2.黒尽くめの追っ手たち
呑気にしゃべり続けていたツケは、オジサンの死によって支払われた。
まさかこんなに早く追っ手が到着するとは。僕はともかくオジサンすらも想定外だったはずだ。
しかし実際、間抜けな結末はすぐそこまで迫っていた。
「お前が『ボーイ』だな。膝立ちになって両手を頭の後ろで組め」
ミラーシェードのサングラスに黒のスーツという冗談のような格好で拳銃を構えた男が言った。
男の背後には更にふたり、同じ格好の男たちが拳銃を構えている。
反対側に視線をやると、こちらに銃口を向けながら歩いてくるやはり黒尽くめのふたりの男。逃げ場はない。
「どうした。言葉がわからないはずはない。従わなければ――」
銃声とともに僕の近くのアスファルトが破裂した。
ダメだ。こいつは、撃つ。従わなければ容赦なく、僕に引き金を引く。
恐怖で震えながら、僕は頭の後ろで腕を組む。
「……よし。そのまま膝立ちになれ。妙な真似をしたら、痛い目を見るからな」
思考を巡らせる。何かないのか。知識だけならインストール済みなんだろ。この状況を打破する方法を、思い浮かべろ。
検索する。何を?
検索する。この状況を打破する方法は?
検索する。どんな方法があるんだろう?
分からない。どうすればいい。何を知れば僕はこの状況を逃れることができるんだ。
切迫した状況で頭が混乱している。思考がまとまらない。
ぐるぐる考えながら、僕は視線の先にある銃口を見つめていた。
◇
銃口。銃。銃があればなんとかなる?
無理だ。相手は5人。前に3人、後ろに2人。一撃で倒さなければ反撃される。
一撃で前後の5人を倒す。無理だ。どんな武器があればいい。思い浮かばない。
攻撃されたら死ぬ。銃はダメだ。当たったら死ぬ。死ぬ。死んでしまう。
死ぬ?
銃弾に当たったら死ぬ。
死ぬ?
当たったら死ぬ。
死ぬ?
当たったら。
死ぬ?
……当たらなければいいじゃないか。
◇
【〈神経加速〉を会得しました】
ギュルッと目が回ったような気がする。
シッチャカメッチャカだった思考が驚くほどクリアになる。なんで今まで、こんなに焦っていたんだろう。
膝を立てようとしている最中だった。僕は周囲がスローモーションで動いているのを知覚する。
『速さ』とは、三種類からなる。
ひとつ、スタートを早くする。相手が動く前に行動を開始できれば早い。
ふたつ、動き自体を速くする。相手と比べて動くのが単純に速ければ速い。
みっつ、経路を短くする。同じ早さ、同じ速さなら、移動距離が短いほどはやい。
結論は出た。
引き金を引くより早く動く。銃弾より速く動く。
目的は逃げること。黒尽くめどもを倒す必要はない。
相手より早く。最速で最短距離を逃げろ。
【〈零距離助走〉を会得しました】
身を低くして唐突に駆け出した。後方の2人組が立つ間を縫うように走り、すれ違う。
「お、おい! 止まれッ!!」
虚を突かれた男たちが次々に発砲した。
肩越しに振り向き、更に身を低くしてジグザグに走る。
見える。銃弾が見える。
地を這うように走る僕は、今や手をつき四足で駆けていた。
【〈四足歩行〉を会得しました】
両肩と足の付根の間接がガクリと沈み、四足で走るのに適切な形に成長する。
膝の間接は逆に曲がり、地を蹴る手足は獣のように手首と足首がしなるようになっていた。
景気良く放たれる銃弾が身体を掠める度に背筋が寒くなり、しかし連続で鳴る銃声に身をすくませる暇もなく、僕は四足獣のごとく走る。
走った。
汚い路地を駆け、曲がり角をまがり、ゴミ箱を蹴倒し、ペットボトルを跳ね、点々と照らす街灯に導かれるように走った。
夢中になって走り続けた末にどれだけ時間が経ったのか。
銃声はとっくに聞こえなくなり、黒尽くめの男たちの影も形もなくなった頃。
僕は息も絶え絶えになって、その場に倒れた。
サイバーパンクといえばミラーシェード。