12.冒険者の洗礼
冒険者ギルドのカウンターでネコミミ受付嬢アスカリから諸注意を受け終えた僕は、ヤクザドワーフに命じられた聞き込み調査を開始した。
確か冒険者から聞き込め、と言われていたはずだ。同業者が集まるフロアはどこだろうか。
僕はケーニッヒと一緒に地下駐車場から上がってきたときに乗ったエレベーターに向かった。オフィスビルの中にトレーニングジムがあるなら、他の冒険者も多くいるかもしれないからだ。
エレベーターの前まで歩くと、すぐ傍にあるフロア案内板に目が止まった。さてトレーニングジムは何階にあるのか、と思って眺めていると、威勢のよい声と共に肩を叩かれた。
「よう新米。ずいぶんと仲良くアスカリちゃんと喋ってたじゃないか」
振り返ると、険のある表情で覗きこんでいたのは身長2メートル近い大男だった。額に2本の短い角がある。鬼人族だ。
恵まれた体格を備え、すべからく戦士であれ、という一族総脳筋な生き様を良しとする種族である。
僕の肩を叩いたのはその鬼人族の青年で、顔立ちは若く見えるからまだ10代だろう。腕も手指も太く、力強い。重武装も可能な筋力を誇るはずだが、そのイメージに反して鎧はなく、着流しに刀を差していた。
……鬼の侍か。
だが浅黒い肌にパーマのかかった縮れ毛、丸いサングラスを掛けた姿は、無駄に陽気でお笑い芸人にしか見えない。ギターかウクレレを持って歌わせたらしっくりハマりそうだ。
思考が横道に逸れはじめたところで、目の前の大男は僕の肩を強く握った。痛い。
「ちょっと顔かしてもらおうか」
いかん。怒らせたか?
無言で頷くと、鬼人族の青年は「上にあるバーだ」とだけ言ってエレベーターに乗り込むので僕も続いて乗った。
◇
21階にあるバーは、まだ日のあるうちから酒を飲む冒険者で溢れていた。
カウンターをスルーして奥で陣取っているテーブル席に、僕は連れて行かれる。席には既にヒューマンの男女ふたりが向かい合わせに座っていた。
男は30代後半といったところか。胸部を覆う白っぽいレザーアーマーを身につけており、恐らく座席に立てかけられている1メートル半くらいの長さの槍が得物だろう。
女は若い。二十歳くらいだろうか。ビキニトップの上に薄手のカーディガンを羽織り、下はロングスカートという軽装だった。カーディガンの前は閉じておらず、そのためつい目が胸元に吸い寄せられる。
先導していた侍は男性の隣に座り、情けない声を上げた。
「聞いてくれよパノスさん! こいつ、俺のアスカリちゃんとメチャクチャ仲良く喋ってたんだぜ!」
「落ち着けハマー。お前、ションベン行ってくるって出てったと思ったら、またロビーでアスカリ見に行ってたのか」
「そんな細かいこといいじゃねーか、今はこいつが……」
「酔っ払って誰を連れてきたんだ、お前は。……見ない顔だが、『Rank E』か」
僕はどうやら酔っぱらいに連れて来られただけらしい。怖い人たちに囲まれたりするかと思ったら拍子抜けだ。いやまだ安心するのは早いかもしれないけど。
「はい。今日、登録したばかりです。豊田ユウです」
「おう。俺はパノス。そっちはマーキュリー。で、この酔っぱらいはハマーだ」
マーキュリーがこちらに軽く会釈した。ううむ、どうしても胸元に目が行きそうになる。我慢しながら僕も会釈を返した。
パノスは僕に席を勧めてくれた。ハマーがパノスの横にいるため、必然的にマーキュリーの隣になるのだが、いいのだろうか。
いや水着美女の隣に座るチャンスを逃すわけにはいかない。僕は恐縮しながらも席に座らせてもらった。
パノスさんは僕が座るのを見届けると、横で絡んでいるハマーに向けて困った表情で言った。
「で、ハマー。なんでユウを連れてきたんだって?」
「だからよう、こいつアスカリちゃんと喋ってたんだよ。こーんな、顔を近づけてさあー」
「そんだけかよ。悪いなユウ。こいつは受付のアスカリの大ファンなんだが、図体ばっかデカイ割に勇気なくてさ。話しかけられずに遠くから見てることしかできない、シャイな奴なんだ。悪いやつじゃないんだが、お前が羨ましかったんだろう。ユウはアスカリと親しいのか?」
人は見かけによらない。鬼の侍ハマーは見た目に反して小心者だったわけか。
僕は「いえ。アスカリさんとは今日が初対面ですよ」と答えた。彼女の秘められた過去と趣味と借金の有無を知っているが、言わない約束になっている。
「はは。初対面だってよ、ハマー。先越されちまったな」
「笑えねえよパノス! チクショー、俺もアスカリちゃんと仲良くお喋りしてえよお」
「よーし、なら今から行って来いハマー。お前もやれば出来る男だ、ゲージ使ってこい」
「うお? そっか。俺はやれば出来るか。よっしゃー今から行ってくるわ!」
ハマーは勢い良く立ち上がって、パノスのグラスを一気飲みしてからバーを出て行った。
……大丈夫かあの酔っぱらった状態で。
あとゲージってなんだよ。この世界に格ゲーとかあるのか。いやありそうだけど。
僕は唖然としてハマーの後ろ姿を見送った。パノスは慣れた様子でバーテンを呼ぶ。
「ここは居酒屋じゃなくてバーなんだから、静かに飲まないとね。そうだユウ、なんか飲む? 先輩としてここは奢るから」
「え、いやでも。僕、まだ酒飲めないですよ」
「そう? じゃあジュースにしとこうか」
そういえば僕は聞き込みをしなければならないんだった。ちょうどいいのでパノスに聞いてみようか。
新しい酒とジュースが運ばれてきたら切り出してみよう、と決心する。
……そろそろ喋らないマーキュリーが気になるのだけど、これ僕のせいで無言ってわけじゃないよね。
ちらりと横を盗み見ると、目があってしまった。ふっと笑われてマーキュリーに視線を逸らされる。不機嫌というわけじゃなさそうだけど。
僕はもやもやしながら、はじめての酒の席を体験するのだった。
マーキュリーはいまのとこヒロインに数えません。ユウにまったく興味もってないですからね。




