同じというか。ふたつのチームの成果を組み合わせて生まれたのがユウ、魔人(ヒューマノイド)だよ」


 そして人差し指を顎に当て、ジネッタは言った。


「ユウは自分がどういう存在なのか、知りたい?」

「知りたい」


 切実に。僕は何も知らなさ過ぎる。

 ニコリと笑みを浮かべ、ジネッタは言った。


「じゃあわたしが知る限りを言うね。ミホ・マギテクノロジーのプロジェクトは、個人レベルのデータと施設爆破時に失われたデータを除いて、()()()()()()


 全部。たった数時間で企業から重要情報を盗み出したジネッタは、当たり前のような顔をしてそう言った。

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